その13 新たな犠牲者
「辻斬りの新たな犠牲者が出た」
「もうか?! あれからまだ1週間程しか経っていないだろう!」
俺はいつものように夕食前のつまみ食いに来たティルシアから衝撃の報告を受けた。
「今回は私も犠牲者を見たが、見事な切り口だった。私でもああはいかない。私が知る中であれほどの手練れはハルト、ダンジョンの中のお前くらいだ」
「・・・間違えても俺が犯人だとか言い出すなよ」
しかし、ティルシアでも感心するほどの腕前か。若くして長年傭兵として多くの死体を目の当たりしてきたティルシアがそう言うのなら相当なものだ。
いや、だからといって俺が犯人だとか言われても困るのだが。
「そんな訳ないだろう。死体の見つかった場所は9階層。犠牲者は四人。全員同じのチームのメンバーだ。二人は正面から袈裟懸けに、二人は少しだけ離れた場所でやはり同様に切られていた。」
「現場が二ケ所あったのか?」
二人が瞬く間に切られたのを見て残りの二人は逃げ出した。そして離れた場所で辻斬りに追いつかれて殺された。そう考えるのが普通だろうか。
だがその場合不自然な点が一つある。
「何で全員正面から切られていたんだろうな?」
そう。追いつかれて殺されたのなら背中からバッサリやられているはずだ。
なのに全員正面から切られているという。
「ケヴィンは二人ずつに分かれて採取していたんじゃないかと言っていたな」
「ああ、その可能性はあるか」
つまり二人まとめて殺された現場に、のこのこ近付いて来た残りの二人が切られたという事か。
タイミングによっては十分にあり得る話だ。
というかやはり現場にケヴィンは出向いていたんだな。
「クラン・ドルヒ&シルトのヤツらはどうしている?」
「犠牲者のチームは最近ドルヒ&シルトに加入したばかりらしく、酷くいきり立っているな。うっとおしいったらない」
それは最悪だな。しばらくはケヴィンに言われても、何かしらの理由を付けてダンジョンには近付かない方がいいだろう。
「その方がいい。シャルロッテも下げるという話が出ているくらいだからな」
シャルロッテの階位は3。これはスタウヴェンの町のダンジョン夫のボリュームゾーンだが、この町のダンジョンだとやや物足りない。
ましてやシャルロッテは未だに地図を読むのを苦手としている。もし何かトラブルでもあって仲間とはぐれたら自力で地上まで帰還出来ないかもしれない。
「マルティンに連絡は付かないのか?」
「何でも王族の方から直々にお声がかかっているらしい。下手をすると来月以降まで動けないそうだ」
ティルシアの説明によると、貴族から声がかかると、商人はいつでも出向けるように待機しておかなければならなくなるんだそうだ。
そして相手の都合が付くとその時初めて面会する事が出来るらしい。
何とも時間の無駄というか馬鹿馬鹿しい仕組みだが、支配者というのはそうやって被支配者の自由行動を奪い、従わせるものなのかもしれない。
しかし、タイミングが悪いな。マルティンめ、一体何をやったんだ?
大方新しい事業に関するものだろうが、よりにもよってこんな時じゃなくてもいいだろうに。なんとも間が悪いヤツだ。
「私もこれからまたダンジョンだ。ドルヒ&シルトの馬鹿共を見付ける度にぶん殴って黙らせられれば楽なんだがな」
「おい、無茶を言うな。ここはスタウヴェンのダンジョンじゃないんだ。相手はお前と同じ階位か、それ以上の可能性だってあるんだぞ」
思わず口を突いて出た俺の言葉にティルシアは驚いた表情になった。
俺はそんなティルシアの表情を見て、初めて彼女が軽口をたたいただけだという事に気が付いた。
「あ、すまん。お前は当然分かっているよな」
「ああ、まあそうだが、そうやってハルトに心配されるのも新鮮だな」
何を言っているんだコイツは。
俺は仏頂面でティルシアの手から椀を取り上げた。
「おい! まだ残っているぞ!」
「これから出るならもっと食っといた方がいいだろう。ほら、これで十分か?」
俺は鍋から椀に具をよそってやった。
ティルシアは突き出された椀を見て笑顔を見せた。
夕食時間。俺がいつものように中庭の井戸で皿を洗っていると、誰かが俺の後ろに立った。
そういえばさっきティルシアが、シャルロッテが下げられると言っていたな。
「どうしたシャルロッテ――と、すまん。勘違いした」
そこに立っていたのは青い髪の女性、ケヴィンの孫娘・アグネスだった。
アグネスは俺の手元の洗い物を不思議そうに見ていた。
「ハルトはみんなと夕食を食べないの?」
どうやら彼女は俺が飯も食べずに洗い物をしているのを不思議に思ったらしい。
「みんなが仕事を終えて食べている時間が俺の仕事の時間だからな」
アグネスは何を驚いたのか目を丸く見開いた。
「そうなの? 大変ね」
そうか? 普通だろう。
みんなが食べている時に一緒に食べている料理人の方がいたらそっちの方がおかしくないか?
