その6 謎の辻斬り事件
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ダンジョンの通路を男達が歩いていた。クラン・ドルヒ&シルトのメンバー達だ。
先頭を歩く全身黒い鎧の男に仲間が声を掛けた。
「大丈夫なのか? エルマー。ケヴィンにあんな事を言って」
さっきエルマー達ドルヒ&シルトは、ケヴィン達荒野の風のメンバーと一触即発の状態にまでなった。
あそこでケヴィンが引かなければ確実に互いの血が流れていただろう。
「ビビんなって。アイツはもう枯れ果てた時代遅れのジジイだ。これからこの町でのし上がっていくのは俺達ドルヒ&シルトだ。ボスマン商会の後ろ盾さえなければ、とっくに荒野の風なんて終わってんだよ」
エルマーは振り向きもせずに吐き捨てた。
だが仲間の不安は晴れなかったようだ。
「そのボスマン商会の事を言っているんだよ。最近じゃダンジョン協会どころかこの町の代官までボスマン商会のいいなりだって聞くぜ。そのボスマン商会と繋がっているケヴィンを敵に回すのは流石にヤバいって」
「・・・今エミールのヤツがボスマン商会に俺達寄りのヤツを作って取引を持ち掛けている。アイツの計画が上手くいけば、今後は俺達もボスマン商会と直接繋がるチャンスが持てる。そうなりゃケヴィンのヤツと条件は同じだ。すぐに荒野の風なんて追い落として、俺達ドルヒ&シルトがボスマン商会の利権を独占してやる」
エルマーは欲望にギラついた目でダンジョンの通路を見つめた。
「いずれはケヴィンに代わって俺達がこの町を牛耳るんだ」
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俺達が戻った時にはクラン同士のにらみ合いは既に終わっていた。
クラン・ドルヒ&シルトのメンバーは姿を消し、その場に残っていたのはクラン・荒野の風のメンバーだけだった。
とはいえ未だに先程の余韻が残っているらしく、彼らの間の空気はピリピリとしていた。
「ご苦労様です。それでどうでしたか?」
「大した事は分からなかったな」
クラン・荒野の風のリーダー・ケヴィンの問いかけにティルシアが端的に答えた。
いくらなんでもそれじゃ分からんだろう。
俺は仕方なくティルシアを横に押しやって前に出ると、分かった事を報告した。
「・・・犠牲者は三人ともに同じ切り口ですか」
「あ、いや、そういう説明を受けただけで俺達が見た訳じゃないんだ。どのみちこれ以上の事は死体を見てみないと分からないな」
「それは難しいでしょうね」
だろうな。
俺はさっきクラン・ドルヒ&シルトのリーダーとやり合っていたケヴィンの孫娘アグネスの様子を窺った。
あんなに強硬な態度を取っていたドルヒ&シルトが、俺達に仲間の遺体を見せてくれるとは思えない。
とはいえ俺は内心ホッとしていた。切り殺された遺体を見ずに済んだからだ。
自分で既に何人も殺しておいてなんだが、俺は未だに人の死体というものに慣れなかった。
「それより”辻斬り”について教えて欲しい」
俺はケヴィンの部屋で話を聞いてからずっと疑問に思っていた事を尋ねた。
「それは私から説明するわ」
いつの間にか俺達の話を聞いていたケヴィンの孫娘・アグネスが口を挟んで来た。
「最初に現れたのは1年前だったかしら。場所は確かダンジョンの9階層、犠牲者は若いダンジョン夫だったわ」
なんだと? 若いのに9階層を仕事場にしているなんてえらく腕の立つヤツだったんだな。
・・・と、いかんな。ここはスタウヴェンのダンジョンじゃなかった。
このシュミーデルのダンジョンでは、きっと9階層は駆け出し卒業か、中堅ダンジョン夫の入り口にあたる階層なんだろう。
「その時は私も遺体を確認したけど、鋭利な刃物で袈裟懸けにバッサリだったわ。他に争った傷は見当たらなかった」
ふむ。今回の犠牲者のキズと一致するな。
この町には高階位のダンジョン夫が多い。逆に言えば犠牲者だって階位の高いダンジョン夫という事だ。そいつの体を装備ごと骨まで断つのは生半可な階位の持ち主ではない。
今回の犯人と同一人物の可能性は十分にあるな。
「次の犯行は半年前。二人のダンジョン夫が同様の手口で殺されているわ。三番目の犯行は一カ月前。被害者は同じくダンジョン夫が二人。最後に四番目の犯行は先週の事になるわ」
「犯行の間隔が短くなっているのか?!」
何が原因だ? 度重なる成功に味を占めたのか、それとも行きずりの犯行に見せかけて目撃者を消しているのか? いや、可能性としてならば――
「模倣犯の可能性はないか?」
「模倣犯? 何かしら、それは」
「事件があった時、全然関係ないヤツがその犯行手口を真似て起こす事件の事だ。世の中にはそういう事をしでかすヤツもいるんだよ」
「そう・・・だったら事件の中にも、あなたの言う模倣犯が起こした物があるのかしら?」
「いや、それは難しいでしょうね」
今まで黙って俺達の話を聞いていたケヴィンが言った。
実の所、俺も自分で言い出しておきながら、今回に関してはその可能性は低いと思っていた。
「犠牲者は全て一刀のもとに切り捨てられていました。これは並みの腕前で出来る事じゃありません。そんな人間がこの町に何人もいるとは思えませんね」
「お前でも無理か?」
ティルシアの言葉にハッと息をのむアグネス。俺も驚きに目を見張った。
ティルシアよ、ここでそれを聞くのか?
