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その11 フェスタビンドゥンのクランハウス

 あれから数日経った。俺は厨房で芋の皮むきをしながらあの日の事を思い出していた。



 あの日。俺はこのクラン・荒野の風のリーダー・ケヴィンの部屋で、彼から何か得体のしれない凄みを感じた。

 ケヴィンは色々と思わせぶりな事を言っていたようだが、正直細かい部分は忘れてしまった。

 それどころではなかったからだ。


 以前ティルシアがケヴィンがクロだと言い切った事があったが、あの日のケヴィンを知った今となっては彼女の言葉が正しかった事が良く分かった。

 おそらくティルシア達は戦士のカン的な何かで、本能的にケヴィンのうさん臭さを感じ取ったのだろう。

 全く大した奴らだ。

 それに比べて俺はどうだ。俺の目は一体何を見ていたんだろうな。


 あの日から俺はケヴィンを避けるようにしている。

 とはいえ普段のケヴィンの様子は最初に会った時となんら変りはなかった。

 あの日の事は俺の夢だったんじゃないかと錯覚しそうになった程だ。

 だがあれは絶対に夢じゃなかった。あの時感じた恐怖は今でも俺の心を縛り付けているからだ。


 あの日ケヴィンの部屋から逃げ出した俺は、ダンジョンに飛び込んで階位(レベル)を上げたい衝動を抑えるのに苦労した。

 もし昼間だったら耐えきれずにダンジョンに駆け込んでいたかもしれない。

 とはいえ仮に階位(レベル)を上げて一時の安心感を得たとしても、どうせ町に戻れば再び階位(レベル)1のザコに逆戻りだ。

 あの時程俺は、自分のこのスキルのデメリットを恨めしく思った事はないだろう。



 そんな風に、包丁を動かしながら考えにふけっていた俺だったが、自分を呼ぶ声にふと顔を上げた。


「ハルト。ハルトはいないの?」


 俺の名前を呼びながら厨房に入って来たのは青い髪の女性――ケヴィンの孫娘・アグネスだった。

 俺は立ち上がって返事をした。


「ここだ。俺に何か用か?」

「あら、そんな所に隠れていたのね」


 いや、普通に座って芋の皮むきをしていただけで、別にお前から隠れていたわけじゃないぞ。

 まあいい、それより何の用だ?




「何だってこんな事に・・・」

「それはさっき説明したでしょう? エーレンフリートがあなたが料理をする事を条件に出したからよ」


 俺はクラン・荒野の風の主だったメンバーと共に町の通りを歩いていた。

 その中には禿頭(とくとう)の男、リーダーのケヴィンもいる。

 いつものように落ち着いた修行僧のような風貌だが、もう俺は誤魔化されない。

 ふとケヴィンがこちらに振り返り、俺は慌てて視線をそらした。

 そんな俺をアグネスが不思議そうに見ていた。


 今俺達が向かっている先は、三大クランの一つ、クラン・フェスタビンドゥンのクランハウスだ。


 例の辻斬り事件の件で、現在、クラン・荒野の風とクラン・ドルヒ&シルトは険悪な関係になりつつある。

 現状を憂慮したケヴィンは、ドルヒ&シルトとのトップ会談を打診。

 ドルヒ&シルトは第三者の立ち会いのもとで話し合う事を希望した。

 そこで選ばれたのがクラン・フェスタビンドゥンだった、という訳だ。


 話を受けたフェスタビンドゥンのリーダー・エーレンフリートは二つ返事で了承――しなかった。


「話し合いの席を設ける事はやぶさかでない! ただし、ハルトだ! クラン・フェスタビンドゥンは彼の料理を要求する!」


 お前は馬鹿かと言いたくなるようなこの一言で、俺はわざわざ料理を作りにフェスタビンドゥンのクランハウスに向かう事になったのだった。


「全く・・・まあそれで向こうが納得するなら仕方が無いのか。ん? 待てよ。俺の料理が必要なら、俺が作った料理を持って行けばそれで済むんじゃないか? 何で俺が出向いて、向こうで料理を作らなきゃならないんだ?」

