その8 樹脂ゴーレム
謎の辻斬り事件から3日が経った。
今の所調査は何の進展もないようだ。このままだと今までの辻斬り事件の時と同様に、犯人を見付ける事は出来なさそうだ。
まあ俺には関係ないがな。
この町のダンジョンではマルティンの作ったダンジョン警察が目を光らせているせいか、ダンジョン内でのトラブル自体が驚くほど少ない。
しかし本来、ダンジョン夫がダンジョンでケガをしたり、死ぬなんて事は日常茶飯事だ。
モンスターに殺られようが、他のダンジョン夫に殺られようが、全ては俺達の自己責任だ。
その覚悟の無いヤツはダンジョンに入るべきではないのだ。
ダンジョンはこの世の理の外の世界であるべきだ。ダンジョン夫でないマルティンにはそれが分からないのだろう。
「で? 何で俺はまたダンジョンに入らなきゃいけないんだ?」
俺はダンジョン入り口のある建物(ちなみにダンジョン・ビルと呼ばれているらしい。命名はもちろんマルティンだ)の前で独り言ちた。
「今日は私達の実習なんだが、どうせならハルトも見ておいた方がいいとケヴィンが言ってな」
ウサ耳少女――ティルシアがウサ耳を揺らしながらこちらに振り返った。
その横にはネコ科獣人のシャルロッテが立っている。少し緊張しているのか頭のネコ耳がピンと立っている。
獣人の感情は耳に出るだけに分かり易い。
彼女達の前にはクラン・荒野の風のダンジョン夫の男が立っている。今日はコイツがティルシア達に指導をする教官役なんだろう。
「またケヴィンか。俺は料理人だぞ? アイツは俺をどうしたいんだ?」
「なんだ、町に来るまでは料理人として雇われる事が不満だったんじゃないのか?」
当然今でも不満だ。だがそれとこれとは話が別だ。
これじゃ単に俺の仕事が増えているだけじゃないか。
「細かいことを気にするな。それにハルトは私達の後ろで見ているだけなんだから、楽なもんだろう」
「・・・お前達に付いて行くだけでも俺には大変なんだぞ。お前だって知っているだろうが」
「いいから、そら行くぞ」
三日前にもそれでえらい目にあったんだがな。
俺はため息をつくとティルシア達の後に続いた。
「そいつだ! 樹脂のゴーレムは岩のゴーレムに比べると動きが速いぞ、注意しろ!」
「先ずは私から行く。シャルロッテはハルトを守っていろ」
「分かった! 気を付けて姉さん!」
「・・・ゼー、ハー、ゼー、ハー、た、助かる」
ダンジョンの通路の奥から現れたのは、岩のゴーレムをツルリとさせたようなモンスターだった。
どうやらコイツがお目当ての獲物らしい。
俺は荒い呼吸を吐きながら、膝に手をついて体を支えた。
そんな俺を守るため、剣を抜いて横に立つシャルロッテ。
そしてダンジョン夫の男はそんな俺達を微妙な表情で見つめるのだった。
確かに樹脂ゴーレムは岩ゴーレムに比べると動きが速かった。とはいえ階位5のティルシアの敵では無いようだ。
ティルシアは危なげない動きで樹脂ゴーレムの足を切り付ける。足下をすくわれた形になったゴーレムはバランスを崩して大きな音を立てて床に倒れた。
「いいぞ! 頭の一つ目の奥がそいつの弱点だ!」
「これか! ・・・ふむ。これならシャルロッテも一人でやれそうだな」
「そうかい? だったら次はアタシにやらせておくれよ」
ティルシアに目玉?を一突きされた樹脂ゴーレムは、途端に動きを止めてぐったりとした。
どうやら死んだようだ。
くっ・・・もう終わったのか。俺は息を整えながら手で額の汗を拭った。
「おい、待った。今日はコイツの素材を取りに来たって言っただろう」
「あ、そうだった。じゃあ一先ず階段の安全地帯まで運ぶか」
そう言うとティルシアはヒョイとモンスターの死体を持ち上げた。
小さな少女が、見るからに重そうな小山のような大きさのモンスターを担ぎあげる。階位5とはかくも凄まじい身体能力なのだ。
「2体までなら持てそうだな。それ以上は狭い通路でつかえそうだ」
「上に積んでロープで縛ればその倍はいけそうじゃないか?」
ティルシア達はそんな話をしながら安全地帯を目指すのだった。
「これが樹脂のゴーレムか」
このシュミーデルのダンジョンにはゴーレムと呼ばれる無機物の体を持つモンスターが徘徊している。
その中でも20階層以降に出現する樹脂のゴーレムは、ボスマン商会によってその体に素材としての価値が見出されていた。
