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01 少年と少女

 すべての秩序は、表裏一体によって保たれている。

 表と裏、光と闇、陽と陰、善と悪。


 そして……『男』と『女』。


 それは、この遠い惑星(ほし)でも例外ではなかった。


 西の『パーフェクトオーダー王国』と、東の『ピースランダー王国』。

 両国は、世界をふたつに分かつ大戦の後、長き冷戦状態を経て、恒久的な和平条約を結ぶに至る。


 平和の訪れた時代に、彼は生まれた。


 ピースランダーの国王と、第13王妃の間にもうけられたその赤子は男の子で、『デュランダル』と名付けられる。

 しかしデュランダルは、生まれて間もない頃から身体が弱かった。


 彼は早々に、王位継承の跡取り候補からは外され、パーフェクトオーダー王国との政略結婚の駒となる。

 1歳を待たないうちからパーフェクトオーダー王国に預けられ、ひとりの女の子と共に育てられた。


 いいや、その女の子に育てられた、といったほうが正しいだろうか。

 女の子はパーフェクトオーダー王国の姫君、ナックルジャスミン。


 ナックルジャスミンはデュランダルとたいして歳は違わなかったが、母のように振る舞っていた。

 おしめを換え、ミルクを与え、寝かしつけ、遊び相手をする。


 言葉を教え、道徳を教え、現実を教えた。



「デュランダル、あなたは身体が弱く、ひとりではなにもできないのです。わたくしのそばにいることが、あなたにとってはいちばんの幸せなのですよ」



 デュランダルが1歳を過ぎると、ナックルジャスミンに仕える『七曜衆』と呼ばれる家庭教師軍団から、教育を受けた。


 語学、算学という基礎に始まり、軍学や帝王学などの王家の人間に必要な知識。

 料理や裁縫などの家事に始まり、サバイバル術や建築学に至るまで。


 勉学だけではなく、様々なスポーツも教えられた。

 それどころか、ありとあらゆる武器の扱いや、魔法までもを叩き込まれる。


 それは1日も休むことは許されず、毎日のように続けられた。

 しかしデュランダルは相変わらず身体が弱かったので、授業中に幾度となく倒れた。


 ひどい時になると、朝食の席で血反吐を吐くこともあったのだが……。

 そんな時はいつも、ナックルジャスミンがつきっきりで看病してくれた。



「デュランダル、あなたはひと一倍身体が弱いうえに、ひとの十倍劣っているのですから、ひとの百倍努力しなくてはならないのです。そうでなくては、わたくしのそばにいることもできないのですよ」



 やさしく頬を撫でるナックルジャスミンの言葉を、デュランダルはいつも熱にうかされながら聞いていた。

 斜の掛かった世界の向こうにあったのは、女神のような微笑み。


 いつもは氷の女王のように冷徹な少女であったが、この時だけはやさしくしてくれる。

 少年はとても苦しかったが、天にも昇るような気持ちになっていた。



「ぼく、がんばる……いっぱいがんばるから……見捨てないで、なじみ……。ぼく、なじみのそばに、ずっとずっといたい……」



 少年は少女のことを『なじみ』と呼んだ。

 赤子の頃、『()ックル()ャス()ン』がうまく発音できなかったので、略称で呼んでいたのだが、それがふたりの間で愛称として定着した。



「いい子ね、デュランダル。では早く元気になるように注射をして、それとタトゥーも入れましょうね」



「また、注射とタトゥーなの……? どっちも痛いから、嫌だなぁ……」



「わがままを言ってはいけませんよ、注射をすればすぐに良くなって、午後から勉強を再開できるんです。タトゥーを入れれば、体力と魔力が向上して、より強い身体になれるのですから」



