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その2 クラン・荒野の風

 クラン・荒野の風、リーダーのケヴィン。

 コイツがマルティンの言っていた、ボスマン商会を裏切っていると疑惑のある男だ。


 この世界では少し小柄な、俺と同じくらいの身長。

 落ち着いた物腰と禿頭(とくとう)も相まって、どこか修行僧のような雰囲気を醸している。

 ただしその体は岩のような筋肉に覆われている。

 それもそのはず、ケヴィンは五十手前のこの年齢で、未だ階位(レベル)7の身体能力を誇る化け物なのだ。

 しかも大ダンジョンを有するシュミーデルでも、階位(レベル)7まで達しているのはこのケヴィンただ一人なのだという。


 三大クランのリーダー二人の遭遇に、周囲のダンジョン夫達の間にざわめきが広がった。


 とはいえそれは緊張をはらんだものではない。三大クランの仲は別に悪い訳では無いからだ。

 シュミーデルほどの大ダンジョンにもなると、その利権はとっくに住み分けがされていて、クラン同士で変に揉めたり拗れたりする事はほとんど無いのだそうだ。

 実際、月に一度はクランのリーダーの集まる会合が開かれて、お互いに情報交換がされているくらいだ。


 ちなみに先月の会合はクラン・荒野の風のクランハウスで開かれた。俺のスープカレーが披露されたのはその場での事だ。


「あなたがダンジョンに来るなんて珍しいじゃないか」

「ダンジョン内商会に用があったんですよ。今から帰る所です」


 そう。以前も言った気がするが、マルティンのボスマン商会はダンジョンの中に商会を開いている。

 実はそのダンジョンこそが、このシュミーデルのダンジョンだったのだ。

 現在ダンジョン内商会は5階層にある一店舗だけだが、近々10階層にも二号店オープンする予定があるらしい。

 どうやらケヴィンはその予定地に出向いていたみたいだ。


「あまりウチのメンバーを虐めないで下さいよ?」

「虐めるなんてとんでもない! 高待遇でウチにスカウトしていた所だよ!」


 エーレンフリートの言葉に、二人リーダーの会話に耳を澄ましていた周囲の野次馬達からどよめきが上がった。

 そして俺に注がれる好奇の目。


 勘弁してくれ。


 俺はこの場から逃げ出したくなった。


「ハルトの作る料理は見た目こそ冴えない家庭料理だが、その味は王都の一流料理店の料理に一歩も引けを取らない。濃厚にして繊細、素朴にして洗練。信じられるか? 彼の料理は食材の切り方、大きさにすらそれぞれ意味が込められているんだ。彼の料理は食という概念を覆す新たな哲学。僕は――」

「はいはい。ハルト君、良い香辛料は手に入りましたか?」


 突然ケヴィンに話しかけられて、俺は一瞬何の事だか分からなかった。


「今日は新鮮な香辛料を手に入れるためにダンジョンに入っていたのでしょう?」

「あ、そ、そうだ。早速今日の夕食に使おうと思っている」


 それは楽しみですね。ケヴィンはそう言って目を細めて笑みを浮かべた。


 俺は調理時間以外は自由な時間を与えられている。そのため俺は一緒に連れて行ったシャルロッテ以外には特に誰にも告げずにダンジョンに入った。わざわざ言って止められる事になっても煩わしいと思ったからだ。

 ダンジョン内商会に行っていたはずのケヴィンは、いつ誰から俺の情報を聞いたんだ?