「あっ・・・そういえばそうね」


 俺の言葉にアグネスが驚きの表情を浮かべた。

 どうやらコイツは俺に言われるまで気が付かなかったようだ。

 そしてケヴィンは涼しい顔をしている。

 どうやらこちらは最初から気が付いていたようだ。


「・・・おい」

「し・・・仕方が無いじゃない。急に言われたんだもの。ハルトだってさっきまで気が付かなかったじゃない」


 確かにそうだが、だからと言って俺の気持ちはすぐには収まらない。


「この件は貸しだからな」

「貸しってどういう事?」


 ぐっ・・・ 仲間内の貸し借りすら通じないなんて、コイツどれだけお嬢様なんだよ。


「見えてきましたよ」


 ケヴィンの声に前を見ると、そこには大きな石造りの建物が見えた。

 あれがフェスタビンドゥンのクランハウスらしい。

 



 フェスタビンドゥンのクランハウスに到着した俺は、早速ケヴィン達から引き離されて厨房に連れて行かれた。

 そのために来たとはいえ、少しくらいは休ませてくれたっていいだろうに。


 厨房は有り体に言って”敵地”だった。


 どうやら日頃からエーレンフリートが俺の料理の事を吹聴しているらしく、俺はこのクランハウスの料理人にすっかり敵視されていたのだ。


「リーダーはお前の料理を”料理界の革命”と呼んでいるが、今日はその腕前の程俺達に見せてもらおうか」


 ――あの馬鹿そんな大げさな事を言ってるのか。

 階位(レベル)5はありそうなムキムキの料理長に凄まれて俺はうんざりした。


「ここのリーダーが俺の事をどう言っているのかは知らないが、俺のは昔孤児院で覚えただけの料理だよ」

「孤児院で出すような料理をウチのクランの連中に出すと言うのか?! ふざけるな!」


 そう言って眉を吊り上げる料理長。

 俺は助けを求めて周囲を見渡すが、全員料理長と同じ考えなのか不機嫌そうな表情で俺を睨んでいる。


「いい加減にしてくれ。俺は頼まれて来たんだ。俺の事を気に入らないならリーダーにそう言ってくれ。リーダーが必要ないと言えば俺は自分の仕事場に戻るだけだ」


 俺の言葉にあちこちから「生意気だ!」「何様のつもりだ!」などと罵声が飛んだ。

 何なんだコイツらは。

 俺が身の危険を感じていると、料理長が手を上げて鷹揚に仲間を抑えた。


「まあいい。調理場の端を貸してやる。材料は好きに使わせろと言われているからな。ここにある物は何でも使え。そこで孤児院仕込みの貧乏臭い鍋でも作るんだな」


 そう言うと仲間を連れて自分の料理の仕込みに取り掛かった。そして俺の方を二度と振り向きもしなかった。

 俺はこの仕事を受けた事を後悔した。




 料理人達からの不愉快な洗礼?を受けた俺だったが、ここでへそを曲げて帰るわけにもいかない。

 いやまあ実際は、こうまで嫌われているのなら帰ってもいいんじゃないか? と思わないでもなかったのだが、俺が原因でケヴィン達の話し合いが気まずくなっては流石に気がとがめる。