「うん、わかった……。痛いけど、がまんする……」



 ナックルジャスミンはデュランダルの身体を気づかい、世界中から秘薬を取り寄せ、デュランダルに与えていた。

 さらにはこの世界では高度医療とされる、『魔導注射』や、呪術の一環である『魔導刺青(タトゥー)』までもを取り入れていた。


 タトゥーは魔法練成がなされた、透明な塗料を使って彫り込まれる。

 そのため彫り終えても、一見してタトゥーが入っていることはわからないのだが、血流が良くなると模様が浮かび上がってくる特殊なものであった。


 しかし彫り込むときの激痛は通常のタトゥーの比ではない。

 病床の幼い身体に針が突きたてられるたび、少年の絶叫が寝室からこだまする。


 大人四人がかりで押さえつけられ、彫り師にのしかかられた少年の姿は、まるで拷問のようであった。

 この時、少女はいつも拷問官のような瞳で見下ろしていることを、少年は知らない。


 その後もデュランダルは、なじみの期待に応えるために、血を吐くような思いで努力を重ねる。

 しかし、なじみのデュランダルに対する扱いは、日に日に酷くなっていった。



「100人の武装した相手を、素手で戦闘不能にするのに、なぜ1分もかかっているんですか? 普通の者でも、ひとりあたり0.5秒程度で、50秒ですんでいるのですよ?」



 なじみから冷たく突き放され、デュランダルは自分のふがいなさを恥じる。

 もちろん、なじみの言葉は嘘なのだが、デュランダルは信じ切っていた。


 なぜならば少年は、パーフェクトオーダーの王城から、一歩も出たことがないので、『普通の者』を知らない。

 比較対象となるのは、『七曜衆』というバケモノのような手練れたちと、幼馴染みだけ。


 その幼馴染みは、武装した100人を相手に30秒という記録を叩き出していた。

 この狭い世界において、少年は誰よりも劣っていたのである。


 ナックルジャスミンは、その名が示すとおり格闘戦を最も得意としていた。

 成績が悪かった時のお仕置きの時にも、その力は遺憾なく発揮される。



 ……ガスッ! ゴスッ! ドスッ! ゴキィ!



 訓練場のど真ん中で、マウントを取った少女は、パンチの雨を降らせていた。

 少年は身を縮めてガードするが、少女の一撃は細腕から繰り出されているとは思えないほどに重く、また変幻自在で、ガードをやすやすと突き破ってくる。



「がはっ!? ごっ、ごめん! ごめんなさい! ぐふっ! な、なじみっ! ゆ、許して! 許してぇ! ぎゃっ!?」



(ノー)っ。懇願などもってのほかです。いつも言っているでしょう? 殴られているときも、毅然とするようにと」



「はっ……! はあっ! ぐっ! ぐふっ! うううっ!」



「そう、だいぶ良くなりましたよ。あなたは今際の際(デス・リミット)となっても、弱みを見せてはならないのです。『脆弱は敵』だと、(レバー)に銘じなさい」



 ナックルジャスミンは試すように、


 がばあっ……!


 とひときわ大きく腕を振り上げた。


 窓から差し込む光に、拳がギラリと輝く。

 並の人間であれば、死を覚悟する瞬間である。


 しかしデュランダルはもう、顔を庇うことはしない。

 死にかけの昆虫のように縮こませていた身体も、大の字に開いている。


 カッと見開いた目と、悟りに達した表情で、すべてを受け入れていた。


 少女は人知れず片笑む。



答えなさい(アンサー・ミー)。あなたはこれから、どうするのかを」



 少年は、まっすぐな瞳で答えた。



「次こそは、50秒を……! いいや、30秒を切ってみせる! だから、もう一度やらせてくれっ!」



「いいでしょう。それでは特別に、もう一度だけチャンスをさしあげましょう」



 ナックルジャスミンはそう言って、デュランダルの上から立ち上がる。


 彼女はいつも冷静沈着であったが、気持ちが高揚すると、言葉の端々に異国の言葉がのぼるクセがあった。

 そして、『お仕置き』のあとは必ず、



「痛いのは、殴られたあなただけではないのです。殴るほうも痛いというのを、ゆめゆめ(ドリーム・ドリーム)忘れないように」



 血のついたメリケンサックを外しながら、彼女はこう溜息をつくのだ。

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