その12 荒れる会談
「ハルトの料理は出来たかね?! 待ちきれずに来てしまったよ!」
原色のド派手な恰好をした男が厨房の入り口から顔を出した。
このクラン・フェスタビンドゥンのリーダー・エーレンフリートだ。
「て、君達何をやっているんだね?」
「あ、こ、これはリーダー! いつからそこに?!」
唸りながらスープをすするという器用なマネをしていたムキムキ料理長が、自分達のリーダーの姿を認めて慌てて顔を上げた。
「・・・さっきからいたよ。気が付かなかったのかね。それより何をしているんだね君達は」
エーレンフリートにジト目で見られて慌てる料理人達。
しかし、中にはそれでも未練がましく椀の中のスープを口にする者もいる。
ついさっき、俺の作っていたスープが完成した。
まだ出来たてで味が調っていないが、これはこれで具材の味がハッキリとしていてありだと思う。
俺が「じゃあ味見をするか?」と聞くや否や、コイツらは飛び付くように鍋の周りに集まると、料理を椀によそって一心不乱に食べ始めたのだ。
「あ、味見を」「リーダーが認める料理はいかほどのものかと」「勉強のために」「ズズズッ」
だから最後のヤツはいい加減に椀を置け。
そんな料理人達にエーレンフリートは呆れ顔を向けた。
「まあいい。僕にも頂けるかね」
「も、勿論です! 出来立てでまだ味が調っていませんが!」
エーレンフリートの言葉に慌てて椀にスープをよそう料理長。
それはいいが、今の言い方だとお前が作ったみたいに聞こえないか?
エーレンフリート俺の方を見た。俺が頷くと彼は初めてスープに口を付けた。
「――うん! これだよ!」
「そうでしょうそうでしょう! これだけ雑多な具材が入っていながらスープに濁りが無い。それでいて渾然一体とした滋味豊かな味わい。まるで料理の中から雑味の部分を取り除いて良い部分だけを集めたかのような出来映え。これは傑作料理ですよ!」
「いや、だからお前が作ったみたいに言うなよ」
自分達のリーダーに謎のアピールを始める料理長。
そして料理長の言葉にウンウンと頷く料理人共。
何なんだろうなコイツらは。最初に出会った時とは大違いじゃないか。
エーレンフリートは椀の中の料理をペロリと平らげると、空になった椀を料理長に突き出した。
「おかわりを頼む」
「かしこまりました!」
いや、だから何でお前が―― もういいや。
俺は諦めると手の届く範囲を片付け始めた。
「とにかく肉が柔らかい! どうやったんだ?!」
「肉に何度も包丁を突き刺していたが、あれじゃないか?」
「このすいとんってヤツは美味いな。作り方は簡単だし他の料理にも使えそうだ」
「俺このスープならいくらでも食べられるぞ」
料理人達は相変わらず俺の作った鍋の周りでワイワイと騒いでいる。
お前ら自分達の仕事はいいのか? もうすぐ晩飯の時間だぞ。
さっきまであの中に混じって立ち食いしていたエーレンフリートも、何杯か食べてようやく腹が落ち着いたのか、今はイスに座って――ゆっくりとスープを味わっていた。まだ食うのかよ。
料理長は彼の後ろにニコニコしながら立っていた。
だから何でお前がドヤ顔をしているんだ。
「ふう。ようやく落ち着いたよ」
もう何杯目かの椀を空けて、やっとエーレンフリートが一息ついた。
「それで、話し合いの方はいいのか? あんたがこんな所にいて大丈夫なのか?」
厨房に籠っていたので忘れていたが、そもそも今日俺がここに来たのはクラン・荒野の風とクラン・ドルヒ&シルトの話し合いの場所に、第三者であるコイツのクランが選ばれたからだ。ところがなぜかコイツが協力するための条件に俺の料理を希望したために、俺はこうしてわざわざこの場に出向いて料理をするはめになったのだ。
「あれは話し合いなのかね? 僕には一方的に噛みついているようにしか見えなかったけどね」
イヤな事を思い出した、とでも言いたげな表情でエーレンフリートがこぼした。
一方的に噛みついている――か。おそらくクラン・ドルヒ&シルトのリーダー・エルマーだな。
俺は”いかにもダンジョン夫”といった雰囲気のあの男の事を思い出した。
クラン・ドルヒ&シルトは、二つの中堅クランが合併した事で大手の一角となったクランだ。
そのため同格のリーダーが二人いるらしい。よくそれで揉めずにやっていけるもんだ。
今日は何か用事があって来ていないが、もう一人のリーダーであるエミールもエルマーに負けず劣らずの脳筋野郎らしい。
似た者同士でたまたま上手くいったんだろうな。
「彼らの話は滅茶苦茶だ。よくあんなチンピラ共がリーダーでクランがやっていけるものだよ」
エーレンフリートが言うには、今までは彼らも比較的おとなしかったらしい。
新興勢力としてわきまえていたか、単に様子をうかがっていたかのどちらかだったんだろう。
それが今回の辻斬りの事件で一気にタガが外れてしまったらしい。
「荒野の風はダンジョン警察として無能だ。なんなら俺達が代わりにやってやるとの一点張りだ。なぜ荒野の風がダンジョン警察なんてものをやっているのか根本的に理解していないんだよ」
クラン・荒野の風がダンジョン警察をやっているのはマルティンの指示によるものだ。
逆に言えば、荒野の風の後ろにマルティンのボスマン商会が付いているのを知っているからこそ、この町のダンジョン夫共は黙ってダンジョン警察に従っているのだ。
誰だってこの町の最大のスポンサーを敵に回すような馬鹿なマネはしたくないからだ。
そして今回、ついにそんな馬鹿が出てきてしまった。
アイツら本気で何を考えているんだ?
