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その10 理の外

 俺が夕食の支度をしていると、ウサギ耳の少女が厨房にひょっこり顔を出した。


「あらいらっしゃい。またつまみ食いに来たのね」

「いや。私はハルトの仕事ぶりを見に来ただけだぞ」


 バレバレの言い訳をしながらウサギ耳の少女――ティルシアが調理場に入って来た。


「調子はどうだ?」


 ティルシアはそう言いつつ、俺が大きなしゃもじ(・・・・)でかき回している鍋の中を覗き込んだ。


「なんだ、今晩はスープカレーじゃないのか」

「それは今朝作っただろうが」


 あれだけたらふく食べたのにもう忘れたのかコイツは。

 俺は小さな椀を取るとスープを少しよそってやった。


「ほら味見してみろ」


 ティルシア途端にニコニコしながら俺から椀を受け取った。


「ティルシアちゃん、こっちの味見もするかい?」

「ああ、いいとも」

「じゃあこれも見て貰おうかね」


 おばちゃん達も今ではすっかり慣れたものだ。コイツ、夕食前には毎日厨房に顔を出しているからな。

 それとティルシアは見た目より年上だぞ。みんな勘違いしているかもしれないが。

 ティルシアは俺の渡した椀を手に、おばちゃん達の間をつまみ食いをしながら渡り歩いた。

 最後に俺の所に戻って来ると、空になった椀を俺に差し出した。


「今日の料理もどれも美味かったぞ!」

「そうかい。そりゃ良かったな」


 満足そうなティルシアを見ているうちに、俺はふと昼間市場で見たアグネスの表情を思い出した。


「なあティルシア。スキルの影響で味覚に障害が起きる事ってあると思うか?」

「? 何の話だ?」


 俺はアグネスの件をかいつまんで説明した。

 ティルシアは少し考え込んで言った。


「ハルトも知っての通り、スキルというのは本人の能力を底上げするものだ。そのためマイナス方向、能力を下げる方向のスキルというのは存在しない」

「だが俺という例もある。何かを得るために何かを犠牲にするタイプのスキル、という可能性はないだろうか?」

「それも難しいだろう。私もマルティン様から色々とスキルに関しての話を聞いているが、マルティン様が今まで観たスキルの中でも、ハルトのスキルは例外中の例外だと言っていたからな」


 そうか。やはり俺のスキルは相当珍しいタイプなんだな。

 だが、だとすればアグネスの味覚に関しては、先天的なものか、病気やケガによる後天的なものかのどちらかという事になる。


「私も少し気になるので探ってみよう」

「おいよせ、個人のプライバシーの問題だ。他人が興味本位で首を突っ込むのは失礼だ」

「ぷらい・・・何だそれは?」


 マジかよ。この世界にはプライバシーという言葉が無いらしい。

 俺は苦労してティルシアに説明した。


「誰にだって、他人に無遠慮に踏み込んで欲しくない部分くらいあるだろう。そういうのを表す言葉だよ」

「ふうん。まあハルトがそう言うなら止めておくか。邪魔したな」


 ティルシアは軽く手を振ると厨房を出て行った。

 俺は少しモヤモヤとした気持ちを抱えながら、再び料理へと戻ったのだった。




 今日の食堂も少し雰囲気が悪かった。

 この数日クラン・荒野の風のダンジョン警察とクラン・ドルヒ&シルトが、ダンジョンのあちこちでぶつかっているせいだ。

 クラン・ドルヒ&シルトでも辻斬り事件の捜査は行き詰まっているらしく、その不満のはけ口に他のクランのダンジョン夫達に絡む事が増えたのだ。

 最近ダンジョン警察にはそういった被害者からの苦情が相次いで寄せられているのだそうだ。

 彼らは口々にドルヒ&シルトの態度について文句をこぼしていた。


 良くない雰囲気だ。今はまだ単なる衝突で済んでいるが、いつ一線を越えるか分からない。

 クラン同士のいがみ合いにまで発展すると一大事だ。

 中でもダンジョン警察を有する荒野の風とドルヒ&シルトはこの町の三大クランのうちの二つだ。

 彼らが落としどころを間違えると、この町の全ダンジョン夫を割る事態にまで発展しかねない。


 ドルヒ&シルトのリーダーは今の状況をどう判断しているのだろうか?


