03 絶対隷奴
デュランダルは、ふたつの王家の王族を、ふたりを除いて皆殺しにした。
生き残ったひとりは、『ピースランダー王国』の末裔である、デュランダル自身。
そしてもうひとりは、『パーフェクトオーダー王国の』の末裔である、ナックルジャスミン。
少年は、100年もの間に渡って平和だった世界を、ふたたび混乱に陥れた『人類史上最大の悪』となった。
少女は、ただひとりの王族として両家を統合し、新たなる王家を作り上げた『人類史上最大の王』となった。
民衆の敵と、民衆の味方……。
生まれた時から一緒で、ともに寄り添って生きてきたふたりの関係は、時代の激動のように大きく変化していた。
ナックルジャスミンが女王となった、『ナジミ帝国』が新たに制定される。
その帝都は、かつてあったふたつの王国の、ど真ん中に創られた。
この惑星の、ヘソのような場所。
建造中の王城の尖塔、その頂上で、ナックルジャスミンの戴冠式と、デュランダルの公開処刑は同時に行なわれた。
ナックルジャスミンが、旧パーフェクトオーダー王国において、王冠にも等しいとされる宝具を受け取る。
それは、四つの宝石がちりばめられた、メリケンサック。
四つの宝石は、地、炎、風、水、すなわち四霊を表している。
そして、日出づる国のパーフェクトオーダーは『光』とされ、日落ちる国のピースランダー王国は『闇』とされていた。
このメリケンサックを手にしたものは、文字通り、世界の全てを手に入れたと同じとされていたのだ。
女王のドレスに身を包んだナックルジャスミンが、メリケンサックを掲げると、四色の光の筋がたちのぼり、虹のように天を彩る。
その、神が起こした奇跡のような光景に、尖塔のまわりに集まった世界中の人たちは畏怖し、誰もが跪いた。
戴冠式のあと、いよいよデュランダルの処刑が執り行われる。
少年に課せられた刑はふたつ。
高さ100メートルある尖塔からの絞首刑。
この高さから首に縄をかけられ飛び降りた場合、窒息死することはない。
絞まったときの衝撃で、首は千切れ飛び、空高く飛ぶ。
胴体は地面に叩きつけられ、壁に投げられたトマトのようなシミとなる。
それは、考えうる人間の死にかたとしてはもっとも派手で、惨たらしい。
新王国の設立にあたり、民衆への見せしめとしては最高のものであろう。
そしてもうひとつの刑は、『絶対隷奴』。
これは王家転覆などの重罪人に課せられる、焼印刑のひとつ。
焼印には、魔法練成が施されている。
押された者は未来永劫、王家の人間の命令に逆らうことができなくなるという。
また死した後には、ふたたび王家の奴隷として生まれ変わる。
烙印は生まれ変わっても消えることはなく、王家が滅びるまで永遠に、奴隷として輪廻を繰り返さねばならないのだ。
これらの厳刑の執行は、新国王の意向により、ふたりっきりで行なわれた。
家臣たちは危険だと止めたが、ナックルジャスミンは「わたくしの命令が聞けないのですか」と、尖塔の上から人を追い払ってしまった。
多くの者たちが首を限界まで傾け、塔の頂上を固唾を飲んで見守るなか……。
女王は、罪人の拘束具を解いてやった。
そして、彼女はひとりの少女に戻る。
「最後に言い残したいことはありますか?」
と、少年に問う。
その声は、昨晩はよく眠れたか、と尋ねるような平易さであった。
対する少年は、スッキリした目覚めの様子で答える。
「親兄弟を殺すつもりはなかったんだが、気がついたら殺していた。でも、後悔はしていない。だって、それでなじみが国王になれたのだから。ただ、なじみの親兄弟まで殺してしまったことは、すまないと思っている」
「気にすることはありません。だってそれも、わたくしが望んだことなのですから」
「そうか、ならよかった」
「では、『絶対隷奴』の焼印を押してさしあげましょう。これは傾国級の罪人にのみ与えられる、荘厳で厳粛なる罰。言い換えれば、その者を国を挙げて認めたことにもなるのです。そのためこの罰は、国王でなければ与えることができないのです」
ナックルジャスミンは静かに告げながら、王家のメリケンサックを嵌めた手を、再び天に掲げる。
すると、拳から爆炎のような炎が噴き上がり、メリケンサックは熱せられた鉄のように赤く輝く。
「おおっ……!?」という驚愕が、足元から噴出した。
「わたくしの足元に跪くのです。そして、額をわたくしに向けなさい」
デュランダルは言われるがままに膝を折る。
そして、ナックルジャスミンの顔と拳を、同時に見据えた。
幾度となく叱られ、幾度となく微笑んでくれた、その顔。
幾度となく殴られ、幾度となく愛撫してくれた、その手。
それは常人ならば直視できないほどの、おぞましい赤黒い炎に包まれていたが、デュランダルは決して目をそらさなかった。
マグマが垂れ落ちてくるかのように、ゆっくりと近づいてくる、灼熱のメリケンサック。
見開いた少年の瞳には、文字が浮かび上がっていた。
――『なじみを永遠に愛する者』……。
心の中でそうつぶやいた途端、
……ジュゥゥゥゥゥゥゥーーーーーーーーーッ!!