「あのスープはハルトが作っているのね。料理長から聞いたわ」
「ああ。どうだった? ――あ、いや、すまない」
俺は深く考えもせずに聞き返した事を後悔した。
以前アグネスから味が分からないと聞いていたからだ。
「ううん、いいの。こっちこそゴメンね。食べてないの。これからダンジョンに行くから」
? 今からダンジョンに入るなら、なおさら何か食べておいた方がいいんじゃないか?
腹にモノを入れると動きが悪くなると嫌う人間もいるので、アグネスもそういうタイプなのかもしれない。
その時アグネスは俺が軽く体を引いたのを見て不思議そうな顔になった。
「? どうしたの?」
「あ、いや、俺は今、汗臭いんじゃないかと思って」
スープを煮込んでいるとどうしても汗をかく。俺はその後着替えていなかった事を思い出したのだ。
アグネスはスルリと俺との距離を詰めると俺の胸元に顔を寄せた。
「お、おい」
「ん。大丈夫、これだけ近付いても全然分からないわ。実は私、匂いに凄く鈍いの」
アグネスはそう言ってクスクスと笑った。
味覚だけではなく、匂いにも鈍感?
! いや、待てよ。これってひょっとして逆なんじゃないのか?
確か昔TVで見た記憶がある。鼻を摘まんでモノを食べたら味がしなくなるという実験だ。
その番組では鼻を利かなくした状態で小さく切ったリンゴと玉ねぎを食べさせていた。そうすると不思議な事に誰もどっちがリンゴか答えられなかったんだ。
つまりアグネスは味覚に問題があるんじゃなく、匂いを感じる器官に問題があって味が分からないんじゃ・・・
「お嬢様! ケヴィン様が呼んでいますよ!」
その時料理長の声が聞こえ、俺の思考はそこで中断された。
「今行くわ。じゃあねハルト」
アグネスは軽やかな動きで俺から離れ、クランハウスの中に消えて行った。
彼女の背中を見送る俺に、料理長が声を掛けて来た。
「お邪魔だったかい?」
「別に」
俺の返事のどこが面白かったのか、料理長は大きな体を揺らして笑った。
どうせ何を言ってもからかわれるだけだと思った俺は、仏頂面で皿洗いに戻った。
「そう言わずにお嬢様と仲良くしてあげとくれ。みんな気を使いすぎていけない。女性に気を使うのは悪い事じゃないけど、みんなのはまるで腫れ物に触るような扱いだからね」
腫れ物に触る? どういう意味だ?
俺は料理長の言葉に思わず顔を上げたが、彼女はもう建物の中に戻っていた。
一人残された俺は仕方なく皿洗いに戻ったのだった。
◇◇◇◇◇◇◇◇
ここはクラン・ドルヒ&シルトのクランハウス。部屋で酒を飲んでいたリーダーのエルマーの所に仲間が駆け込んできた。
「エルマーさん、エミールさんが戻りました!」
エルマーはテーブルに叩きつけるように酒杯を置くと勢い良く立ち上がった。
「来たか! それで首尾はどうだと言っていた?!」
「あ、いえ、それはまだ――「どけ!」
何か言いかけた仲間は背中から突き飛ばされた。仲間を突き飛ばして部屋に入って来たのは、まだ若い痩せたヒョロリと背の高い男だった。
このクラン・ドルヒ&シルトのもう一人のリーダー・エミールだ。
「よおエミール! 兄弟! よく無事に戻って来てくれた!」
「久しぶりだな兄弟! それより先ずはコイツを見てくれ!」
握手をして肩を叩き合うエルマーとエミール。ちなみに二人に血のつながりは無い。同士という意味での”兄弟”呼びなのだ。
エミールは自分の仲間に命じて荷物を持って来させた。
ガシャリ!
金属の重い音をさせて荷物がテーブルの上に置かれた。
「おい、コイツが例のモノか?!」
エルマーの言葉にエミールがニヤリと笑った。
「そうだ。ミスリルの装備だ。それも見た事も無いほどの特上のクラスだぞ。ウチでは俺かお前以外は適正階位外の代物だ」
「それほどの・・・」
「それだけ俺達にかけられた期待が大きいという事だ」
エミールの言葉にエルマーの目がギラリと光った。
「そんな話を聞かされちゃ腕が鳴ってジッとしていられねえ。兄弟、帰って早々悪いが計画を実行に移させてもらうぜ」
「気にすんな兄弟。ダンジョン夫だったらそうなって当然だ。俺だってコイツを見た時から体がうずいて仕方がねえんだ」
エルマーは部屋を出ると大声で怒鳴った。
「今夜中に傘下のチームにかけられるだけ声をかけろ! 明日の夜明けと共にクラン・ドルヒ&シルトに戦闘装備で全員集合だ!」
エルマーの言葉を受けてクラン・ドルヒ&シルトは――事態は大きく動き出した。
今の彼らの目には作戦の成功と、その結果として得るであろう輝かしい未来しか映っていない。
だが果たしてそう上手くいくのだろうか?
そして彼らを待ち受ける運命とは。




