その6 群体百足再び
ここはダンジョンの六階層。
俺はマルハレータ達の待つ階段に駆け込んだ。
「・・・やっぱり”群体百足”か」
俺の背後に迫るモンスターの群れを見てティルシアが呆れ顔になった。
ティルシアはあの時一緒にいたからな。とはいえあの時に比べたら大した数ではない。
慣れもあってかティルシアには余裕があるようだ。
「なななな、なんですあれは!」
動揺しているのはマルハレータだ。
その視線は吸い寄せられたように群体百足の群れから離れない。
シャルロッテも最初は驚いていたが、ティルシアが動じないのを見て落ち着きを取り戻したようだ。
獣人は種族本能的に強者に従うと聞くが、こういう所を見るとそれも悪い事ばかりではないのかもしれない。
意外だったのはマルハレータの所の女騎士だ。
「キャアアアアアッ!」
絹を裂くような悲鳴を上げると階段の奥に逃げ込んでしまった。
おい、マジかよ。まさかパニックになって深層まで逃げ込んでないだろうな。
と思ったら、すぐ近くで手で顔を覆ってブルブルと震えていた。
どうやら彼女は百足とかそういう足の多い生き物が苦手なんだそうだ。
・・・一人戦力が減ったがまあいいか。
「さあマルハレータ、様。存分に戦ってくれ」
「ええっ?! 私が戦うの?!」
俺の言葉に目を剥いて驚くマルハレータ。
そして気の毒そうに彼女を見ているシャルロッテ。
「シャルロッテ。お前も行くんだ」
「ええっ?! アタシも?!」
群体百足の数によってはマルハレータだけでやらせるつもりだったが、これだけ多いと彼女一人の手には余るだろう。
元々これはシャルロッテにやらせるつもりだった事だ。
ついでにここで彼女の階位を上げてしまえれば一石二鳥だ。
「ハルト・・・お前というヤツは」
開いた口が塞がらない、といった様子のティルシア。
だが俺を止めるつもりはないようだ。
彼女もこの方法が有効だと考えたんだろう。
この異世界フォスには地球のゲームのようなレベルの概念が存在している。
一般に階位と呼ばれるものがそれだ。
この階位は普通に生活していても上がるし、体を鍛えても上がる。
シャルロッテはそうやって階位3に上がったモノと思われる。
しかしこの階位。実は手っ取り早く上げられる方法がある。
それがモンスターとの戦闘である。
この世界では知られていない事だが、モンスターはダンジョン内のマナが凝縮して発生する魔法生物だ。
その体はマナで構成されている。
モンスターを倒すとこのマナの一部が解放され、すぐ近くにいる人間――つまりモンスターを倒した人間に吸収される。
本当はこの辺もっと色々と複雑なのだが、ザックリそう考えて貰ってもまず問題は無いだろう。
要は経験値のようなものだと考えてもらってもいい。
その経験値が一定量以上溜まると階位が上がるのである。
そういうシステムである以上、ゲームでよくある寄生プレー(一発だけ攻撃を当てて後はひたすら逃げ回って仲間が倒してくれるのを待つ)は成立しない。
基本的に止めを刺した人間にしか経験値は入らないからだ。
飛び道具で倒した場合も同様である。
また、弱ったモンスターは死の際に開放するマナの量も少ないので、仲間が弱らせたモンスターに止めだけ刺す方法では階位の上がりは悪い。
要は一番効率が良いのは”元気なモンスターを至近距離で一撃で殺す”という方法なのだ。
なんだか面倒なルールだが、ゲームのようでゲームでない世界なので仕方が無い。
また、取得した経験値は時間と共に目減りするので、可能ならば一気に数を稼ぐ方がより効果的だ。
階段のすぐそばでワサワサ動き回る群体百足の群れ。
マルハレータは俺の顔と群体百足を見比べながら、どうして良いか分からずにオドオドとしている。
どうやら今まで彼女はこういう相手と戦った事がないみたいだ。
いくら階位4といっても温室育ちの純粋培養、今までは騎士団に守られた限定的な戦いしかして来なかったのだろう。