頭蓋が爆発しそうなほどの、激しい豪熱に包まれた。
しかし、少年は微動だにしない。
押し当てられた烙印を自らすすんで受け入れるように。
飼い主に額をこすりつける猫のように目を細めている。
「これほどの熱さでも平静でいられるとは、いままでの訓練は無駄ではなかったようですね」
それは少年にとって、何よりも嬉しい言葉だった。
肉が焼かれ、骨身に染みる痛みがまぎれるほどに。
しかしふと、皮膚が焦げる匂いのなかで、いつもとは違う匂いを感じ取る。
――血の、匂い……?
この血の匂いは、俺のでも、なじみのものでもない……。
パーティに参加していた、国王や王妃……そして、王子や王女たちの……。
ハッと顔を上げた少年は、ついに見てしまった。知ってしまった。
ベテランの拷問官のように、サディスティックな瞳で見下ろす、少女を……!
瞬間、全身に電流を流されたようなショックが、少年を支配した。
「ま……まさか、お前が……!?」
「ああ、せっかくこのあと『種明かし』をしようと思ったのに……。気付いてしまったようですね。そうですよ、両家の王族を皆殺しにしたのは……」
少女は腰を折り、少年の耳元に顔を近づけると、
「 わ た く し ! 」
がらんどうにのようになった少年の頭の中で、その声だけがこだましていた。
「……あなたは生まれて間もない頃から病気がちで、すぐに王位継承の跡目争いから外されました。
あなたをそうやって、病気がちに見せかけたのも……。
わ た く し !
赤ん坊のあなたに、こっそりと毒を飲ませていたんです。
そのおかげで、あなたを簡単に手に入れることができました。
パーフェクトオーダー王家に引き取られてからも、あなたはずっと、身体が弱いままでしたよね?
それはわたくしが、あなたの食事にずっと毒を混ぜ続けていたからです。
なぜそんなことをしたかというと、あなたに毒の耐性を付けてほしかったからです。
おかげであなたは、この世にあるどんな毒も効かない身体となり、またどんなわずかな毒も利き分けることができる、鋭い嗅覚と絶対的な味覚を手に入れたのです。
まさか、血を嗅ぎ分ける能力まで身に付けていたとは思いませんでしたけどね。
でももちろん、差し上げたのがそれだけではないのは、わかっていますよね。
あなたはわたくしのおかげで、今やわたくしに匹敵する知識と戦闘力、そして人を殺してもなんとも思わない、冷徹な精神力をも持ち合わせています。
わたくしがここまで愛を注いでさしあげた人間など、この世にはいません。
たとえ父上や母上だったとしても、わたくしの『愛の尻尾』すら掴めませんでしたから。
あなたにそこまでしてさしあげたのは、あなたが『影』となるべき人間だからです。
もちろん、この世の人々を影から支えなさい、だなんて綺麗事は言いませんよ。
あなたが影になるべき人間は、ただひとり……。
そう、
わ た く し ! 」