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04 陰の剣

 なじみは罪人の首にかけるロープを手に、顔をほころばせた。

 それは、デュランダルがベッドにいる時にしか見ることのできなかった、女神の微笑。



「わたくしはやっと、こうして笑えるようになりました。

 いままではあなたがベッドにいる時しか、笑えませんでしたからね。


 だって、あなたがベッドにいる時だけは、あなたはどこへも行かない……。

 わたくしのことを、親鳥がいなくなった雛鳥のように、求めてくれる……。


 その時だけが、わたくしが唯一、心が安まる瞬間でした。

 わたくしは、ずっと不安だったんですよ。


 あなたはずっと、わたくしのそばにいてくれましたけど……。

 あなたがいつしか、わたくしの元からいなくなってしまうのではないか、って。


 でもその不安とも、もう永遠にサヨウナラ(ロング・グッドバイ)

 だってわたくしはもう、あなたを手に入れたのですから。


 あなたを完全にわたくしのものにするために、わたくしは国王になったのです。

 だって国王にのみ、『絶対隷奴パーフェクト・スレイブ』を与えることができるのですからね。


 それでは……最後の仕上げとまいりましょうか」



 少女の独白の最中、少年はずっと跪いたままだった。

 瞳は茫洋としていて、そこには少女の姿しか映っていない。


 少女が「立ちなさい(スタンド・アップ)」と言うと、まるで機械仕掛けの人形のように、足の力だけで立ち上がる。

 少女は手にしていたロープを、同じ目の高さになった少年の首に通した。



「あとは『ピースランダー』という穢らわしい王家の(あざな)と、『デュランダル』という穢らわしい名を捨てるだけ。

 あなたの新たなる名を、今ここに授けましょう。

 あなたは今日から、『シェイドブレイド』です」



「シェイド……ブレイド……」



「そう、『陰の剣』という意味です。

 わたくしの『陽の拳』と、あなたの『陰の剣』が合わされば、『ナジミ帝国』は悠久なる存在となるでしょう。


 わたくしは世界の王として、表の世界を支配……。

 あなたは暗殺者(アサシン)として、裏の世界に君臨するのです。


 わたくしが『世界の光』となり、人々を導く最中には、影がつくりだされることもあるでしょう。

 その『影』を、あなたが支配するのです。


 これは、世界の半分をあなたに差し上げるという、わたくしからのプレゼントでもあります。


 しかしそのためには、あなたは一度、死ななくてはならない。

 ここから飛び降りて、『デュランダル・ピースランダー』を捨て去らなくてはなりません


 あなたはこのくらいの高さから吊られたところで、死ぬような人間ではないでしょう?

 あなたはわたくしが育てた、最高の暗殺者(アサシン)なのですから」



 なじみはロープの結び目を持つと、デュランダル……。

 いいや、シェイドブレイドの首を、


 ……きゅっ!


 と締め上げた。


 それはまるで夫婦における、朝の儀式のようであった。

 旦那のネクタイを締めた新妻のように、少女は笑う。



「いってらっしゃい、あなた……!」



 朝日の差し込む玄関から送り出されるように、シェイドブレイドは尖塔から張り出した木の板に向かって歩いていく。

 罪人はここから自ら、または刑吏の手によって突き落とされ、100メートル下で待つ民衆の目の前で、無残な最期を遂げる。


 しかし暗殺者として14年もの訓練を積んできたシェイドブレイドにとって、生存率0パーセントと言われるこの処刑すらも、木の下にぶら下げられたブランコ遊びに等しかった。

 さらに一時的に仮死状態になることにより、刑の執行がなされたと誤認させることもたやすい。


 『デュランダル・ピースランダー』はその生涯を終え、希代の愚劣王子として、人々に永遠に語り継がれるであろう。

 そして闇の歴史に、新たなる1ページが加えられるであろう。


 『ナジミ帝国』を影から支える魔王、『シェイドブレイド』の名のもとに……!