というよりも――
「というよりもこれってプラスチックだよな」
「ぷらす・・・何だって?」
ダンジョン夫の男が俺の呟きを聞きとがめた。
樹脂のゴーレムの体は熱する事で柔らかくなり、加工が容易になるそうだ。
そして軽くて腐敗し辛く粘り強いらしい。まんまプラスチックだな。
ボスマン商会、というよりマルティンは、この素材を使って様々な商品を売り出しているのだそうだ。
元々ボスマン商会がこのダンジョンに大きく肩入れするようになった理由は、プラスチックに代わるこの素材をマルティンが大量に必要としたからである。
「何でもない。それよりこれはどうするんだ?」
そこには無残にも切り落とされたゴーレムの手足の先が転がっていた。
ティルシア達は手分けしてゴーレムの胴体を縛り付けている最中だ。
あの後、ティルシア達はシャルロッテと交互に樹脂ゴーレムと戦い、二人だけで5体ものゴーレムを倒していた。
「先の方は固くて加工がし辛いから売り物にはならないんだ。だからこの場に置いて行っている」
「ふうん」
命を失ったモンスターの死体はダンジョンの中で分解されてマナに還元される。
不思議な事にこのサイクルはダンジョンの中でのみ行われるのだ。
モンスターの死体をダンジョンの外に運び出せば、普通の物質と同じように腐敗し、朽ち果てる。
大気中のマナの濃度と何か関係があるのかもしれない。
原初の神からこの世界の知識の一部を得ている俺だが、流石に詳しい事情までは知らなかった。
人間程度の脳に収めるには神の持つ知識量は膨大すぎるからだ。
「これでよし。じゃあ帰るか」
ロープでまとめられた5体のゴーレムは、ティルシアとシャルロッテによって担ぎ上げられた。
何とも異様な光景だ。
とはいえ、これほどの重量物を背負った状態でも、彼女達は俺よりも楽にダンジョンを踏破するのだ。
「ハルト、大丈夫か?」
「・・・ハア、ハア、だ、大丈夫だ」
「そうか。遅くなりそうだからもう少しとばすぞ」
振り返ったティルシアにそう告げられ、俺は絶望感で目の前が真っ暗になるかと思った。
俺は後ろを走る男を振り返った。
コイツさえいなければ、適当なモンスターを倒して階位を上げられるものを。
俺の恨めしそうな視線を感じた男がこっちを向いた。
「ん? 何だ?」
「・・・いや、何でもない」
俺は諦めて前を向くと、大きな荷物を担いでいるとは思えない速度で走るティルシア達を必死に追いかけるのだった。
いくつか階段を上がり、そろそろ休憩地点となるダンジョン内商会にたどり着こうかという場所で、不意にティルシアが立ち止まった。
彼女の頭のウサ耳がピクリと動いた。
「誰かが言い争っているな」
「・・・こんな場所でか? 分かった。ティルシアは俺と来い」
ティルシアは荷物を下すとダンジョン夫の男と連れ立って通路の奥に向かった。
俺は立っていられなくなり、ダンジョンの床に仰向けに倒れ込んだ。
「大丈夫かいハルト」
「ヒーハ、ヒーハ、ヒーハ・・・」
大丈夫かと聞かれれば大丈夫だ。肺は酸素を求めて引きつりそうだし、心臓はバクンバクンと脈打って今にもはじけそうだし、喉と頭は痛いし、足は棒になりそうだが、命に別状はない。つまりは大丈夫だ。
シャルロッテは不安そうに通路の奥を見ながら、ハンカチでおざなりに俺を扇いだ。
ティルシア達が戻って来たのは、何とか俺が呼吸を整えて水を飲む事が出来るようになった頃だった。
「結局何だったんだい?」
シャルロッテの言葉にティルシアは少し頭を傾げた。
「何だったのかと言われると何だったんだろうな? ダンジョン夫同士の言い争いだったんだが、まるで要領を得ないヤツだったんだ」
ティルシアの言葉にダンジョン夫の男も同意した。
どうやらコイツにも事情が良く分からなかったらしい。
「まるで酒場の酔っ払いが絡んでいたみたいだったよ」
との事だ。
結局、俺達はスッキリとしない気持ちのまま、この場を後にした。
後に俺は、こんないざこざが最近ダンジョンのあちこちで繰り広げられている事を知るのだった。
原因はクラン・ドルヒ&シルト。辻斬りに仲間を殺されたあのクランである。
彼らは進展しない捜査活動に嫌気が差し、あちこちで他のクランのダンジョン夫に八つ当たりを繰り返していたのだ。




