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その5 一触即発

「お嬢、こっちです!」


 ここはダンジョン8階層の一角。

 ダンジョンの広い通路に人だかりが出来ていた。

 全員装備品から見てそこそこ腕の立つダンジョン夫達だ。

 そんな奴らが揃いも揃ってピリピリとした剣呑な雰囲気を漂わせている。

 ハッキリ言って絶対に近付きたくない場所だ。


「被害者は?」


 クラン荒野の風のリーダー・ケヴィンが俺達の前に出た。

 三大クランのリーダーの登場に周囲のダンジョン夫の間にざわめきが広がった。

 いや、アグネスに声を掛けた男も固まっている。どうやらクランリーダーのケヴィン自らが赴いて来るとは思ってもいなかったようだ。


「・・・あ、いえ、ケヴィンさん。遺体はもうここにはありません。ドルヒ&シルトの人間がやってきて――」

「ウチの者の遺体なら、こっちで引き取らせてもらった」


 男の言葉を遮って若い男の声が聞こえた。


「エルマーか」

「ケヴィン自らが来るとは思わなかったぜ。お前達ダンジョン警察とやらは一体何をしていたんだ?」


 挑発的な言葉をかけながら現れたのは全身黒い鎧の男。まだ若い。25歳前後の左目の辺りに傷のある男だ。

 俺のそばにいたティルシアがコッソリ俺に言った。


「クラン・ドルヒ&シルトは元々二つのクランが一つになって生まれたクランだ。だからクランリーダーも二人いる。アイツはその片割れだな」


 中堅クランが二つ集まって大手クランの仲間入りをしたという事か。

 企業なんかでは聞く話だが・・・いや、クランもこの規模になってくると会社と同じような物か。


 ティルシアの説明によると、クラン・ドルヒ&シルトは最近生まれた若いクランで上昇志向も強いらしい。

 クラン・荒野の風にもよく突っかかって来るそうで、ティルシア達も最初に彼らの挑発には乗らないようにと言われたんだそうだ。


「そんな話、俺は誰からも聞いていないぞ」

「ハルトは仕事でダンジョンに入らないからな。そもそも出会う機会がなければ注意する必要も無いだろう」


 それもそうだが、ひとことくらい言っておいてくれたっていいだろうに。

 俺達がそんな話をしている間にも、リーダー同士の話し合いは続いていた。



「遺体を確認させてもらえないかね?」

「なぜだ? アイツらは俺達の仲間だ。あんたは関係ないだろう。それにもうここにはいない。今頃クランハウスに着いた頃だろう」

「ではせめて、どうやって殺されたのか教えて欲しい。我々の捜査の参考にしたい」

「何故俺達がお前達のいいなりにならなければならない。俺達の仲間の復讐は俺達がやる。お前達はボスマン商会に取り入ってダンジョンを仕切っているつもりかもしれないが、いつまでも好きに出来ると思うなよ」


 ドルヒ&シルトのリーダーは最初からケンカ腰だ。

 わずかな時間だが、二人の会話を聞いていて大体分かった。コイツは典型的なダンジョン夫だ。


 見栄っ張りで意地っ張り、直情的で腕っぷしだけが取り柄の脳筋野郎だ。

 どうやら三大クランの一角である自分達が、同じく三大クランの荒野の風の自警団活動に従わなければならない現状にずっと不満を感じていたようだ。

 日頃から溜まりに溜まったそれらのうっぷんが、仲間の死というきっかけで噴き出したのだ。


 部外者の俺に分かったくらいだ。ケヴィンも当然コイツらの不満を知っているはずだ。

 しかしケヴィンの対応はあくまでも変わらない。頑なな相手に対しても自分の立場を明確にして理性ある対応をしている。

 この辺りは流石は年の功というか、ドルヒ&シルトのリーダー如きでは足元にも及ばない所だ。

 だがケヴィンはそれでいいが、彼のそばで話を聞いていた荒野の風のメンバーはそうではなかったようだ。

 所詮は彼らもダンジョン夫なのだ。

 ケヴィンの孫娘アグネスが顔を真っ赤にしていきり立った。


「いい加減にして頂戴! 自分のクランメンバーが殺されたのよ?! 少しでも早く犯人を見付け出したいとは思わない訳?!」


 アグネスの指摘にドルヒ&シルトのリーダー・エルマーは額に青筋を浮かべた。


「お前達が俺達の邪魔をしているんだ! そもそもこの事件はお前達ダンジョン警察が役立たずだったから起こった事だ!」

「何を言っているの! 私達の活動と事件は関係ないわ!」


 アグネスが前に出た事で彼女の配下であるダンジョン夫達も身を乗り出した。

 その様子を見てクラン・ドルヒ&シルトのダンジョン夫達も自分達のリーダーを守るべく前に出る。

 慌ててこの場から逃げ出す野次馬達。

 ダンジョンの通路は一触即発の空気に包まれた。



「ハルト」


 俺が固唾をのんで成り行きを見守っていると、ティルシアが俺の背中を叩いた。

 ティルシアが指差す方向を見ると、ケヴィンが困った顔をしながらこちらを見ていた。

 ? どういう事だ?