 ケヴィンはエーレンフリートに挨拶をすると去って行った。

 立ち止まってこちらの様子を窺っていた野次馬もそれぞれ三々五々散って行く。

 まるで止まっていた時間が急に動き始めたかのようだ。


 俺は小さく息を吐いた。

 どうやら俺はケヴィンを前にして、思っていたより肩に力が入っていたらしい。


 その時俺の耳に同様に小さく息を吐く音が聞こえた。

 それは俺の近く、クラン・フェスタビンドゥンのリーダー、エーレンフリートの方から聞こえた。

 俺はその時、その事を少し意外に感じた。


 しかし残念ながら、俺はそれ以上考えを進める事が出来なかった。

 ティルシアが俺の手を引くようにクランハウスへと向かって歩き始めたからだ。

 いや、ティルシアよ、早く帰ったからと言って晩飯が早くなる訳じゃないからな。


 この時俺はエーレンフリートともう少し話をしておくべきだったのかもしれない。




「ああ、ようやく来た! 早速夕食の仕込みに入って頂戴!」


 俺が厨房に入ると俺の倍は体重のありそうな豪快なおばさんが出迎えた。

 クラン・荒野の風の料理長だ。4人の子供の母親でもある。

 料理人は俺を入れて全部で5人だ。これで百人からのクランメンバーの食事を賄っている。


「いやいや、ハルトが来てから忙しくて仕方が無いねえ!」

「今まで外で飲んでた連中まで食堂で食べてから出るようになったのよね」

「ハルトの料理は大評判だから」

「これはケヴィンさんに頼んで来月からお給金を上げてもらわないといけないね」


 そう言って笑い合うおばさん連中。

 ちなみに俺以外の料理人はみんなおばさんだ。

 おかげで俺の居場所が無い事この上ない。

 俺は手早く服を着替えると、採って来たばかりの香辛料の中から今日使う分を寄り分けるのだった。



 コトコトと野菜を下茹でしながら、俺は野菜の下ごしらえを続けていた。


「へえ。そうやって角を取るんだね」

「どうしてそんな無駄な事をするんだい。角の部分の材料がもったいないじゃないの」


 そんな俺の手元を、手の空いたおばさん連中が覗き込んで来てはあれこれと口を出す。

 正直言って凄くやり辛い。

 とはいえ彼女達も単なる野次馬ではなく、料理の技術を吸収しようという職業意識で聞いて来ている事なので無下にも出来ない。


「ああ、確か角の部分から煮崩れするのを防ぐため・・・だったかな?」

「そりゃまあ確かに、尖った所は先に火が通るだろうけどさ。普通そんな所まで気にするかねぇ」


 そんな事を俺に言われても困るんだが。

 俺のうろ覚えの説明に呆れ顔になるおばさん連中。

 ちなみに俺はスープの担当になっている。最初に作ったスープカレーの評判が良かったからだ。


「良かったなんて生易しいもんじゃないよ! あの日は食堂がパニックになったのかと思ったよ!」

「そうそう。もう終わったと言った時には暴動の一歩手前にまでなったんだからね!」


 いや、あれは主にティルシアとシャルロッテが悪いんじゃなかったか?

 確かにクランの奴らも騒いでいたが、どう考えてもアイツらが一番うるさかったぞ。

 アイツら家で俺が時々作ってやっているのに、なんで他所に来てまで迷惑をかけているんだ?


 そんな事があったせいか、翌日からスープ作りは俺の担当になり、更には作るスープの量は初日の倍になった。

 こんなに作らせて余ったらどうするんだ、と思わないではなかったが、結局その日も売り切れになってしまった。


 どうやら今までこのクランでは、結構な人間が外に飲みに行った先で晩飯を済ませていたらしい。

 そんな彼らがほろ酔い気分でクランに戻って来ると、クランの食堂で晩飯を食った連中が口々に新しいスープの話題をしているのを聞いた。

 さて、これは一体どういう料理だ、と翌日は彼らが食堂に押し掛け、結果として俺が倍作ったスープが空になるはめになったみたいだ。

 そしてやはりティルシア達が騒いだ。お前らここに来た本来の目的を忘れてないか?


 流石に最近では一時の過熱ぶりも落ち着いたものの、それでも俺の作る量が減る事は無かった。

 今でも最後には全て売り切れてしまうからだ。



 俺はふと、厨房の入り口から誰かがこちらを見ている気配を感じた。

 大方ティルシア辺りが意地汚く食い物をねだりに来たんだろう。

 俺は呆れながらも入り口に振り返った。


「おい、ティルシア。いくら何でも早すぎだ。まだ仕込みも終わっていないぞ」


 だがそこに立っていたのはティルシアではなく、青色の髪の切れ長の目の女だった。

 今日ダンジョンで出会った二人組の女の方だ。

 咄嗟に言葉を失くす俺と入れ替わるように、料理長が女に声を掛けた。


「あら、お嬢さん。厨房に何か御用で?」

「ティルシア――先月ウチに入ったウサギ獣人の子はここに来ていない? お爺様が呼んでいるんだけど」


 そうだ、思い出した! 確かコイツはクランリーダー・ケヴィンの孫娘だ。名前は確かアグネス。

 クランのダンジョン夫の取りまとめ役を任されている女だ。


「人に聞いたら多分ここに来ているんじゃないかって言われたんだけど」

「アハハ! 毎日のように来ていますよ! でももう少しして料理が出来てからですかね」

「そう。分かったわ。時間を取らせたわね」


 女は――アグネスは去り際に何気なく俺の方を見た。俺は軽く会釈をしておいた。

 彼女は俺の方を見たが特に返事を返す事も無く、そのまま廊下の向こうに去って行った。

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もしもこの小説が気に入って貰えたなら、私の書いた他の小説もいかがでしょうか?

 

 『戦闘機に生まれ変わった僕はお嬢様を乗せ異世界の空を飛ぶ』

 『私はメス豚に転生しました』

― 新着の感想 ―
[一言] 食に関して現代知識チートを発揮していなかったって事はマルティンはそっちには疎かったのかな、交易に頼らずダンジョンから香辛料を入手できれば食に関しても流行を生み出せただろうに
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