後編
これでマグノリア編は終わりです。お付き合いありがとうございました。
後1話番外編があります。
滞在中、三度も魔獣の襲来がありました。
一度目は朝食を食べている時。
アルフレッド様は本当に美味しそうに召し上がります。
品よく食べているのにあっという間に食べ終わるんですのよ。
ちゃんと噛んでらっしゃいます?それとも一口が大きいのかしら。
次々と消えていく食事を感心して眺めていると、カーンカーンと高い鐘の音が聞こえてきました。
鐘の音を聞くなり、アルフレッド様は「失礼します」と外見に見合わぬ素早さで部屋を出ていかれました。
驚いたわ。意外に素早いのね。
あんなに早く動く姿を初めて見ましたわ。
「あれは魔獣が境界を越えた警報の鐘です。魔獣討伐は時間がかかると厄介なので、何よりも優先するんです。無作法ですみません」
申し訳なさそうに謝るのは、アルフレッド様の弟であるクラウド様。
アルフレッド様よりも細身で一般的な騎士の様な体格の方です。垂れ目がちなところは似ているかしら。
アルフレッド様の補佐として、主に内政をお手伝いしているとお聞きしました。
本人は剣も魔法もあまり才能がなくて悔しい想いをしたとおっしゃってましたが、アルフレッド様はクラウド様がいるから安心して討伐に行けるそうですわ。
適材適所ですわね。
それにお兄さんなアルフレッド様が少し新鮮でしたわ。
二度目はお母様とお茶を楽しんでいた最中で、アルフレッド様はお仕事でしたので一緒には居ませんでした。
大丈夫かしら。と不安になれば、給仕をしてくれていたメイドが「大丈夫でございますよ」と微笑んでくれました。
「ご領主様はとてもお強い魔法使いですから、あっという間にお帰りになりますよ」
メイドだけではなく、マークロウ家に仕えている者たちは押し並べてアルフレッド様を信頼しているようです。
幾度となく繰り返された討伐の結果なのでしょうね。
でも、怪我はないかと心配してしまうのは、私が余所者だからかしら。
いずれもメイドたちが言うように、数刻でお帰りになったので、魔獣の討伐と言っても意外と簡単なのかしら?と軽く考えていましたわ。
けれど、個人の希望で討伐に参加したうちの護衛騎士が、数匹かと思っていた魔獣が50近い群で襲ってきて驚き恐怖したと話してくれました。
その時のアルフレッド様の魔法を始め、ベイエット領師団の連携の素晴らしさと強さを褒め称えておりました。
あまりの心酔ぶりに護衛騎士を退職するのでは?と思ってしまったほどです。
仕方ないですわね。結婚の際には一緒に連れてきて差し上げますわ。
ベイエット領を堪能して、約一ヶ月。
残念ながら二日後には帰らなければなりません。
晩餐の席ですのに少し気分が落ちてしまいましたわ。
はぁ。
美味しい食事ですのに、食欲が湧きませんわ。
それでもなんとか表情筋を動かして会話を続けていきます。
「マグノリア。貴女、もう決心しているならマークロウ卿にお伝えしたらどう?」
晩餐も終わりに近づき、デザートを待つ間にお母様が話しかけてきました。
そう。
そうよね。いつまでも考えていても仕方ないもの。
緊張を解すために紅茶を一口飲み込み、改めてアルフレッド様に向き直ります。
アルフレッド様も緊張したのか、背筋がピンっと伸びたのがなんだか面白くてふっと息が抜けた。
「アルフレッド様。私、考えたのですが、一年半後が良いと思うのです」
「…は?え、えっと、……はぁ」
「一年でもおかしくはないでしょうけど、衣装などの準備を考えると、やはり、一年半は必要かと思うのです」
「はぁ…」
あら。なにかしら、気のないお返事ね。
まさか、お嫌、とか?
まさか、そんなはずはございませんわよね。
なぜそんな、困惑した顔をしてらっしゃるのかしら。
首を傾げるとなぜかお母様がクスクスと笑っていました。
「マグノリア。貴女、婚約を飛ばして結婚のお話をしていてよ」
「っ!!!」
お母様の衝撃発言に全身が硬直しました。
え?
ええ!?
私、婚約してなかった……かしら。
そっと周囲を見回せば、みんなが私に注目していました。
やめて!生温かい目で私を見ないでちょうだいっ!
