05 ロスト・チャイルド
尖塔から身を投げたシェイドブレイドは、首吊り状態のまま身体をスウイングさせる。
その勢いを利用して、塔の中腹にある『ナジミ帝国』の旗が掲げられたポールに飛びつくと、手首の側面から白い刃を飛び出させた。
これは『生体ブレード』といって、骨を鋭く変形させ、武器にするという人間離れした技である。
骨が飛び出した拍子に自分の肉も切り裂かれるが、超人的な回復能力があるのですぐに傷は塞がる。
シェイドブレイドは骨の刃で首のロープを切ると、旗をマントのように身体にまとわせる。
そして再び空に向かって飛んだ。
……バッ!
背後で、風を受けて膨らむ旗。
巨大ムササビとなったシェイドブレイドは、地上スレスレを滑空。
眼下の民衆たちは、ドラゴンの襲来を受けたかのように悲鳴をあげて逃げ惑う。
城の兵士たちは、死刑囚の脱走に馬を飛ばして追いすがった。
『ナジミ帝国』の新しい門出である、戴冠式と公開処刑は、最後の最後で大混乱。
たったひとりの少年によって、台無しにさせられてしまった。
しかし、当の女王は落胆することも、怒ることもしない。
この世界の頂点ともいえる尖塔の上から、空に消えていく少年の姿を、ただじっと見つめていた。
ようやく取り戻した、いつもの気持ちで。
「あなたがわたくしから離れて、生きていけるわけがないのです。すぐにわたくしの元にも戻ってくることでしょう。母親を見つけた迷子が、泣きながら駆け寄ってくるように、ね」
デュランダルは即日、『全世界指名手配』を受けた。
世界の国々すべてから指名手配された者など、この惑星に人類が誕生して初めてのことである。
無理もない。
デュランダルは王族たちを惨殺し、平和だった王国を滅亡に追いやった張本人。
そして新しく制定された『ナジミ帝国』において、最初に仇をなした者でもあるからだ。
各国では特捜隊が編制され、国のすみずみまで捜索が行なわれる。
さらに破格の賞金がかけられたことで、民衆までもデュランダルは捜索に躍起になった。
ここまで体制が整ってしまえば、捕縛は時間の問題かと思われた。
世界の誰もがそう思っていたが、ただひとり、ある人物だけは違っていた。
「デュランダル脱走に対し、各国に捜索隊の編制を指示し、賞金首のおふれを出させたい? お好きになさい。でも、絶対に捕まらないでしょうね」
彼女はグランドピアノのような玉座で足を組み直しながら、あっさりと切って捨てる。
「なぜならばあの子は、顔や体つきを自由に変えられるのです。もちろん限界はありますが、その気になれば男でも女でも、子供でも老人にでもなれるでしょう。だってわたくしが、そう育てたのですから」
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
その頃、デュランダルことシェイドブレイドは東の地、旧ピースランダー王国の辺境にいた。
なじみの予想どおり、顔を変えて検問を突破。
なるべく人気のない、とある山中に身を寄せようとしていたのだが、山道で山賊に絡まれているところだった。
茂みの中から飛び出してきて、取り囲んできたのは、シェイドブレイドとたいしてかわらない背格好の子供たちであった。
「へへへ、俺っちたちは、ここをナワバリにしてる、『タイガー団』だ! ここを通りたきゃ、有り金ぜんぶ置いていきな!」
ジェイドブレイドよりも体格のいい、リーダーらしき少年が挑戦的な笑みで告げる。
彼の手下は総勢10人。
武器はそのへんで拾ったような棒きれで、構えも素人丸出しであった
100人を5秒で瞬殺できる少年にとっては、取るに足らない相手。
しかし彼らを殺す気にはなれなかった。
ジェイドブレイドは抵抗の意思がないことを示すように、肩をすくめる。
「俺は一円ももってない。だから見逃してほしい」
「じゃあ、身ぐるみ置いていけ!」
「こんなボロきれを奪って、何になるというんだ?」
「うるせえっ! 何も取らずに通したんじゃ、『タイガー団』の名がすたるんだよっ!」
「悪いが、これをやるわけにはいかない」
「なら力ずくで奪うまでだっ、やっちまえっ!」
シェイドブレイドは、襲いかかってきた子供たちをなるべくケガさせないように振る舞う。
指先でこめかみを突いてやって、全員を軽い脳しんとう状態にしてやった。
尻もちをついて、クラクラしている彼らに向かって問う。
「お前らのアジトはどこだ? 子供に山賊まがいのことをさせてるヤツに、ちょっと話があるんだが」
するとリーダーの少年は、目をグルグル回しながら声を裏返した。
「お……お前だって子供じゃねぇか! それに、お前なんかに教えるかよっ! おい野郎ども、死んだってこんなヤツに口を割るんじゃないぞ!」
手下の子供たちはフラフラになりながらも、「お、おお~う!?」と応じる。
「そうか、それじゃあ勝手に探させてもらう」
「へ……へん! お前なんかに秘密のアジトを見つけられるかってんだ! もし見つけたら、ボスに合わせてやってもいいぜ!」
リーダーの捨て台詞を背に、山道から深い茂みに分け入るシェイドブレイド。
その姿がアジトに向かって一直線に進んでいたので、子供たちは大慌て。
「え、ええっ!? なんで、アジトの方角がわかるんだ!?」
「や、ヤバいよテリー! アイツをあのまま行かせたら、アジトに着いちゃうよ!?」
テリーと呼ばれたリーダー格の少年は、迷う素振りもなく山の中を進んでいくシェイドブレイドに度肝を抜かれていた。
血相を変えて立ち上がると、追いすがるように叫ぶ。
「ちょ、ちょっと待て! テメェ、なんで俺っちたちのアジトの場所を知ってやがるんだっ!?」
「残ってた足跡に向かって歩いてっただけだ。あとはお前たちのリアクションだな」
そう言って振り向いたシェイドブレイドは、山に受け入れられた野生動物のように、すっかり風景に溶け込んでいた。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
『タイガー団』のアジトは山の頂上付近、深い森を抜けた岩山にあった。
そこには大勢の子供たちがいて、洞窟の中の前にたむろしている。
子供のなかには原始人のような格好をしている者もいたので、シェイドブレイドは舌を巻く。
てっきり村に住んでいる子供たちが遊び半分で、山賊ごっこをしているものだと思っていたからだ。
「……お前たちは洞窟に住んでるのか?」
「洞窟に住んじゃ悪いってのかよ!?」
「いや、別に悪くはないが、家はどうしたんだ? 見たところ、親の姿もないようだが」
「住んでた家なら、ナジミ帝国の兵士たちに焼かれちまったよ! ヤツらはナジミ帝国に従わないってだけで、町や村のヤツらを皆殺しにしてくんだ!」
シェイドブレイドとテリー少年が言い争っていると、というか、テリーが一方的に怒鳴っていると……。
騒ぎを聞きつけたのか、洞窟のなかからひとりの少女が出てきた。
「テリーさん、おかえりなさい。あの、そちらはお客様ですか?」
その少女は、顔と服装はくすんでいたが、それでもなお目が覚めるほどに美しかった。