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その19 最下層を目指して

 俺は久しぶりに愛用の安物装備に身を固めてダンジョンの中をさまよっていた。

 今もイノシシのようなモンスターを倒した所である。


 以前ティルシア達と入った時には見かけなかったモンスターだが・・・


 今日のダンジョンの中はどこか騒然とし、上層部分にもかかわらずやたらと強いモンスターが徘徊していた。

 それにあちこちでウロウロしているはずのダンジョン夫達の姿も見えない。

 まあ俺にとってはそっちの方が好都合なんだが。

 戦っている所を見られたくはないからな。


「階段までたどり着いたか。・・・そろそろ一気に最下層まで降りてもいい頃合いか」


 階位(レベル)も12を超えて、最下層のモンスターに囲まれても十分に対処出来る身体能力になっただろう。

 本来俺は慎重派なので、本当ならここでもう少し階位(レベル)を上げておきたい所だ。しかし、今回はあまり時間をかけられない。

 のんびりしていると俺の不在に疑問を抱くヤツが出かねないからな。

 ここはスピード重視で攻略するべきだろう。


「よし。行くか」


 俺はその場で最後の食事を済ませると一気に階段に駆け込んだ。


◇◇◇◇◇◇◇◇


 俺達はクラン・フェスタビンドゥンのリーダー・エーレンフリートから説明を受けた後、今後の行動をどうするか話し合った。


「僕は君達にはすぐにでもボスマン商会と連絡を取って欲しいんだが」


 俺とシャルロッテは顔を見合わせた。

 エーレンフリートの言いたい事は分かる。ボスマン商会の名前でケヴィンの暴走を抑えて欲しいのだろう。

 だが残念ながら俺達はマルティンの個人的な雇われだ。この町のボスマン商会の連中に顔は利かない。せめてティルシアがいてくれれば良かったんだが・・・


 そもそもそのマルティンが今王都に足止めを食っている最中だ。

 わざわざ時間を取って説明してくれたエーレンフリートには悪いが、今回の件で俺達はボスマン商会側の人間として何か出来る事は無いだろう。


「そうか・・・ 君達の事情は分かった。では我々はどうするべきか・・・」


 結局、エーレンフリートは仲間を連れて5階層のダンジョン内商会を目指す事になった。

 いくらかでも現場に近い方が状況の変化に対応しやすいだろうし、もし何かあればダンジョン内商会に駆け込む者が出るだろうとの判断だ。

 あんな分かり易い安全地帯があれば誰だってそこを目指すよな。


「では邪魔をしたね。ケヴィンが戻ったら誰か連絡をよこしてくれないか」

「・・・分かった」


 そう言うとエーレンフリート達クラン・フェスタビンドゥンは荒野の風のクランハウスを去って行った。


 俺はチラチラとこちらの様子を窺っている荒野の風のメンバーの視線を浴びながら考え込んでいた。


「どうしたハルト?」

「シャルロッテ、俺は少し考える事が出来た。夕方まで自室にこもるから絶対に誰も入れるな。いいな? ”絶対に”だ」


 そう念を押す俺の表情に何を見たのか、シャルロッテは真剣な表情で頷いた。


 俺は一度シャルロッテと二人で部屋に入ると、しまっておいた荷物を引っ張り出した。


「このダンジョンでもいつもの装備を着る事になるとはな。シャルロッテ、俺は今からダンジョンに向かう。お前にはまだ教えていないが俺は・・・あ~、俺はダンジョンの中ではちょっとしたもんなんだ」

「それは知っている。ティルシア姉さんもハルトの事は信頼しているし、アタシの元いたチームのリーダーを殺ったのはハルトだって聞いてる」

「・・・そうか」


 シャルロッテが所属していた暗殺者集団を全滅させたのは俺だ。

 先に手を出して来たのはあっちだし、必要だったからやったまでの事で、後悔はしていない。

 だがシャルロッテがその事をどう思っているのかは別だ。俺は彼女の気持ちを知らない。

 だが今はそんな話をしている場合じゃないだろう。


 ・・・こうやって理由を付けて先送りにして来た事を否定はしないが。


「ハルト?」

「いや、何でもない。エーレンフリートの言葉を鵜呑みにするつもりはないが、ダンジョンの最下層を探る事でケヴィンの狙いが分かるかもしれない。そしてダンジョンの中が混乱している今がそのチャンスだと俺は思う」