 俺が頭を悩ませていると、ティルシアが俺の手を掴んで歩き出した。


「お、おい、どうしたんだ?」

「ケヴィンは自分達は手が離せなくなったので、私達に調査をしておいて欲しいと言いたいんだろう」


 俺が驚いて振り返るとケヴィンは横目でこちらを見ると辛うじて分かる程度に小さく頷いた。


「ティルシア姉さん、現場を見た男を呼んで来たよ」


 シャルロッテに連れられて来たのは、最初にアグネスに声を掛けて来たあの男だった。


「お前が見た事を教えろ」


 男は仲間達の様子を心配そうにチラチラと窺っていたが、ティルシアに聞かれて渋々説明を始めた。


「見たと言っても、そう大した事じゃない。ドルヒ&シルトのダンジョン夫が三人切り殺されていた。それだけだ」

「争った跡は? 正面からやられていたか? 背後からやられていたか?」


 重ねてティルシアに質問を受けて、男は少し考え込んだ。


「全員仰向けに倒れていたから後ろからって事はないんじゃないかな。傷口はどれも同じような切り口だった」


 ティルシアに聞かれて男が話した内容はこうだ。


 男がダンジョンから外に出ようとこの階層を歩いていた所、人が集まっている現場に出くわした。

 不思議に思って見に行くと(余談だが、この男の行動からしてこの町のダンジョン警察が十分に機能している事が分かる。スタウヴェンのダンジョンならそもそも他のダンジョン夫に近付くという発想自体が無いからだ)、男の死体が三つ転がっていた。

 コイツが第一発見者という訳ではなかったんだな。


 三人は仰向けに倒れて死んでいた。傷口は鋭い刃物で装備ごとバッサリ。傷口から見える骨までスッパリ切れていた事から、犯人は相当に階位(レベル)の高いヤツであるのは間違いない。


 三人とも争った跡は無かった。つまり不意打ちで殺されたか、高階位(レベル)を生かした素早さで、抵抗する間も無く殺されたかのどちらかだろう。


 流れ出た大量の血が床に溜まっていたという事は、どこかで殺されてこの場に放置されたという訳ではないと思われる。

 そしてその血が固まっている事から、殺されてからしばらく時間が経っているという事も分かる。

 この通路は普段はあまり人が通らないらしく、いつから死体が転がっていたのかは分からない。

 しかし、この階層にも定期的にダンジョン警察の巡回がある事から、丸一日放置されていた訳ではないだろう。


「犯行は今日の昼間。犯行現場はここ。傷口から見て犯人は一人。装備ごと骨を断てるほどの高階位(レベル)の者。分かるのはそんな所か」


 ティルシアはそう言うと俺の方を見た。俺の方で何か気が付いた事がないか確認しているんだろう。


「話から分かるのはそんな所だろうな。現場に案内してくれ」

「ああ、こっちだ」


 俺達は男の案内で通路の奥に向かった。




「普通の通路だな」

「ああ、特に他と変わりはない」


 男が案内してくれたのはダンジョンに良くある普通の通路だった。

 広さは人が三人並んで歩ける程度。町の路地裏といった感じの広さだ。

 通路の先は別の通路に通じているらしい。そういった所も極普通の通路だ。

 床に広がった血だまりが無ければ本当にここが現場か男の言葉を疑ったかもしれない。


 俺はしゃがみ込んで床を良く調べてみた。


「何か変わった事でもあるのか?」

「・・・いや、何もないな」


 推理物のドラマだと、犯行現場には何かが残されていてそれが事件を解くカギとなるのだが、残念ながらめぼしい物は何も見つからなかった。

 当たり前だが現実は物語のようにはいかないらしい。


「こんなゲームみたいな世界なんだから、こういう所だけリアルにしないで欲しいもんだな」

「ん? 何だハルト。何か言ったか?」

「いや、何でもない」


 俺は膝の汚れを払って立ち上がった。

 仮に何かがあったとしても、大勢いた野次馬が俺達より先に見つけているだろう。

 念のため男に聞いてみたが、やはり彼もそんな話は聞かなかったそうだ。

 シャルロッテが不思議そうに言った。


「けど、ドルヒ&シルトのリーダーは自分達で犯人を捜すと言っていたぞ。何かあてがあるんじゃないのか?」

「多分ないな。ダンジョン夫ってのは何も考えずに喋るんだ。ヤツらの言う事を真に受けると馬鹿を見るぞ。良く覚えておくといい」

「・・・ハルトだってダンジョン夫じゃないか」


 まあそうなんだが。

 いや、今の俺はコックだ。だから俺には当てはまらない。

 ティルシアが俺達の会話に加わって来た。


「これ以上はこの場で分かる事は無いな。一度ケヴィンの所に戻ろう」


 あそこに戻るのか?

 俺は胃が重くなるのを感じた。

 俺の顔色が悪くなったのに気が付いたのか、ティルシアが俺の背中を叩いた。


「いざとなれば私がハルトを守ってやるさ! さあ行くぞ!」


 そう言うとティルシアは先頭を切って歩き出した。

 慌てて後に続くシャルロッテ。

 俺は渋々二人に続こうとしてふと男の視線を感じて振り返った。


 男は蔑んだ目で俺を見ていた。


 大方、中学生くらいの少女に守られる情けない男と思っているんだろう。

 俺は男に何も言い返せず、顔を歪めると二人の少女の後を追った。

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