1.依頼
カラン、カラン。
ここはアストレアにある、とある酒場。
マスターであるガルボックは、
チャイムの音と同時に現れた人影を見て、
その厳つい顔をしかめた。
入って来たのは、一人の少女。
大人びた顔立ちではあるが、年がまだ幼いことは明白であった。
どこか儚げな雰囲気を感じさせるその少女は、
この場所には、とてもではないが、
似つかわしいとは、言えなかった。
「...随分なお出迎えね。」
「...ニナ、お前、また来たのか。」
そう、ニナと呼ばれた少女が、ここに来たのは、
初めてではない。
「今日は?」
ガルボックは、はぁ、と一つ大きなため息をつく。
「...来てるよ。それも沢山。」
「...見せて。」
バサッ、という音と共にニナの前に幾束もの紙束が置かれる。
ニナはそれらを、馴れた様子で、手に取り、眺めていく。
ニナ、本名をニナ=ティルフィと言う。
彼女はここの常連客だった。
「...これ、お願い。」
ニナが一枚の紙をガルボックに差し出す。
ガルボックはそれを一瞥して、再び、ため息を吐いた。
「お前なぁ...、少しは自分の命を大事にしろよ。」
ガルボックの反応があまり芳しくないのも、当然であった。
何故ならば、沢山の紙束は依頼書で、ニナが選んだのは、
一番危険な幻獣討伐の依頼書だったのだから。
彼女は、今までも、一番難易度の高い依頼のみ、受けていた。
そして、全てを完璧にこなしてきた。
すなわち、それは、
彼女がかなりの実力者だということを表していた。
「...お前、その依頼の内容、きちんと読んだか?」
「読んだ。」
「...止めておけ。確かにお前は、年齢の割には、強い。
だが、それだけだ。お前には、足りないものがある。
それが何か、分かるか?」
ニナは、暫し考える。
「...分からない。」
「...だろうな。自分のことも、知らないまま、
今まで、何人もの熟練した冒険者が挑み、敗れてきた
依頼を、達成するなんて、出来ると思うか?」
「っ!!」
ニナは悔しそうな顔をして、酒場から、飛び出した。
悔しい、悔しい、悔しかった。
それは、ガルボックの指摘が正に的を射ていたから。
そう、感じたから。
それに、あの依頼。依頼した日付が十年前だった。
そのことも、証言を裏付けていた。
きっと、
自分の力を過信して、挑んだ者は、全て散っていったのだろう。
...もし。もし、ガルボックが止めていなかったら、
自分もその一人になっていた。そんな気がする。
...どうしたら、いい。
...どうしたら、勝てるだろうか。
ニナのこだわりは、
只、強敵に勝って、自慢したいから。
自分が強いと思っているから。
そんな、浅はかな考えによるものでは、なかった。
もっと、強い思いと確かな覚悟、そして、
何より義務感に駆られている。
「...エリー。」
ニナはこの世界にはいない、親友の名前を呟いた。




