その16 悪い予感
俺が”神の言葉”と呼ぶ現象を正確に説明する事は難しい。
それにはこの世界の神というものの説明からしなければならないし、ダンジョンの成り立ちやその仕組みを説明する事にもなるからだ。
先ず大雑把に『各ダンジョンの最下層には原初の神の一部が存在している』と理解しておいてもらいたい。
それはあくまでも『原初の神の一部』であり、親元の原初の神は、俺の知るスタウヴェンのダンジョンの最下層にいるあの『何もない部屋』だ。
さて、ここに『原初の神の一部』が存在するとしよう。
『原初の神の一部』――『神』は物質でありエネルギーだ。そこに存在するだけで常時周囲に強いエネルギーをまき散らしている。正確に言うと『神』の高いエネルギーに反応して、周囲の粒子が高い励起状態(高エネルギー準位を持つ状態)になるのだが。
そんな『神』のエネルギーを受けて生まれるのが”マナ”と呼ばれる物質だ。
そのマナが空間に作用して生まれるのがダンジョンなのである。
つまり『原初の神の一部』がダンジョンを生み出すのであり、逆に言えばダンジョンの底――エネルギーの中心には、必ず『原初の神の一部』が存在するという事になる。もし存在しないのなら、そこはダンジョンではなく自然に出来たただの洞窟だ。
『原初の神の一部』は一見この世界にバラバラに存在しているように見えるが、実際は高次元的には繋がっていて、全体で一つのネットワークを構築している。
高エネルギーである『神』にとって情報もある種のエネルギーであり、その情報はエネルギー同様、常に周囲の空間に干渉し続けている。
そんな漏れ出した神のエネルギーにアクセスする事によって得られる情報を、俺は”神の言葉”と呼んでいるのだ。
クラン・荒野の風の食堂で、クラン・フェスタビンドゥンのリーダー・エーレンフリートの話は続いていた。
「僕がケヴィンが強い欲望を持っていると考える理由の一つは、彼の孫娘のアグネスの負傷の件だ。君達は二年前、彼女がダンジョンで大ケガをした事を聞いているかい?」
その話は丁度今朝、シャルロッテから聞いた所だ。
二年前、ケヴィンの孫娘アグネスはダンジョンで行方不明となった。生存が絶望視された彼女だったが、一ヶ月後、ケヴィンが彼女を連れてダンジョンから帰還した。
その後一年近くのリハビリを経て、何変わらない姿でアグネスは現場に復帰している。
「実はアグネスの知り合いから、あの日彼女は仲間と50階層を目指したと聞いているんだ」
驚きの内容に俺達は息をのんだ。
「当時のアグネスの話だと、かなり勝算があると見ていたらしい。何でも有効なスキルを持つ者が仲間に加わった事でこの計画が立ち上がったんだそうだ。最も今となればそれが何のスキルだったかは分かっていない。この時アグネスと一緒にダンジョンに入った者は、アグネス以外全員帰って来なかったからね」
エーレンフリートはテーブルに肘をつくと手を組んだ。
「さて、この一連の流れだが、ケヴィンの時と妙な符号の一致を感じないかい? 50階層を目指したダンジョン夫。一ヶ月後に生還。帰って来たらまるで人が変わったようになっている。――アグネスも以前は若い頃のケヴィンに負けず劣らずの荒くれだったんだよ」
確かにその話はシャルロッテから聞いている。大方頭部を損傷した事で軽い記憶喪失になり、その結果性格も変貌してしまったものとばかり思っていたが・・・
俺がそこまで考えた時、シャルロッテが声を上げた。
「いや、アグネスは戻った時に大ケガをしてたんだ! ケヴィンの時とはそこが違うよ!」
「それもケヴィンがそう言っただけだよ。荒野の風のメンバーですら、ケガをしたアグネスの姿は見ていない」
「それは・・・確かに、そう聞いているけど」
どういう事だ? エーレンフリートの考え通りだとすれば、アグネスはケガをしていなかった事になる。
確かにケヴィンの証言しかない以上、そう考える事も出来る。
だが、なぜケヴィンとアグネスは仲間にそんなウソまで付かなければならなかったんだ? 理由が無いだろう。
「・・・僕はケヴィンが最下層を踏破したという名声を独占するために、アグネスを説得して口裏を合わせたんじゃないかと疑っている。アグネスと一緒だった仲間はどうなったのかは分からない。金を積まれてこの町を去ったのか、あるいは口封じされたのか・・・」
「そんな! 名誉のために仲間を殺したって言うのかい?! 仮にそうだったとしてもアグネスが納得するとは思えないよ!」