盛大な勘違いをどう決着をつければ良いか分からず、両手で顔を隠しました。隠しても見られてるのですけれどね。気持ちの問題なのよ。
そんな中、カタリと椅子の音がして靴音が私の横でピタリと止まりました。
指の隙間からチラリと見ればアルフレッド様が私の横に片膝をついて見上げています。
「マグノリア嬢。その、……私で良いのでしょうか…」
いつもよりも眉が下がって、困ったお顔。
困っていると言うより不安、なのかしら。
すごい魔法使いで、国の要所を治める辺境伯で、領民に慕われ、優しくて、照れ屋で、どこか自信がなくて、とても可愛い人。
両手を外して、アルフレッド様と向き合いその不安げな瞳をじっと見つめます。
「貴方が良いです。貴方だから、私は…」
言葉に詰まる私の手を柔らかで温かい手がそっと包んでくれました。
「ずっと、この命が尽きるまで貴女を愛します。大変な事もあると思いますが、貴女と共に幸せになりたい。どうか、私と、結婚してくださいませんか?」
請う眼差しは強く、たくさん言いたい事はあったのに私の口からは「はい」としか出てきませんでした。
私の返事を聞いて綻ぶように笑った顔を生涯覚えていようと、滲む視界で見つめました。
今後の予定を大まかに決めて、翌々日にお母様と一緒にベイエット領を出立しました。
出立を前に警報の鐘が鳴り、躊躇うアルフレッド様に「行ってください。またすぐに会えますわ」と微笑んで背中を押しました。
躊躇ったのは一瞬で、すぐに出て行ってしまった後ろ姿を誇らしく見送ります。
しばらく会えない婚約者を抱きしめる事もキスを送る事も出来ない照れ屋で不器用な貴方。
でも良いの。したければ私がしますもの。
久しぶりに自宅に戻りましたが、私の心中は少々複雑。
婚約して幸せだけど、またしばらくは会えない寂しさ。
とりあえず、お手紙でも書こうかしら。
用意を頼もうと振り向くと、侍女のシャーリーが深刻な顔付きで話しかけてきました。
「お嬢様。お嬢様は一年半後にご結婚されるのですよね」
「え、ええ。そうよ」
シャーリーは一緒にベイエット領へ行ったから知っているはずなのに、なぜ聞くのかしら。不思議に思っていると、何度か目を泳がせた後、意を決した様に顔を上げました。
何か鬼気迫る雰囲気ね。
「お嬢様。心して聞いてください」
「ええ。なに、かしら?」
「お嬢様は、…………少しですが、太られました」
「…………え?」
ちょっと、ちょっとお待ちになって。
え?
太った?………ふと……ふと…った?
「……嘘。うそ、よ…」
あまりの衝撃にはしたなくも崩れ落ちてしまいました。
ショックで言葉も出ない私の脳裏に走馬灯の様に蘇るベイエット領での日々。
地獄蒸しプリン。ステンドグラスクッキー。フルーツたっぷりクレープ。蜂蜜たっぷりのパンケーキ。
「恐らく3kg程だと思いますが、ウエストなどが以前よりもキツくなっております。伝えるか迷いましたが、やはりウエディングドレスにも影響が出ますので」
吊るしベーコンのサラダ。ラフィット牛のステーキ。etc…etc…
王都よりも歩く頻度は多かったけれど、それを圧倒的に上回る食事のアレコレ。
しかも社交シーズンでもなければ王都でもない為、服は動きやすい物ばかりで、コルセットも緩めにしていた。
「ふ、ふふふふふふふ」
「お、お嬢、様?」
許すまじ!アルフレッド・サジ・マークロウ!
ほぼ八つ当たりだが、それを棚に上げてすっと立ち上がる。
「シャーリー!ミセス・フィンシャーに連絡を取って。それとアルバートを呼んできてちょうだい」
ミセス・フィンシャーは王女の護衛をしていた女性騎士の経歴を持つ方で、結婚して引退した後は女性のボディメイクや美しく痩せる術を教えてくださっています。
過去にお母様と一緒に教えて頂いた事がありますの。
アルバートはお祖父様の代からうちに仕えてくれる家令ですが、そろそろ世代交代をと後進に引き継ぎをしている最中です。
「ミセス・フィンシャーは分かりますが、アルバートさんはなぜですか?」
シャーリーの問いに私はにっこりと笑います。
「もちろん、ベイエット領へしばらく行ってもらうお願いをする為よ」
ふふふ。私一人だけダイエットを頑張る必要はありませんわよね。
「苦楽を共に」とおっしゃってくださいましたもの。
ええ。原因は貴方ですもの。責任を取って、一緒に頑張ってもらいますわ。
後にシャーリーはあれほど美しくて迫力のある笑顔はなかったと語ったとかなんとか。
「苦楽を共にするのが夫婦と言うものですわ」
その後、私は無事に元の体重に戻り、ミセス・フィンシャーのおかげでボディメイクも完璧に仕上げました。
もちろん、ウエディングドレスも華麗に身に纏ってみせましたわ。
お会いするたびに痩せていくアルフレッド様に驚いたり、結婚式の事で初めての喧嘩をしたりしましたが、それはまた別の機会に致しましょう。
あら、もうこんなお時間ですのね。
私の話にお付き合いくださってありがとうございます。
またお会いするのを楽しみにしてますわ。
では、ご機嫌よう。
*終わり*
おまけ
アルフレッド「マグノリア嬢が3kgぐらいなのに、僕がこんなに痩せる必要あったの?」
アルバート「いやはや。面白いぐらいに体重が落ちて行くので、つい楽しくなってしまいました。体も軽くなって筋肉も付いていい事づくめでございましょう?」
アルフレッド「それは、そうだけど。そう、なんだけど、納得いかない〜」
アルバート「大聖堂から花嫁を抱いて大階段を降りて馬車に乗るのが流行り、だとか。お嬢様もご友人方とうっとりとお話しになっていたそうですよ」
アルフレッド「………筋トレ…頑張りマス」