 俺は渋々調理場用の清潔な服に着替えると、与えられた作業スペースに立った。


 始める前は気が乗らない仕事だったが、一旦手を動かし出すと次第に雑念も晴れて、いつしか俺は黙々と調理の下拵えに取り組んでいた。


「何で芋を湯で煮込んでいるんだ?」


 俺の作業の切れ目に、俺と同じ歳くらいの料理人が尋ねて来た。

 どうやらコイツは、さっきから隣で料理しながら俺の作業を見ていたらしい。

 自分達の調理方法と俺の手順があまりに異なるために、不思議に感じて聞かずにはいられなくなったようだ。


 まあ別に隠すような事じゃない。

 俺は作業の手を止めて男に答えた。


「芋は煮崩れしやすいからな。サッと火を通して後で鍋に入れるんだ」

「へえ。けど肉は崩れないだろう? どうして肉まで別の鍋で煮込んでいるんだ?」

「そいつは煮込むと大量の灰汁が出るからな。他の材料と一緒に煮込むと味が濁る原因になる。だから別で煮込んで灰汁を取っているんだ」

「へ・・・へえ。凄いんだな」


 そうか? まあこの世界の料理はいい加減だからな。

 圧力鍋があればさらに柔らかく煮込めていいんだが・・・

 男は俺の説明に驚いているような引いているような、何とも言えない曖昧な表情を浮かべた。

 まあいいか。話がそれだけなら作業に戻らせてもらおう。丁度香辛料が足りない所だったんだ。

 俺は話を切り上げると足りない香辛料を補充しに向かった。



 俺は香辛料を厨房の隣の倉庫まで取りに行った。

 苦労して俺が倉庫から香辛料を見付けて厨房に戻ると、俺の鍋の周りに料理人達が集まっていた。


 俺はサッと頭に血が上った。

 アイツら文句を言うだけじゃ飽き足らず、俺の料理に何か細工をしているのか?!


「おい! そこで何をしている! 俺がいない間にその料理に手を出したんじゃないだろうな?!」


 俺の剣幕に料理人達は驚いた表情を浮かべた。


「待ってくれ! アンタ何か勘違いしているよ! みんな俺からアンタの料理の説明を聞いている所だったんだよ!」


 さっき会話を交わした男が慌てて前に出て俺に弁明した。

 説明? どういう事だ?

 男の言葉で事情を察したのか、料理人達はばつが悪そうに顔をそむけた。


「みんなアンタの料理が気になって仕方が無かったんだよ。アンタみんなからチラチラ見られていたのにずっと無視していただろ? だからアンタが席を外した機会に、みんなが俺の所にさっき何を話していたのか聞きに来たんだよ」


 俺を見ていた? ――全く気が付かなかった。仕込み作業に没頭していたからな。

 そもそもスープ一品とはいえ何十人前ともなるとかなりの量になる。便利な調理器具もないこの世界では全ての作業が人力だ。心を殺して作業に没頭しないと気が変になってしまう。


 ふと気が付くと、例のムキムキ料理長も少し離れた所に立っていた。

 プライドが邪魔してそれ以上近付けずに、離れた場所で男の話に聞き耳を立てていたらしい。


 どうやら男の言葉に嘘はないようだ。俺はそっとため息を漏らした。

 俺が落ち着いたのを見て、料理人達がそれぞれ俺に話しかけて来た。


「さっきは俺達が悪かったよ、言い過ぎた」

「俺達が狭量だった。すまない」

「酷い事を言ったよな。謝らせて欲しい」

「これで分かってくれたかな? あ、もちろん俺も反省しているよ。さっきはごめんな」


 全員が揃って俺に頭を下げた。何なんだこの展開は?

 どうやらコイツらは俺の調理方法を見て衝撃を受けたらしい。


 何を大袈裟なという気もするが、この世界の料理は基本的には材料を切って煮たり焼いたりしたものに味を付けるだけだからな。

 そもそも芋や野菜の皮を剥くことすらロクにしないのだ。

 そんなヤツらにとっては、俺の料理ですら目から鱗が落ちる思いだったのだろう。


 俺が混乱しているとみんなが一斉に料理長の方を向いた。


「あ~ゴホン。まあ何だ。最初から否定したのは俺達の勇み足だった。料理が完成したらまずは俺達に味見させろ。認める認めないの話はそれからだ」


 別に俺はお前達に認めて貰えなくても構わないんだがな。

 まあどうせ大量に出来るから、味見したいというのなら好きなだけすればいいだろう。


「分かった。好きにしてくれ」


 俺の返事に料理人達がワッと沸き立った。

 そんな同じ職場で働く男達の一体感に、俺は背中の辺りが妙にムズムズするというか、何とも居心地の悪い恥ずかしさを覚えた。

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