しかし、ケヴィンは直接疑いの言葉を投げかけられながらも眉一筋動かさなかった。
「私の階位と腕なら可能でしょう。――あなたは私を疑いますか?」
「いや、可能性の話をしていたので言ってみただけだ。私もお前がやったとは思っていない」
緊張感は訪れた時と同じく一瞬のうちに去って行った。
アグネスは顔を真っ赤にして声を上げた。
「ティルシア! お爺様を疑うなんて酷いじゃない!」
ケヴィンはいきり立つ孫娘を手を上げて制した。
ティルシアは涼しい顔でアグネスの非難を聞き流している。
むしろ隣にいるシャルロッテの方があたふたしているくらいだ。
――コイツの心臓には毛が生えているのか?
地球ではむしろウサギは臆病な性格のイメージなんだが。
俺達の会話が終わったと判断したのか、荒野の風のダンジョン夫達が声を掛けて来た。
「お嬢、そろそろ俺達に指示を下さいや」
「そ、そうね。二人一組になって周囲の捜索と聞き込みをお願い。ドルヒ&シルトと揉めたりしないでね」
アグネスの言葉に返事を返すと三々五々散って行く男達。
さて、俺達はどうするか。
俺はティルシア達を手招きして一先ずこの場を離れる事にした。
「おい、ティルシア。さっきのは何だ。お前ケヴィンが”辻斬り”だと疑っていたのか?」
確かに本人が言う通り、ケヴィンの階位なら今回の事件も可能だろう。
しかし、だからといって本人に直接聞くヤツがあるか?
「いや、さっきの言葉はウソじゃないぞ。私は最初からケヴィンが犯人だとは思っていなかった」
「ならどうして?」
「ハルトこそ忘れているんじゃないか? 我々の目的はケヴィンの裏切りの証拠を掴む事だぞ」
俺はティルシアの言葉にハッと息をのんだ。
そうだった。状況に流されて忘れていたが、俺達の目的はこんな事件を追う事じゃなかった。
いつの間にか俺はクラン・荒野の風のメンバーのように振る舞っていたようだ。
「さっきの私の言葉は、ケヴィンを揺さぶるためにあえてああ言ってみたんだ。何かリアクションがあればと思っていたんだが、流石にケヴィン相手にそれを期待するのはムシが良すぎたようだ。やはりハルトに頼る他ないか」
そしてお前の俺に対する謎の信頼感は一体どこから来るんだ。
・・・まあいい。おかげで俺も目が覚めた。
「で、これからどうする?」
「そうだな。一先ず私は彼らの調査に加わろう。可能性は低いとは思うが、ここからケヴィンの尻尾を掴む事が出来るかもしれない。シャルロッテは何か適当な理由を付けてなるべくハルトのそばにいろ。私の分までハルトの護衛をしてやってくれ」
「だったらアタシが調査に加わって、ティルシア姉さんがハルトの護衛に付けば――」
「いや、ティルシアほど高い階位のヤツが俺に付くのは不自然だ。俺に何かあると注意を引きかねない」
シャルロッテの階位は3だ。
スタウヴェンのダンジョンで働くダンジョン夫としてはボリュームゾーンだが、ここシュミーデルのダンジョンではようやく駆け出しを卒業した程度のレベルだろう。
しかもシャルロッテはダンジョン夫としては正真正銘の素人だ。アグネスとしてもむしろ足手まといに感じるかもしれない。
「――そうか。それなら」
シャルロッテは納得した表情になると剣を鞘から抜いた。
俺が、いきなりどうしたんだ? と訝しむ間もなく、彼女は自分の腕を剣で切りつけた。
「ギャアアアアアッ!」
「お、おい、シャルロッテ!」
「何だ、どうした?!」
彼女の悲鳴にダンジョン夫達が駆け寄って来た。
俺は慌てて彼らに振り返り――
「ハルトは黙っていてくれ。騒がせて済まなかった。物陰に何か見た気がして剣を抜いたんだが、慌てていたせいか自分の腕を切ってしまったんだ」
出血する腕を押さえながらシャルロッテがみんなに謝った。
シャルロッテの考えを察したんだろう。このタイミングでティルシアが前に出た。
「ハルトはシャルロッテの治療を頼む。私はみんなの調査を手伝ってくる」
ティルシアはそう言うと荒野の風のメンバーを促してこの場を去って行った。
シャルロッテは俺の方に振り向くと、してやったりといった表情を浮かべた。
「上手くやっただろ? 暗殺者として鍛えられたアタシにかかればこのくらい――痛っ!」
俺は本気でシャルロッテの頭をぶん殴った。
「自分を傷付けるようなマネは二度とするな! お前はもう暗殺者じゃない、チーム・ローグのダンジョン夫だ!」
俺は自分でも理由の分からない怒りに駆られて怒鳴り付けた。
誰かに聞かれたら不審に思われる? 知るか、そんな事!
シャルロッテは頭を抑えてポカンとしていたが、やがてシュンと項垂れてしまった。
「ごめんよ。そんなに怒るとは思わなかったんだ。アタシを殴って手を痛めたんじゃないか? 見せてみなよ」
「・・・なんて事は無い。それよりお前のケガの治療が先だ。腕を出せ」
実の所、俺の右手は骨にひびが入ったんじゃないかと思うほど痛んでいた。
階位1の俺が階位3のシャルロッテの頭を殴ったんだ。固い石を殴ったようなもんだ。
そして俺がそれほどの犠牲を払ったにもかかわらず、シャルロッテはコブも出来ない程度の痛みしか感じなかったのだろう。
階位差というのはこれほど理不尽なものなのだ。
俺の怒りにシャルロッテはすっかりしょげ返ってしまった。頭のネコ耳もペタンと倒れてしまっている。
俺はズキズキと頭に響く右手の痛みと、未だにこみ上げて来る謎の怒りにイラつきながらも、しおらしく腕を出すシャルロッテに治療をしてやるのだった。