その4 面倒な押しかけ客
「本当に俺の所に泊まるのか? マルティンの所にも泊まる所はあるぞ」
「うるさいなお前は! マルハレータ様が泊まるのに何か不満でもあるのか?!」
マルハレータの護衛の女騎士が俺を怒鳴り付けた。
不満があるのかも何も不満しかないが。
女騎士は更に威嚇するように足を踏み鳴らした。
中々の高階位らしく、彼女に全力で踏まれて地面がドスンと大きな音を立てた。
立ち昇る土ぼこりに串焼き屋がイヤな顔でこちらを見た。
全く、はた迷惑なヤツだ。
俺達はダンジョン調査隊のマルハレータと共に家に向かっていた。
その間女騎士はずっとこうして不満をあらわにしていた。
うっとおしいったらない。
彼女の主人のマルハレータはずっと陰気に押し黙ったままだ。
ひょっとして彼女の師匠である剣鬼クラーセンから、階位を上げるまで戻って来るな、と追い出されたのがショックなのかもしれない。
だったら師匠に文句を言えばいいだろうに。まあ、女騎士と違って俺に当たり散らす訳ではないので別に構わないが。
マルハレータの一行は彼女の他に女騎士と使用人の女の三人だ。
女騎士と女使用人は俺よりも少し年上、25歳~30歳手前といったところか。
というか、使用人の方はともかく、階位4のマルハレータに護衛はいるのか?
まあいるんだろうな。伯爵家の娘だそうだし。
そういう訳で俺は、ティルシアとシャルロッテを加えた女五人を引き連れて町を歩いている。
周囲の「何事だ?」という目が非常に痛い。
勘弁してくれ。
シャルロッテが俺の隣にやってくると、俺の服をつまんでチョイチョイと引っ張った。
何だ?
「あのさハルト、ひょっとしてなんだけど・・・」
シャルロッテの言葉に俺は驚いた。
俺は背後のマルハレータに尋ねた。
「お前達、腹が減っているから機嫌が悪いのか?」
どうやらマルハレータ達は部屋の外でずっと俺達の話が終わるのを待っていたらしい。
俺達はそれを知らずに飯を食いながらのんびり話していたという訳だ。
そいつは悪い事をした。機嫌を損ねているのも当然だ。
俺はそう思ったのだが――
「そんな訳があるか! 私達はお前達平民とは違うのだ! 食事を抜いたくらいで腹を立てたりするか!」
何が気に入らないのか、また女騎士が俺に噛みついて来た。
今度は腰の剣にまで手が伸びたので、ティルシアが素早く俺達の間に割って入った。
ん。何だ、シャルロッテ。まだ話があるのか?
一触即発な空気の中、俺は再びシャルロッテに袖を引かれて彼女に振り返った。
「あのさハルト、こういう時は――」
・・・マジか。
俺はため息を付きたい気持ちを堪えながら、さっき見かけた串焼き屋に向かった。
俺は並べられた串焼きをまとめて買うと、それを持ってみんなの所に戻った。
串焼き屋の親父はさっきと打って変わって愛想よくニコニコしていたよ。
「マルハレータ、様。こちらをどうぞ」
「・・・ふん。最初からそうすればいいんだ。マルハレータ様こちらをどうぞ」
女騎士に言われてマルハレータは串焼きを三本手に取ると、残りには目もくれなかった。
その間に使用人の女が手近な樽を確保し、その上に布を引いている。
マルハレータはその上に座ると、手に持った串焼きを使用人に預けて一本ずつ行儀良く食べ始めた。
何だこれは・・・?