エーレンフリートの言葉は義理堅いシャルロッテには納得出来なかったようだ。
だが俺はいかにもダンジョン夫がやりそうな事だと考えていた。
「確かに今のは僕の想像だ。だがもし真実の一部でも捉えていた場合、現在の状況は非常にマズイと言えるんじゃないだろうか?」
そういう事か。
回り回ってようやく俺にもエーレンフリートの伝えたい事が分かった。
「もし、あんたの言うようにケヴィンが最下層踏破の名声を守ろうとしている場合、クラン・ドルヒ&シルトが今からやろうとしている事は非常に目障りだろうな」
俺の言葉にシャルロッテがハッと目を見開いた。
逆にエーレンフリートは大きく頷いた。
「クラン・ドルヒ&シルトのリーダー・エミールは以前からボスマン商会とのつながりを――有り体に言って、荒野の風の後釜を狙っていた。もう一人のリーダー・エルマーもケヴィンに強いライバル心を持っていた。実利と名誉。二人が組んだ事は必然だったのかもしれないね」
そして今朝。二人はケヴィンに勝る装備を手に入れて50階層を目指した。
「そしてそんなドルヒ&シルトの後をケヴィンが追った。ドルヒ&シルトが暴走しないように現場でフォローするためと聞いているが、単独行動中のケヴィンが本当は何をするつもりなのかはケヴィン本人にしか分からない」
俺の言葉にシャルロッテがハッと息をのんだ。
エーレンフリートは陰鬱な声で呟いた。
「そう。それが問題だ。最悪エルマーとエミールは戻って来ない。三大クランの一角、ドルヒ&シルトの崩壊だ」
◇◇◇◇◇◇◇◇
その時ティルシアはダンジョン警察の仕事でダンジョンの7階層を歩いていた。
かたわらにいるのはアグネス。今日はローテーションの関係で、たまたまティルシアはアグネスとのコンビになっていたのだ。
今朝早く5階層のダンジョン内商会で準備を済ませた二人は、今日は30階層辺りを巡回する予定だった。
その時、何もない通路でふとアグネスが立ち止まった。
訝し気に振り返るティルシア。
「どうした? 真っ直ぐ30階層まで向かうんじゃなかったのか?」
だがアグネスは辺りに視線をさまよわせて、ティルシアの言葉も耳に入らない様子だ。
どこか目の焦点も合っていないように見える。
ティルシアはアグネスの、心ここにあらずといった様子に良くない予感を覚えた。
ティルシアが知るはずの無い事だが、丁度ケヴィンがクラン・ドルヒ&シルトのメンバーを追ってダンジョンに入った時間だった。
「行かないと」
アグネスはそう言い残すと急にダンジョンの通路を引き返し出した。
慌てて彼女の後を追うティルシア。
「行くって何処にだ?! おい、お前はダンジョン警察のリーダーだろう! 勝手に戻っていいのか?!」
背後からの叫びを無視して、風のようにダンジョンを駆けるアグネス。
ティルシアは彼女の身体能力に驚愕した。
(私が引き離されている? アグネスは私と同じ階位5だと聞いていたがどういう事だ?)
アグネスを追って通路の角を曲がったティルシアだったが――
「いない?! 馬鹿な!」
角の先にはすでにアグネスの姿は無かった。
さらに加速したアグネスを遂に見失ってしまったのだろう。
一瞬この後の行動を迷ったティルシアだったが、事態の変化は彼女に悠長に考える時間を与えてくれなかった。
その時、通路の先で男の悲鳴が上がったのだ。
さらに別の方向からも違う男の悲鳴が。
どうやら危険に晒されているのは一人だけではないようだ。
ティルシアは迷う事無く、最初に悲鳴のした方向へと走り出した。
確かつい10分ほど前に二人組のダンジョン夫とすれ違った場所である。
まだ駆け出しの若いダンジョン夫達だった。
「くそっ! 一体何が起こっているんだ!」
ティルシアが現場にたどり着いた時、そこに見たのは、今まさにゴーレムに襲われそうになっている若いダンジョン夫達だった。
一人は負傷しているのか、座り込んでぐったりと壁に背中を預けている。
もう一人はその男の前に立ちはだかって、顔面蒼白になりながらも必死な表情で武器を構えている。
だが彼の命もそう長くは保たないだろう。なぜなら彼らが相手にしていたのは――
「樹脂ゴーレム?! どういう事だ! 樹脂ゴーレムは20階層より下にしかいないはずじゃないのか?!」
そう、つるりとした表面の無機物のモンスター。数日前ティルシアがシャルロッテと共に20階層で倒したあの樹脂ゴーレムだったのだ。
明日も更新します。読み飛ばしにご注意下さい。