「私も以前ボスマン商会のマルティン様に会った事があるが、まるで心を覗き込まれたような気がしたものだよ。あの人はそれは恐ろしい人だよ。だがどうやらエルマーは、自分達と世代が同じというだけでマルティン様と上手くやれるつもりらしい。馬鹿げた思い上がりだね。マルティン様があんな馬鹿共を相手にするはずがない」
エーレンフリートはかなり辛辣だ。余程エルマーは話し合いの席で暴言を吐いたのだろう。呆れて声も出ないといった様子だ。
しかしそうなるとこの町のダンジョンは荒れるな。
エーレンフリートも同じ事を感じているのだろう。その表情は暗く晴れない。
エーレンフリートは気合を入れ直すと立ち上がった。
「やはりお腹が空いていると良くない方に考えてしまうね。満腹になったおかげで僕の覚悟も決まったよ。やはり今のドルヒ&シルトの行動だけは看過できない。フェスタビンドゥンは荒野の風と組んでドルヒ&シルトを牽制する事にする。それで彼らの暴走が収まってくれるといいけど」
どうだろうか。馬鹿のくせにメンツにだけはこだわるのがダンジョン夫共だ。余計に反発を招きそうな気もするが。
だからといって何もせずに放置しておくわけにもいかないのだろう。
今はコントロールを外れた下っ端がいつ暴発してもおかしくない状況だ。そうなってから介入してもすでに遅い。
ダンジョン内は無法地帯になっているだろう――
まさかこれがケヴィンの目的なのか?!
その思い付きに俺は頭をぶん殴られたような衝撃を受けた。
思い出せ。あの日ケヴィンは何と言った? ダンジョンはこの世の理の外に存在している、だ。
もしそれがケヴィンの理想なら、今のダンジョン警察によって秩序の保たれた状態はケヴィンの望まない姿なんじゃないだろうか?
現状に不満を抱いたケヴィンは辻斬り事件を利用して、ダンジョンを混乱状態に叩き込むつもりなんじゃないのか?
いや、辻斬り事件自体、ケヴィンが起こしたものかもしれない。ケヴィンの腕ならそれも可能という話だ。これは本人も認めていた。
マルティンの言っていたケヴィンの裏切りとはこの事なのかもしれない。
「どうしたんだいハルト。難しい顔をして」
エーレンフリートに話しかけられて俺はハッと我に返った。
何を考えていたんだ俺は。
どうもあの日以来、俺はケヴィンを得体のしれない存在だと思い込んでいるようだ。
今の推測はその前提ありきで思い付いたもので当然何の証拠も無い。
むしろ俺の妄想と言ってもいいだろう。我ながら馬鹿な事を考えたものだ。
「いや、俺は料理人だからな。三大クランが割れるなんておっかない話を聞かされてブルっただけだ」
「三大クランが割れる、ね。そうならないに越したことはないんだけど。いや、そもそもケヴィンが荒野の風をここまで大きく育てるまではこんなに大きなクランはこの町に存在しなかった。自分達がその一角を占めておいてこう言うのもおかしな話だけど、今の三大クランが頂点に立つ状態は異常だと僕は思っているんだ」
そんな事を言われても、余所者の俺には何も言えるわけがない。
エーレンフリートもそう思ったのだろう。肩をすくめると苦笑した。
そんなわざとらしい仕草も、優男のコイツがやるとまるで映画のワンシーンか何かのように様になっている。
厨房を出るエーレンフリートの背中を見ながら、俺はさっきの話が脳裏にこびりついて離れなかった。
エーレンフリートの不安は的中し、クラン・ドルヒ&シルトは荒野の風とフェスタビンドゥンに対し、公然と敵対的な行動を取るようになった。
ドルヒ&シルトは傘下を増やそうと恫喝を含めた過激な勧誘を繰り返し、多くのダンジョン夫が荒野の風とフェスタビンドゥンの庇護を求めて来た。
今やこの町のダンジョン夫は大きく三つの派閥に割れようとしていた。
こうした事態を重く見たダンジョン協会だったが、その動き出しは明らかに遅く、初動で大きく後手を踏んでいた。
こうしてシュミーデルのダンジョンが混乱する中、辻斬り事件の新たな犠牲者が出たのだった。