 俺はあの日見たドルヒ&シルトのリーダー・エルマーを思い出した。

 俺の見立てではエルマーは典型的なダンジョン夫だった。

 つまりプライドばかり高い脳筋野郎という事だ。


 ――アイツには全く期待出来ないな。これは思ったよりもヤバい状況かもしれない。


 この町のダンジョン夫達がどうなろうと俺の知った事じゃない。

 だが巻き込まれるのだけはごめんだ。

 町の中での俺は、自分の命すら守れないほどのクソザコでしかないからだ。

 俺は厄介な時期に面倒な仕事を請け負ってしまった不幸を嘆きたくなった。




 俺は食事の乗った盆を片手に持ち直すと部屋のドアをノックした。


「どうぞ」


 いつぞやのような返事を受けて、俺はリーダー・ケヴィンの部屋のドアを開けた。

 ケヴィンは装備品の手入れをしていたようだ。机の上には油とボロ布が置かれている。

 俺は机の上を避けてサイドテーブルの上に食事を置いた。


「一度ドルヒ&シルトと話し合いの席を持った方がいいと思いませんか?」


 俺は突然ケヴィンにそう尋ねられた。

 ケヴィンはさっきまで装備の手入れをしながら、そんな事でも考えていたんだろうか?

 だが、俺にそんな事を聞いてどうする。

 俺はケヴィンの意図をはかりかねて慎重に答えた。


「・・・ケヴィンがそう思うのならそうすればいいだろう。俺に聞くような事か?」


 その時、俺はケヴィンの言葉は何となく口をついて出たものだろうと判断した。

 だから次のケヴィンの言葉は俺にとっても意外なものだった。


「君がこのクランの誰よりもダンジョン夫だからですよ」

「はあっ?! 俺が?! ・・・あ、いや、俺は料理人だぞ」


 少なくともこの町では。


 俺はケヴィンの方へと振り返った。

 ケヴィンは俺の事をジッと見つめていた。

 俺は物理的な圧力すら感じるケヴィンの視線に射すくめられ、動けなくなってしまった。


「この年齢までダンジョンに入り続けて分かった事があります。ダンジョンはこの世の理の外に存在しています。そして君は私が今まで見て来た人間の誰よりもこの世の理の外に存在しています」


 ケヴィンは何を言っている?

 ――いや、何を言おうとしているんだ?

 

 俺はカラカラになった口を無理やり動かして、言葉を絞り出すようにしてケヴィンに言った。


「・・・買い被り過ぎだ」


 だがケヴィンは俺の言葉を聞いていなかった。

 彼は続けて言った。


「かつて私はボスマン商会のマルティンこそがそう(・・)だと思っていました。だから彼の手を取り、協力体制を築きました。あの時の自分の判断を間違えていたとは思いません。実際にこの町とこの町のダンジョンは他と比べてあり得ない発展を遂げましたからね。だからそれはいい。でも彼はどうやら違うようです(・・・・・)。君ほどは感じない(・・・・)


 だからケヴィンは何を言っているんだ?


 いや、そもそもここにいるケヴィンは何者なんだ(・・・・・)


「そろそろ正直に話してくれませんか? 私には分かっているんですよ。君は理の外(・・・)の存在だ。誰よりもダンジョンに近い存在だ。君こそがダンジョン夫と呼ばれる存在なんですよ。それともひょっとして自覚が無いんですか?」


 自覚? 何の事だ? ダメだ耳を貸すな。ケヴィンの言葉に耳を貸してはいけない。


 何かがマズい。理由は分からないが、この場は慎重に――いや、考える時間が無い。ケヴィンが俺を自由にさせない。


 今は一先ずここから逃げないと。


 だがそのためのきっかけが無い。誰か俺にチャンスをくれ。


 ――誰か。


 狂おしく焦る俺の祈りがよもや天に通じたのか、その時部屋のドアがノックされた。

 不意にケヴィンから感じていた圧力が消え、俺は大きく息をした。


「お爺様いらっしゃいますか?」


 女の声――この声はケヴィンの孫娘のアグネスだ。

 俺は急いでドアを開けた。


「きゃっ! あら、ハルト。お爺様――リーダーとの用事はもういいの?」

「食事を届けに来ただけだ。もう済んだ」


 俺はアグネスを押しのけるようにして部屋から出た。

 アグネスは俺の焦った様子に戸惑っていたみたいだったが、今の俺はそれどころじゃない。

 俺は走ってこの場を逃げ出したのだった。


 ケヴィン、アイツは何者だ?!

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