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その22 ダンジョンマスター

 アグネスは死んだ。


 俺はアグネスの死体を抱いたままでいつまでも呆けていた。

 そんな俺の耳に足音が届いた。今度こそアイツに違いない。

 俺はアグネスをそっと床に横たえ、一度目を閉じて気持ちを切り替えると、床に転がった愛用のナタを拾った。




「よもやアグネスを倒すとは・・・」


 部屋に入って来たのは五十がらみの禿頭(とくとう)の男。

 クラン・荒野の風、リーダーのケヴィン。この騒動の黒幕だ。


「違う。コイツはアグネスじゃない。モンスターだ」


 俺の言葉は意外な事に、誰よりも俺の心に深いダメージを与えた。

 だがアグネスはモンスター。これはれっきとした事実だ。

 俺は胸の痛みに無言で耐えた。


 アグネスが死んだあの時、俺の階位(レベル)は14から15に上がった。

 人間を殺して階位(レベル)が上がる事はない。

 つまりアグネスはダンジョンで生まれた魔法生物――モンスターだったのだ。


「そこまで分かるのですか。ええ。彼女は私が作り出したゴーレムです」


 ゴーレム。このダンジョンに多数徘徊する無機物の体を持つモンスターだ。

 まさかこのアグネスがゴーレムだったとは・・・


 どうりで治癒の魔法が効かない訳だ。

 折れた剣に治癒魔法を使っても、剣は元通りには戻らない。

 治癒魔法は、あくまでも生物が元々持っている治癒能力を強化促進するものだからだ。無機物には効果が無い。


 そしてアグネスが食事の味がしないと言っていた理由も分かった。

 魔法生物であるモンスターのエネルギーは大気中のマナだ。俺達普通の生物のような食事は必要としない。

 食事を必要としない以上、当然味覚などという機能は無用だ。

 つまりアグネスには最初から味覚が無かったのだ。



 ・・・しかし、ケヴィンは自分の望み通りのモンスターを作り出せるのか。

 コイツどれだけこのダンジョンに関する知識を得ているんだ?


 俺は部屋の中央に存在するモヤのような物を見つめた。

 このダンジョンの中心、『原初の神の一部』だ。


 人間というちっぽけな許容量(キャパシティ)しか持たない存在で、ケヴィンはよく”神の言葉”の莫大な情報に深入りする気になったもんだ。

 命知らずもいいところだ。俺にはとてもじゃないが真似できない。


「本物の・・・お前の本当の孫娘のアグネスはどこにいる?」


 俺の問いかけにケヴィンはチラリと部屋の隅のミイラ化した死体を見た。


 ・・・そういう事か。


 コイツは孫娘の死体をモデルにゴーレムを作ったんだな。

 そして用の無くなった死体はそのままここに放置したと。


「自分の孫娘だぞ。その死体をそこらの床に転がしておくなんて。あんたに死者を弔う気持ちは無いのか?」

「孫娘を連れて帰ったのに、その孫娘の墓を作ってはおかしいでしょう?」

「・・・この外道が」


 俺の言葉にケヴィンは意外そうな表情を浮かべた。


「私と同じく”知識の源”に触れた者とは思えない発言ですね。価値観があまりに通俗的に過ぎる」


 ”知識の源”? なるほど、俺が”神の言葉”と呼んでいる神の情報をケヴィンはそう呼んでいるんだな。

 だが所詮、ここにあるのはちっぽけな『原初の神の一部』に過ぎない。

 いや、普通の――このダンジョンしか知らない人間にとってはこれでも莫大な英知なのだ。もっとも、親元の凄みを知る俺にはどうしてもショボい劣化版にしか感じられないのだが。


「あなたとなら価値観を分かち合える、私の知識を継いで後継者になってもらってもいいと思っていたのに」

「そうか? 大方俺を騙くらかして、俺の知るダンジョンの最下層の情報を聞き出そうとでも考えていたんじゃないか?」

「・・・」


 クソ野郎が! 図星かよ!


