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プロローグ ダンジョン調査隊

「今日はこのくらいでいいだろう」


 俺は顔を上げると少し離れた位置で薬草を採取している少女に声を掛けた。

 俺の声に少女の頭のフサフサとした耳がピクリと動いた。

 彼女はシャルロッテ。ネコ科の獣人の少女だ。

 俺達はチーム・ローグの仲間でもある。


「どれ。見せてみろ」


 俺はシャルロッテに近寄ると彼女の採取した薬草を確認した。


 この薬草は若い葉に薬効成分が含まれている。

 しかし駆け出しダンジョン夫や、ベテランでも雑な仕事をするヤツは、成長しきった葉や茎まで一緒に採取してしまう。

 当然そういったやっつけ(・・・・)仕事は依頼人からもダンジョン協会の者からも嫌われる。

 それでもいい加減な仕事をするダンジョン夫共は後を絶たない。

 俺がダンジョン夫をクズだと嫌う理由の一つだ。


 俺の背後から彼女の緊張が伝わって来る。


「――合格だ。言われた事を良く守れているじゃないか」


 途端にパッと笑顔を見せるシャルロッテ。


「そ、そうかい?! ハルトの教え方が丁寧だからだよ!」

「お、おい、そんなに乱暴に詰め込むな! ・・・はあ、まあいい。これで上層は終わりだ。明日からはティルシアと一緒に中層へ行くぞ」


 薬草を掴んで鞄に詰め込むシャルロッテ。よほど嬉しかったのか、頭の耳がパタパタと落ち着きなく動いている。


 本来であればもう少し上層で経験を積ませたかったんだが・・・


 シャルロッテには早く中層で仕事を――というよりは中層で階位(レベル)上げをさせてやりたい。

 シャルロッテの現在の階位(レベル)は3。

 これはこのスタウヴェンのダンジョン夫の階位(レベル)としてはまずまずのボリュームゾーンだ。

 今までならこれで十分と考える事も出来ただろう。


 今、このダンジョンには他の町から多くのダンジョン夫が流れ込んでいる。


 この町の経済を、いや、町そのものを裏で牛耳るデ・ベール商会がかき集めたゴロツキダンジョン夫共だ。

 こいつらのせいで町の治安は悪化している。――まあ今はそれだけが理由では無いのだが、それは後で話そう。

 しかし、コイツらも原因の一つであることは間違いない。


 獣人というのは人間の町で差別対象になり易い。

 要はクズ共に絡まれやすいのだ。

 そして俺はスキル:ローグダンジョンの能力のせいで町では階位(レベル)1のクソザコだ。

 シャルロッテには自分の身は自分で守ってもらわなければならない。

 そのため早急にシャルロッテをヤツらに舐められない階位(レベル)まで上げる必要が出て来たのだ。



 デ・ベール商会は少し前までは、ダンジョン中層まで直通の縦穴を開けるための工事を行っていた。

 開通の暁にはエレベーターを通し、中層の素材を独占するつもりだったのだ。


 本当にそんな事が可能なのか?

