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その15 20年前

新年あけましておめでとうございます。

今年もよろしくお願いします。

 丁度俺がクランハウスの玄関の辺りを通っていた時、武装した集団がドアを開けて入って来た。

 武装集団の先頭で血相を変えているのは、派手な装備に身を固めた三十歳前後の優男。

 三大クランの一角、クラン・フェスタビンドゥンのリーダー・エーレンフリートだ。


「ハルトか! ケヴィンはいるかい?!」


 実は俺もちょっと確認したい事が出来て、さっきまでケヴィンを捜していたのだ。

 例の、ケヴィンだけが最下層に到達しているという話だ。

 本人の口から直接聞いておかなければ気持ちが落ち着かなかったのだ。


「いや、クランメンバーの話だと、一人でダンジョンに向かったらしい」


 そう。ケヴィンは中庭で俺達に事情を説明した直後にダンジョンに向かったのだ。

 どうりであの時装備を身に着けていた訳だ。

 

 俺の言葉にエーレンフリートは少し考える様子を見せた。


「ケヴィンがダンジョンに・・・ やはりドルヒ&シルトがダンジョンの50階層を目指しているという話は本当だったんだな。全く、寝た子を起こすようなマネをしてくれたものだ」

「どういう意味だ? ケヴィンがダンジョンに入るのはマズいのか?」


 エーレンフリートは俺の顔をじっと見詰めた。

 俺は男に見詰められて喜ぶような特殊な性癖は無いんだが。

 やがて何か決意したのかエーレンフリートは重い口を開いた。


「ハルトには聞いてもらっていた方がいいかもしれない」

「エーレンフリート、いいのか?! そいつはボスマン商会の回し者だぞ?!」


 エーレンフリートの言葉に彼の後ろにいた仲間が反応した。

 やはり俺達はこの町のダンジョン夫達にそういう目で見られていたのか。


 マルティンからの気の進まない依頼とはいえ、一応俺としても引き受けた手前、手の空いた時に情報収集の真似事くらいはしていた。

 しかし、全く手がかりらしき物は得られなかった。

 結局、最初から俺にはスパイの真似事は無理だったんだ、と諦めて、最近ではもっぱら厨房の仕事に身を入れるようになっていた。

 どうやらみんな、俺達の事をボスマン商会のスパイだと警戒して(いやまあ実際にスパイなんだが)、情報を漏らさないようにしていたようだ。


 エーレンフリートは仲間の言葉に首を振った。


「今はむしろハルト達の――ボスマン商会の協力が必要だ。この町のダンジョン夫を救うためにはなりふり構ってはいられない」


 エーレンフリートの言葉に黙り込むクラン・フェスタビンドゥンの男達。

 町のダンジョン夫を救う? 今一体何が起こっているんだ?




 俺はエーレンフリート達をクランハウスの食堂に案内した。

 これだけの人数が一度に入れる場所を俺は他に知らなかったからだ。

 クランハウスの中をぞろぞろと歩く、武装したエーレンフリート達に怯える荒野の風の事務員達。

 その中からネコ科獣人の少女、シャルロッテが抜けだして俺の隣に来た。


「ハルト、何があったんだい?」


 俺はシャルロッテの問いかけに答えず、エーレンフリートの方へと振り返った。


「コイツもボスマン商会の関係者だ」

「分かった。同行を許可しよう」


 俺達のやり取りに目を白黒させるシャルロッテ。

 そんな彼女を放っておいて俺は食堂のドアを開けた。



「さて、どこから話せば良いか――」


 エーレンフリートはイスに座ると顎に手を当てて考え込んだ。

 優男のコイツがやるとやけに様になる姿だ。俺は平凡な自分の容姿に軽くコンプレックスを感じた。


「そうだな。先ず聞いておきたい事だが、君達の目にはケヴィンはどう映っている?」


 ケヴィンの印象か? そうだな――


「落ち着いた、いかにもリーダーらしいリーダーだな。物腰も柔らかで、どっちかというと腕力よりカリスマ性で仲間を引っ張って行く感じか。一言で言えば大物だな」


 俺の言葉に頷くシャルロッテ。コイツも俺と同じように感じていたようだ。

 しかしエーレンフリートは俺の言葉に首を横に振った。


「それは昔のケヴィンを知らないからだ。昔の彼はむしろドルヒ&シルトのエルマーに近い人物だった。僕がまだ子供だったころ、僕はケヴィンの事が怖くて怖くて仕方がなかったよ。ケヴィンの声が聞こえただけで走って逃げだしていたほどさ。僕達くらいの年齢のヤツはみんな子供のころ同じ経験をしているはずだよ。僕達より世代が下の――例えばドルヒ&シルトのエルマー達なんかはピンと来ないだろうけどね。そう、昔はケヴィンは町の人間の誰しもが恐れる荒くれ者だったんだよ」


 エーレンフリートの言葉に俺はショックを受けた。よりにもよってドルヒ&シルトのあのエルマーだって? それがどうすれば今のケヴィンになるんだ?