呆れ顔の俺にシャルロッテが説明してくれた。
「貴族相手に『いるのか?』って聞いちゃダメなんだよ。使用人は先にそれを察して『どうぞ』って差し出さないといけないのさ。それも一つじゃダメで、いくつかの中から選ばさないとダメなんだ」
「それは分かったが・・・ じゃあコレはどうすればいいんだ?」
俺は自分の手の中の大量の串焼きを見た。
「残ったものは使用人の物になるのさ。つまり貴族から下々の者への施しってわけ」
「・・・俺の金で買った物だぞ」
仏頂面の俺を見てシャルロッテが苦笑した。
貴族とはそういうもの。どうやらそう言いたいらしい。
というか――
「というか、そこまで分かっていたなら、お前がやってくれれば良いだろうに」
「貴族がアタシのような獣人女が持って来た食事を口にすると思うかい?」
そう言って困った顔をするシャルロッテ。
獣人は人間からいわれのない差別を受けている。
ましてや相手が貴族ともなればなおさらだ。
さっきからティルシアと二人で黙っていたのは、少しでも目立たないようにしていたんだな。
俺は何故か理不尽な怒りに駆られて、マルハレータ達を睨み付けた。
マルハレータが串焼きを食べている間、使用人と女騎士は黙ってその側に控えていた。
正直言ってコイツらの態度は不愉快だが、飯を食わせないほど恨んでいるわけではない。
残った串焼きは後でコイツらに渡してやろう。
俺は串焼きを包んで持って帰る事にした。
マルハレータは食事を終えると黙って立ち上がった。
俺はシャルロッテに小突かれてハッとした。
「じゃあ今から家まで案内する」
「任せる」
貴族と付き合うコツは、相手が望んでいる事を先に言ってやる事。
面倒だがこうなっては仕方が無い。
どうせ相手をしなきゃいけないなら、少しでも円滑に行くようにこちらが折れるしかないのだ。
俺は文句を飲み込むと先に立って歩き出した。
その少し後ろをシャルロッテが付いて来ている。
俺はマルハレータ達に気付かれない程度の小さなため息をついて言った。
「今日はシャルロッテがいてくれて本当に助かったよ」
ティルシアも流石に貴族の扱いまでは知らなかったみたいだしな。
俺の言葉にシャルロッテは最初キョトンとしていた様子だったが、すぐに嬉しそうな顔になった。
その後、家に帰り着くまでシャルロッテは終始上機嫌だった。
家が遠い、足が疲れたから馬車を呼べ! などと言われるかもしれないと心配していたが、何事もなく俺達は無事に家にたどり着いた。
考えてみれば、マルハレータはまだ幼いとはいえダンジョン調査隊の責任者だ。
いくら貴族とはいえダンジョンの中に馬車で乗り込む訳にはいかない。
元々歩きには慣れているんだな。
「ふうん」
俺の家をしげしげと眺めまわすマルハレータ。
そんなに悪くない家だと思うが、貴族の娘の目には「ゲッ、ここに泊まるのか?!」という風に見えているのかもしれない。
・・・
特に何も言わないという事は、もう中に案内してもいいのか?
「中に案内する」
「任せる」
何となく釈然としないが、文句を言われなかったのならそれはそれで良かった。
自分が建てた家ではないが、それでも高い金を出して買った俺の家だ。
悪く言われなかった事に俺はホッとしていた。
外はもうかなり薄暗くなっていたので、家の中は真っ暗だ。
俺は魔道具の明かりを灯した。
「部屋は空いている部屋を好きに使ってくれ。井戸とトイレはそのドアの外に共同のものがある」
貴族の娘が平民の共同トイレを使うのかどうかは分からない。
でもこの家にはトイレはない。貴族だろうが平民だろうが食えば出る。
従ってもらう他はないだろう。
「明かりの魔道具を用意するから待ってくれ。――これだ。使い方は分かるよな?」
俺に聞かれて使用人の女が頷いた。
「お屋敷で使っている物と同じですから」
「そうか。貴族の屋敷と同じ物を使っているなんて俺も中々だな」
この俺の軽口は誰にもウケなかった。愛想笑いくらいしてくれても良いだろうに。
俺は咳をして誤魔化すと女に魔道具を渡した。
「部屋の掃除はしてあるが、道具がいるなら言ってくれ。後、来客用のシーツは無いから今晩は俺達の物を使ってもらう事になる」
「獣人の使った物を使うのか?!」
女騎士が叫んだ。顔には嫌悪感がありありと浮かんでいる。
「・・・ならお前はシーツ無しで寝るか?」
「それでいい。騎士団ではテントで寝泊まりする訓練も受けているからな」
獣人の使っているシーツで寝るくらいなら野宿の方がマシと言いたいのか。
お前は俺のいた孤児院に入ったら三日で逃げ出していただろうよ。
ちなみに今はベッドだけはちゃんと各部屋に入れてある。
最初にシャルロッテが泊まった時、ティルシアと一緒に床で寝ていたと知って気の毒になったのだ。
とはいえ本当にこの家に誰かを泊める事になるとは思っていなかった。
ひょっとしてマルティンとその護衛辺りが使うかもしれない、と思って入れたんだが・・・
備えあれば何とやらだ。
「好きにしろ。朝食はこちらで用意しても良いが?」
「獣人と一緒の食事など「分かった。そちらは外で食べる。それでいいな」
俺は女騎士の言葉をみなまで言わせず被せて言った。
女騎士は不満そうな表情を浮かべたが、特に文句を言って来る事は無かった。
俺は招かれざる客達に魔道具とシーツを押し付けると、「用があれば呼んでくれ」と言い残して自分の部屋に入った。
部屋のドアを閉めた途端、俺は大きなため息をついた。
次回「階位上げ」