 俺は久しぶりにこの異世界フォスの人間が心底腹立たしくなった。

 10年前の異世界転移以来、俺がこの手のクズにどれだけ辛酸を舐めさせられたと思っているんだ。

 いい加減にしろよこのクズ共が。


 結局『原初の神の一部』の知識に触れようが、ケヴィンのダンジョン夫としての根っこは変わらなかったのだろう。

 利己的で強欲で自己顕示欲が強いクズ野郎だ。

 こんなヤツに「君こそがダンジョン夫と呼ばれる存在だ」などと言われてビビっていたかと思うと、心底情けないやら腹立たしいやらで、自分で自分をぶん殴ってやりたくなる。

 そしてこんなヤツの命令を律義に守ってアグネスは俺に襲い掛かり――クソッ。全く胸糞が悪い。最悪な気分だ。


 ケヴィンは俺の言葉を聞いて明らかにガッカリした。


「更なる英知を求めて他の町のダンジョンの情報を得ようと思っていましたが・・・ その様子ではそちらの”知識の源”は期待外れの存在のようですね。やはりダンジョンマスターは私一人で十分のようです」

「ダンジョン・・・何だって?」


 おい、今コイツは何て言った?


「ダンジョンマスター。あなたには到達出来なかった存在。真なるダンジョン夫(・・・・・・・・・)ですよ。この世の理の外に存在する人間の限界を超えた極致の存在です」


 重々しく俺に告げるケヴィン。

 だが俺は限界だった。 


「ぷはっ! あはははははははは! お前、言うに事欠いてダンジョンマスターって?! ゲームや小説じゃないんだよ、俺を笑い死にさせるつもりか?! 全く、こんなヤツに今までずっと振り回されていたなんてな! ホントにお笑い種だぜ!」


 俺は腹を抱えて爆笑した。今なら間違いなくヘソで茶が沸いただろう。

 そんな事が出来る訳ないって? 階位(レベル)15の身体能力を甘く見るなよ。


 それにしても呆れ返る話だ。言うに事欠いてダンジョンマスターとは! 人間ごとき小さな存在がダンジョンの主人になれる訳がないだろうに。

 ダンジョンのシステムの上っ面を撫でれるようになった程度で支配者気取りとはとんだコメディーだ。

 知らないという事は無敵だな。いくらだって天狗になれる。


 馬鹿にしていた俺ごときにあざ笑われて明らかに不機嫌になるケヴィン。

 だからそういう所が小物なんだって。

 全く。こんなヤツに作られて、こんなヤツの命令を守って死んだアグネスはさぞ浮かばれないだろうよ。


「やれやれ。これが最後の質問だ。本物のアグネスはどうして死んだんだ? ひょっとしてあの時も今回のようにモンスターのスタンピードがあったんじゃないか?」


 今日のダンジョンの様子は明らかにおかしかった。全体的にモンスターの数と強さが底上げされている感じだった。

 俺は今ではこの異変にはケヴィンが、ないしはケヴィンに命令されたアグネスが関与していると確信していた。


 ケヴィンは俺が尋ねた事で、自分よりダンジョンに関する知識が乏しいと侮ったのか、再びいつものような尊大な態度を取り戻した。


「さてどうでしょうね。あれは無謀にも最下層に挑戦して力及ばず命を落とした。ただそれだけの事ですよ。確かに試練は与えられたかもしれませんが、本当に選ばれた者であれば試練をはねのけてここに無事到達していたでしょう。あれはその器では無かった。そういう事です」