 俺の言葉にシャルロッテは頷いた。


「アタシに何か出来る事はあるかい?」

「ある。今から厨房に行って何か食い物を探してきてくれ。ダンジョンの中で食う物だ。10人分は欲しい。これは絶対に必要な物なんだ。大至急頼む」

「分かったよ!」


 俺の頼みを受けて部屋を駆け出していくシャルロッテ。


 俺は部屋の外に顔を出し、誰もこちらを窺っていない事を確認した上で厚手の上着の裾を手繰った。

 指先に固い手ごたえを感じ、俺はその周囲の縫い目を鋏で切った。

 折り返しから転がり出たのは、指ぬきのような太さの飾り気のない指輪だ。


 俺の奥の手、オリハルコンの指輪である。


 この指輪は魔力を込めるだけで何度でも魔法が使えるぶっ壊れ性能のアイテムなのだ。

 ちなみにこの指輪に刻まれている魔法は治癒の魔法だ。

 このアイテムの性能を知れば、文字通り「殺してでもうばいとる」と考えるヤツは後を絶たないだろう。

 今回、潜入捜査と聞いて念には念を入れて持って来た代物だ。


 俺は左手の指に指輪を着けた後、上からいつもの手袋をはめた。

 何度か手を握ってみたところ微妙に違和感を感じるが、これは仕方が無いだろう。背に腹は代えられない。


 ティルシアの知り合いのダンジョン協会の女を助けた時にもこうすれば良かった。


 いや、あの時使ったのは火の魔法の指輪だった。

 ひょっとして魔法を発動した時に手袋が焼けてしまったかもしれない。

 だが今回は治癒の魔法だから関係ないだろう。


 これを使うような目には会いたくないが・・・

 俺は最後にもう一度拳を握って手の感触を確認した。



 俺が準備を済ませるのと、シャルロッテが大きな袋を持って部屋に戻って来たのは同時だった。

 俺はシャルロッテから食料を受け取ると背中に背負い、窓から外に――出ようとして荷物が窓枠に引っかかった。


「あ~、先に出てくれればアタシが中から渡すよ」

「・・・頼む」


 最後は少し締まらなかったが、こうして俺は人知れずダンジョンに向かったのであった。


◇◇◇◇◇◇◇◇


 ダンジョンの道のりは苦労させられた。

 そもそも慣れないダンジョンだ。道も分からなければモンスターの対処法も分からない。


 こんな事なら何度かコッソリ戦っておけば良かった。


 だがそれも最初の数戦を終えるまでの事だ。

 階位(レベル)が上がる事で、その後はゴリ押しで戦闘を済ませる事が出来るようになった。


(このダンジョンは階位(レベル)の上がりが悪い)


 何度かの戦いで俺はその事を実感するようになった。

 この町は大型のダンジョンのせいもあってか階位(レベル)の高いダンジョン夫が多いが、モンスターの強さの割には階位(レベル)が上がり辛いように感じたのだ。


 とはいえ極端に気になる程でもない。

 それになぜかダンジョンの中にはモンスターが溢れていた。

 その数の力もあって、俺は順調に階位(レベル)を上げて行った。




「次は30階層か」


 俺は息を整えながら階段で地図を確認していた。

 階段はダンジョンの中では安全地帯として知られているが、今日のダンジョンはどこか様子がおかしい。

 あまりあてにしない方がいいだろう。


 30階層からはゴーレムの数がグッと増えると聞いている。

 今の俺の階位(レベル)は12だが、囲まれると流石に厄介だ。

 今後はより慎重に行動する必要があるだろう。



 俺が階段を出ると、すぐにダンジョン夫達が数名こちらに向かって走って来るのが見えた。

 俺は慌てて物陰に潜んで彼らをやり過ごした。

 余程慌てていたのか彼らは誰も俺に気が付かなかった。


 それからも少し歩く度に誰かとすれ違い、俺の歩みは遅々として進まなかった。

 彼らの誰しもがモンスターとの戦闘のせいか大なり小なり傷付いていた。

 ひょっとして何人かには姿を見られたかもしれないが、誰も俺の事に構っている余裕は無い様子だった。

 どうやら全員で階段まで撤退して、そこを防衛線にするつもりのようだ。

 洩れ聞こえる会話の内容から、おそらくコイツらがクラン・ドルヒ&シルトのメンバーとみて間違いないだろう。


 だが俺の目的はコイツらを助ける事でも、コイツらの相手をする事でもない。


 残念ながらリーダーのエルマーとエミールには出会わなかった。俺の売った装備かどうか少しだけ気になっていたんだが・・・

 まあ別にどっちでもいいか。そもそも見ても思い出せないだろうし。

 そこら辺に置いてあった塩漬け装備を、二三適当に売っただけだからな。


 俺は気持ちを切り替えると31階層の階段を目指した。

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