 だがこの場で驚いたのは俺とシャルロッテだけだったらしい。エーレンフリートの仲間達は眉一筋動かしていなかった。


「それを知った上で僕の話を聞いて欲しい。今から20年ほど前の事だ」


◇◇◇◇◇◇◇◇


 当時このシュミーデルのダンジョンの最高到達階層は40階層だった。

 いや、それは現在も変わらないのかもしれない。ケヴィン以外は誰も40階層以降に降りた者はいないんだから。

 君達も知っての通り、40階層は鋼鉄製のゴーレムが無数に徘徊していて、とてもじゃないが人間の力では太刀打ち出来ないからね。


 ダンジョン夫として脂の乗り切った年齢だったケヴィンは、誰も見た事の無いその先へとチャレンジした。

 当時のケヴィンは恐れ知らずだった、その当時も、このダンジョンで階位(レベル)7のダンジョン夫はケヴィンだけだったからね。

 スキル”見切り”の力もあって、誰も暴力ではケヴィンにかなわなかった。


 ケヴィンがダンジョンに入って一ヶ月が過ぎた。

 誰もがケヴィンはダンジョンの奥で死んだと思っていた。

 しかし、ケヴィンはダンジョンを踏破して戻って来たんだ。


 すごい騒ぎになったと記憶している。ケヴィンの言葉を信じるならこのシュミーデルのダンジョンは全部で50階層もあるんだそうだ。

 ケヴィンの作った地図は複製されて領主と国に送られた。

 後に地図の確認のため国の騎士団がダンジョンに入ったけど、地図があっても50階層までは行けなかったそうだよ。

 長年このダンジョンで仕事をしていたケヴィンのダンジョン夫としてのカンと実力、そして度胸。スキル”見切り”とゴーレムとの相性、それに運も加わった事で初めて成し遂げられた奇跡だったんだろうね。


 しかし、途中までとはいえ彼らによってケヴィンの地図の正確さは証明された。

 ケヴィンは一躍町の英雄になったんだ。


 何故かケヴィンは、ダンジョンを踏破してから温厚な思慮深い人間になっていた。

 以前のような暴力性が鳴りを潜めて、ダンジョン夫にありがちな功名心や金銭欲もすっかり薄れた様子だった。

 町の人間が殊更にケヴィンをもてはやしたのには、そういったケヴィンの性格の変化を歓迎した部分もあったんだよ。


 そんなケヴィンの周囲には彼を慕う人間が集まり、いつしか彼のチームはクランへと成長し、今の荒野の風になったという訳さ。


◇◇◇◇◇◇◇◇


 エーレンフリートの話はそこで終わった。

 シャルロッテが納得した表情で頷いた。


「ケヴィンはダンジョンの踏破という、誰も成し遂げた事の無い頂点を極めた事で満足したんじゃないかな。だから人より通俗的な欲求が薄くなってしまったんだ」

「この町の人間も君のように考えたんだろうね」


 シャルロッテの言いたい事は分かる。

 ケヴィンは誰も出来ない偉業を成し遂げた事で、金や名声などのために争ったり、一喜一憂するのが馬鹿馬鹿しくなってしまったと言いたいのだろう。

 俺はその説明で納得したい気持ちもあったが・・・逆に知りたくない核心にジワジワと近付いてくるイヤな予感も感じていた。


 シャルロッテはダンジョン夫を知らない。だから町の人間が考えるように考えてしまう。

 だが、ダンジョン夫という者を良く知っているエーレンフリートはそれだけでは納得していない様子だ。


 ケヴィンが何かを成し遂げた事で満足するようなヤツなら、最初から階位(レベル)7のダンジョン夫になどならない。

 普通のヤツなら階位(レベル)3とか4の適当な所で満足するからだ。逆に満足出来ないようなヤツだからこそ、階位(レベル)7程の高階位(レベル)にまで昇りつめたのだ。

 そんな男が最下層まで到達した事で満足して今のケヴィンのようになるだろうか?


 俺はならないと思う。

 そしてエーレンフリートも俺と同じ考えのようだ。


「でも僕はケヴィンはまだ満足していないと考えている。何故そう思うのかは僕にも分からない。ただの思い違いかもしれない。どう見ても君の言う通りだからね。それでも僕の目にはケヴィンが欲望も無く枯れているようには見えないんだ。彼の欲望は僕達普通のダンジョン夫とは目線が違ってしまっただけ――次のステージに行ってしまっただけなんじゃないかと思えるんだよ」


 俺はふと以前ダンジョンビルでケヴィンとエーレンフリートが鉢合わせした時の事を思い出した。

 あの時、エーレンフリートはケヴィンが去った後、ホッとため息をついていた。

 ひょっとしたらエーレンフリートは、日頃からケヴィンをどこか得体のしれない男として恐れていたのではないだろうか?


 あの時感じた違和感をそのままにせずに、エーレンフリートに問いただしておくべきだった。


 俺は軽い後悔を覚えた。


 エーレンフリートはクランリーダーとしてダンジョン夫共の事を良く知っている。そして町の人間として幼い頃からケヴィンの事も良く知っている。

 だからこそ今のケヴィンにどこか不自然さを感じているのだろう。


 ・・・エーレンフリートはいいカンをしている。だがコイツには決定的にある知識(・・・・)が足りない。

 だから漠然とした違和感としか感じられないのだろう。


 ダンジョンの最下層を踏破するという事が何を意味しているかを知らないのだ。


 俺の中のイヤな予感は既に確信へと変わりつつあった。

 おそらくケヴィンは俺と同じ(・・・・)だ。



 ヤツは20年前、ダンジョン最下層で”神の言葉”を聞いている。

明日も更新します。読み飛ばしにご注意下さい。

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