 なじみは飛び込み台に立つシェイドブレイドを見つめながら、そんなことを考えていた。


 背中を向けている少年は、消えかけのロウソクのように儚い。

 そして発せられた言葉は、最後の生命(いのち)を燃やすかのようだった。



「……ずっと知らなかったよ。なじみが俺のことを、ここまで思ってくれていただなんて」



「わたくしの愛の大きさに、ようやく気付いたのですね。でもそれは、罪ではありません。

 親の心子知らずというでしょう?

 子供というのはえてして、親孝行をする前に親を失い、後悔するものです。

 でもわたくしとあなたは、これからもずうっと一緒

 たとえ生まれ変わっても、ずっとずっと。

 ……嬉しいでしょう? 楽しいでしょう? 天にも昇る気持ちでしょう?

 死ねることがこんなに喜ばしいことだなんて、知らなかったでしょう?」



「ああ、知らなかった……! 俺は、知らなさすぎた……! なにもかも、な……!」



 ……カッ!



 と光を帯びる少年の身体に、少女は息を呑む。


 少年の心臓のあたりには、紋様のようなものあった。

 それは身体の内にあったものだが、衣服の上からでもハッキリとわかるほどに浮かび上がっている。


 胸を中心として、波紋のように身体全体に広がっていくそれは……。


 刺青(タトゥー)っ……!


 少年が、治療と称して幼いころから彫られつづけていたそれは、もはや全身に及んでいた。


 つむじのてっぺんから、足の爪先……。

 耳や鼻や口の中、爪の下にまで、びっしりと……!


 そして、それらが浮かび上がっているということは……。



「シェイドブレイド、いまのあなたはとっても血流(ブラッド・テンポ)がはやくなっている。

 わたくしとひとつになれるのが、嬉しくてたまらないのですね。

 もし、今のあなたに犬の尻尾(ドッグ・テイル)があったら、ちぎれんばかりに振っていたことでしょう。

 でも、はやくなさい(ハリー・アップ)

 わたくしにはこの後にも、多くの職務が控えて……」



 なじみのたしなめるような声は、少年が振り向くことによって消沈した。


 なぜならば、紋様で埋め尽くされた顔の真ん中に、月の裏側のような眼球が……!

 地獄の業火のように、燃え上がっていたからだ……!



 ――まさか……怒って、いる……?



 それはなじみにとって、まったく慮外の反応であった。


 ありえない、それは。

 少年のことを赤子の頃から見ているが、一度たりとも怒ったことはなかった。


 それだけ心が穏やかでもあったので、非情さを植え付けることには苦心した。

 反対派の大臣を殺した罪を着せてようやく、暗殺者(アサシン)の心を開花させたくらいである。


 いずれにしても、ここまで感情を剥き出しにしたのは初めてだった。

 しかもそれが、自分に向けられるだなんて……!


 あ っ て は(インポッ) な ら な い(シブル) …… !!


 少女は生まれてはじめて、狼狽という感情を知った。



「そ……そんな眼をして、ただですむと思っているの!? あなたはもう、わたくしからは離れられないのです! 未来永劫、悠久無限、絶対合体……! たとえこの惑星(ほし)が滅びようとも、ふたりはひとつなのですっ!!」



 しかしその言葉は、眼光に焼き尽くされるように消えていく。



「俺はいままで、お前のために人を殺してきた。でも生まれて初めて、自分の意思で人を殺したいと思った……それは、誰だかわかるかっ!?」



 少女はとっさに、両手で耳を塞ぎかけた。

 まるで、親から振り上げられた拳を怖がる子供のように。


 しかし振り払って、気丈な態度を貫く。

 そこに容赦なく、非情が鼓膜を貫く。



「キル、なじみっ……! お前を必ず殺すっ……!」



 少年は少女を睨み据えたまま、虚空に身を投げ出す。


 少女の前から、大切な少年が消え去ろうとしていた。

 少女は思わず手を伸ばし、追いすがりかけたが、言葉で突き放す。



「今は、お行きなさい……! でもあなたは必ず、わたくしの元へと戻ってくる……!

 なぜならば、あなたはわたくしがいなければ、なあんにもできない……!

 『影』は長く伸びて、遠くに届くことはあっても……。それを作り出す人間からは、絶対に離れられないのですっ……!」

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