最初に剣鬼がサボってばかりと言っていたのも、そんな彼女の戦い方を見てそう言ったのかもしれない。
剣鬼の目には彼女のやり方は、まるでぬるま湯に浸かっているように見えたのだろう。
「あのモンスターは群体百足。一体ずつの強さはさほどでもないが、かなりしぶとい。頭を潰さないと死なないと思っておいた方が良い。それと顎からこちらの体を痺れさせる毒を出すので注意しろ。大型種に気を取られ過ぎると小型種に鎧の隙間から潜り込まれるのでそこは要注意だ。ヤツらは人間の体の穴から体内に潜り込んで来る。そうなれば痛みで戦うどころじゃなくなってヤツらの餌食だ」
・・・
「おい、聞いているのか?」
「ひっ! ひゃい!」
俺が肩を叩くとマルハレータは凄い勢いで垂直に飛び上がって天井に頭を打った。
さすが階位4。馬鹿げた跳躍力だ。
とはいえコイツがここまでビビるとは思わなかった。さてどうしたものか。
「ハルト。アタシが先に行くよ」
「ん? そうか? さっき俺が言った事を聞いていたよな?」
俺の言葉にコクリと頷くシャルロッテ。
「よし、じゃあ行って来い」
「た――っ!」
シャルロッテは一声叫ぶと階段を飛び出した。
「そうだ! 足を止めるな! 足元に這い上がる小型種に注意を払え!」
この数は階位3のシャルロッテには辛いか? いや、もう少しだけ様子を見るか。
「疲れが見え始める前に早めに止めよう。ティルシア、タイミングを合わせて出るぞ」
「ああ。それよりもこの訓練、私もやった方が良くないか?」
ティルシアが? ・・・いや。
「いや、あまり効果は期待出来ないと思うぞ。群体百足はさほど強いモンスターじゃないからな。ティルシアが階位6に上げようと思ったら何日かかるか分からないんじゃないか?」
「そうか・・・ 階位5の壁を超えるチャンスだと思ったんだがな」
群体百足は所詮中層のモンスターに過ぎない。数が多いので稼ぎの効率は良いが、元々階位3のシャルロッテにやらせようと考えていた相手だ。ティルシアでは役不足だろう。
「よし。そろそろ行こう。モンスターは俺が引き受けるからシャルロッテの方を頼む」
「分かった」
俺達は飛び出すとシャルロッテの元に向かった。
「下がれシャルロッテ! おい、聞け! ・・・くそっ! ティルシア! シャルロッテを大人しくさせろ!」
「シャルロッテ! 引け!」
「はあっ! はあっ! あ、姉さん・・・」
ティルシアは無我夢中で剣を振り回していたシャルロッテの腕を苦も無く掴んだ。
凄いな今の。一体どうやったんだ?
シャルロッテは腕が掴まれた事で、ようやく俺達がそばにいる事に気が付いたようだ。
「下がれシャルロッテ! 一度仕切り直しだ!」
俺は叫びながら足元の群体百足の頭を踏み潰した。
マズいな。シャルロッテは頭に血が上り過ぎて俺のアドバイスが頭から抜けていたようだ。
ここにはシャルロッテに切り飛ばされた群体百足が無数に転がっている。
しかしコイツらは頭を潰さない限りそう簡単には死なない。
そして死ぬまで仲間を呼び続ける。
一先ずこの辺のヤツらを片付けてしまわないと、増援でダンジョンの通路が埋まってしまうぞ。
「ティルシア! 予定が変わった! お前もコイツらの止めを刺すのを手伝え!」
「なにっ? そうか、分かった」
俺はティルシアと協力して群体百足に止めを刺して回った。
もちろんその間もヤツらは俺達に襲い掛かって来る。
ティルシアは慣れない相手に手こずりながらも俺の後に続いた。
「このくらい間引いておけば大丈夫だろう。一度階段に戻ろう」
「・・・思っていたより骨だなこれは。次は私もシャルロッテと一緒に戦った方がいいんじゃないか?」
そうか? そうかもしれない。
しかし、取り合えず今は引こう。
俺達はタイミングを見計らってシャルロッテの待つ階段に駆け込むのだった。
次回「即席タッグ」