「・・・ものは言いようだな。とはいえ、そもそも俺はもうあんたを殺す事に決めているからな。いまさら聞くだけ無駄だったか」


 仮にケヴィンが何らかの手段でモンスターのスタンピードを引き起こせるとしても。

 それを利用してはねっかえりの孫娘を殺していたとしても。

 自分に従順なゴーレムを作り出して孫娘の代理をさせていたとしても。

 ここでコイツが死ねば全ての決着が着く事になる。今更真相なんてどうでもいい。


「下種な発想ですね」

「あんたにだけは言われたくないね」


 話は終わりだ。もううんざりだ。というか今もコイツと同じ場所の空気を吸っていると思っただけで吐き気がする。

 俺は全てを終わらせるべくケヴィンの懐に飛び込んだ。


「何っ!」

「おい、嘘だろう?!」


 俺達は同時に驚愕の声を上げた。

 もちろん驚いた理由は正反対だ。

 俺は躱された事に、ケヴィンは躱し損ねた事に。

 そう、俺が横なぎにしたナタはケヴィンの装備を浅く切り裂いただけに留まったのだ。


 切り裂かれたミスリルの装備に手を当てて驚愕に目を見張るケヴィン。

 よく見ると装備の裂け目から薄っすらと血がにじんでいる。

 皮一枚程度は切断していたのか。


「今の俺の攻撃を躱すのか? そうか! スキル”見切り”の力か!」

「完全に躱したと思ったのに紙一重だと・・・ ふざけやがって! テメエまさか俺以上の階位(レベル)だったのか?! 今までどうやって隠していた!」


 ケヴィンにはさっきまでの余裕はどこにもない。

 それはそうだろう。かすった程度とはいえ、完全に躱したと思った攻撃を食らったのだ。

 長年この町で最強を誇っていたはずの男は、今や青ざめて額に冷や汗を浮かべている。

 何とも胸のすく良い顔をしてくれるじゃないか。


「何だそっちが本当の喋り方なのか? いかにもチンピラダンジョン夫らしい口調でお前によく似合っているぞ」

「ガキが。テメエ・・・殺す」


 俺の煽りに対して、食いしばった歯の隙間から声を漏らすケヴィン。

 だがその言葉とは裏腹にケヴィンは慎重に俺との距離を取った。

 さっき見せた俺の身体能力を警戒しての事だろう。

 中々良い判断だ。だが無駄でもある。

 さっきは運も味方して躱せたかもしれないが、流石に二度目は無い。それほど俺とケヴィンの間の階位(レベル)は隔絶している。

 それはスキルの効果程度で埋められるような差ではないのだ。


 俺は今度こそケヴィンの息の根を止めるべくナタを構えた。

 ご自慢のスキルで今度の攻撃も躱してみな。出来るものならな。

 そんな俺の姿に何を見たのか、ケヴィンの目に初めて怯えが浮かんだ。


 これで終わりだ。


 俺はもう一度ケヴィンの懐に飛び込むと、かつてないほど殺意を乗せた一撃を見舞った。


◇◇◇◇◇◇◇◇


 ダンジョンを襲った異変は始まった時と同様に唐突に収まった。

 あれほど通路に溢れていたモンスター達が潮が引くようにダンジョンの奥へと姿を消したのだ。

 ティルシアは、今回の騒動に運悪く巻き込まれたダンジョン夫達と共に、5階層のダンジョン内商会に避難していた。


「一体何だったんだ?」


 彼女の疑問に答えられる者はいなかった。

 そして彼女もいつまでも今回の異変の原因を思い悩む事は出来なかった。

 早急に判断しなければならない事が山積みだったからである。



 この日の犠牲者はシュミーデルのダンジョンが始まって以来、最大の規模となった。

 三大クランの一角、ドルヒ&シルトは二人のリーダーを含め、主だった者達の死亡が確認された。さらに傘下のチームも多くの者が命を失うか重傷を負った。

 そして同じく三大クランの荒野の風でもリーダーのケヴィンとその孫娘・アグネスが行方不明となった。


 こうしてシュミーデルのダンジョンは、人的にも組織的にも大きなダメージを負ったのだった。

次回で第四章が終わります。

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 『戦闘機に生まれ変わった僕はお嬢様を乗せ異世界の空を飛ぶ』

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