 それは俺にも分からない。

 しかし、この計画は現在延期されている。

 ダンジョンの拡大が確認されたせいである。


 現在このスタウヴェンのダンジョンは、上層部分が面積にしてかつての数倍にまで広がっている。

 一番拡大が確認されている一階層など十倍近い面積にまで広がっている程である。


 この事実はこの町を預かる代官にとっては正に寝耳に水、一大事だった。

 代官はすぐさま領主に連絡を入れ、報告を受けた領主はすぐさまダンジョンの調査を行う事にした。

 まあそこまでは分かる。

 しかし、どこで何がどうなったのか、ここでこの調査に国が乗り出す事になったのである。


 これを受けてデ・ベール商会は工事を一時取り止めた。

 デ・ベール商会の工事と、ダンジョンが広がった事に、何か関連があるのではないか、との疑いが持たれていたからだ。

 もちろんデ・ベール商会は否定している。だが、ヤツら自身も何ら根拠があって否定している訳ではない。

 そして現在、この町の人間でデ・ベール商会の言葉を信じる者はいなかった。

 今回の工事がそれだけ町の人間に不信感を持たれていたのである。


 実は俺はこの現象の原因に心当たりがあった。


 このダンジョンの最下層には原初の神が存在している。

 俺は日本に戻るために、密かに原初の神に協力し、神の力を取り戻す手伝いをしている。

 原初の神は力を取り戻す度に少しずつダンジョンの階層を増やしていった。

 現在、このスタウヴェンのダンジョンは、人知れず地下50階層にまで拡張されている。


 問題となっている階層面積の広がりは、おそらくこの階層数が増えた事と無関係ではないだろう。




 こうして階層面積の広がったダンジョンを調査するために、つい先日国から依頼された何とか伯爵がダンジョン調査隊を編成、この町に送り込んで来た。


 さて、このダンジョン調査隊だが、コイツらが町の治安の悪化に一役買っているのだ。


 一言で言えばコイツらはクズだ。それもダンジョン夫共に輪を掛けたクズと来ている。

 飯の代金を踏み倒すのは当たり前。昼間から娼婦を連れ回して所かまわず盛りやがる。

 ヤツらに無体を働かれて店をたたんだヤツは既に何人もいる。

 バックに伯爵家が付いているから誰も逆らえないのをいい事にやりたい放題だ。


 俺もまさかデ・ベール商会やダンジョン夫共よりクズなヤツらを見る事になるとは思わなかった。

 俺はまだまだこの異世界フォスを甘く見ていたらしい。


 こうして俺達がマルティンの仕事でしばらく町を離れている間に、このスタウヴェンの町は随分と住み辛くなってしまっていたのだ。




 俺はシャルロッテと連れ立ってダンジョンから出た。

 思ったよりも時間が経っていたようだ。すっかり日が傾いている。


 今から市場によって食材を買って帰っても、家で飯を作っていては遅くなってしまう。

 かと言って飯を食いに出れば、調査隊のクズ共と鉢合わせする可能性が高い。

 俺達がいつも利用する食堂はほとんど酒を置かないので、あまり酒を飲まない俺のお気に入りの店だった。

 しかし今では調査隊のヤツらの言いつけで酒を出すようになってしまった。

 おかげであの店も利用し辛くなった。

 ただでさえイマイチな飯を、酔っ払いに囲まれながら食うなんてまっぴらだ。

 なんで金を払ってまでそんな場所で食わなきゃならないんだか。


「遅くなったな。仕方が無い。晩飯は買い置きの保存食を使って何か作るか」


 保存食の味は酷い物だが、濃い目に味付けすれば何とか食べられる物になるだろう。

 微妙な物になりそうだが、俺の作った料理が好物のシャルロッテはそれでも嬉しそうだ。


 まあコイツに不満が無いならいいか。


 俺達は採取した素材を納品するためにダンジョン協会に向かって歩き出した。




 ダンジョン協会は酒場を兼ねた建物の中にある。

 流石の調査隊もこの酒場には用が無いのか、飲んだくれているのはいつものようにダンジョン夫共ばかりだ。

 とはいえ、俺にとってはダンジョン夫共も十分に不快な存在なんだがな。


 カウンターの男――ええと、ヤコーブスだったか? ヤコーブスは俺達から嬉しそうに素材を受け取った。

 俺がこの町に戻ってシャルロッテと上層に入るようになってから、この男はいつもこんな感じだ。

 なんでも最近は上層を仕事場にするダンジョン夫が不足しているらしい。

 だがいくらコイツに愛想よくされても、明日からは中層に仕事場を移す事に決まっている。

 こっちにもこっちの事情があるのだ。ダンジョン協会の都合に合わせてやる義理は無い。


 俺が金を受け取り、カウンターを後にしようとしたその時。

 協会のドアを開けて若い男が入って来た。見覚えのある顔だ。

 というかボスマン商会のヤツじゃないか。


「あ、ここにいましたかハルトさん」


 この男は以前俺が腹を刺された時に世話になった男だ。

 男は俺達を呼びに来たのだと言う。


「家に行ったら誰もいないので、ひょっとしてこちらじゃないかと思いまして」

「? ティルシアは家にいなかったのか?」


 ティルシアはウサギ獣人の少女だ。いや、19歳なので少女と呼ぶのもどうかと思うが、見た目は中学生くらいの少女にしか見えないのだからついそう呼んでしまっても仕方が無いだろう。


「いえ、ティルシア様はもうボスマン商会に来ています」


 ティルシアは以前はボスマン商会でマルティンの護衛をやっていた。ちょっとした事件の後、今は俺と組んでダンジョン夫をやっている。

 とはいえそれは仮の姿のようなもので、今でもティルシアがボスマン商会の雇われである事に変わりはない。

 護衛対象がマルティンから俺に代わっただけなのだ。


「分かった。今から行こう。丁度今仕事も終わった所だ」


 俺の方も聞きたい事がある。男の誘いはある意味渡りに船と言えた。


「それは良かった。ではこちらに」


 男が開けたドアをくぐって、俺達は外に出た。

 俺はこの後、深く考えずに男に従った事を後悔する事になる。

 ボスマン商会で待っていたのは、俺に面倒をもたらす人物だったのだ。

次回「剣鬼クラーセン」

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