その1 潜入捜査
「あ、ティルシア姉さん!」
「おお、シャルロッテか。ハルトも一緒なんだな。」
俺とシャルロッテが香辛料の採取を終え、ダンジョンの入り口を目指していると、ウサギ耳の中学生くらいの少女にバッタリ出会った。
チーム・ローグの仲間、ウサギ獣人のティルシアだ。
これでチーム・ローグが勢揃いした事になる。三人しかいないが。
ティルシアはこう見えてもシャルロッテより年上だ。
ちなみにシャルロッテはティルシアの事を何故か姉さんと呼ぶが、別に二人は姉妹ではない。
そもそも種族が違うからな。
そんなティルシアだが、さっき出会った二人組と同じ黄色いジャケットを着ている。
コイツもダンジョン警察の巡回中なのだろう。
「ああ。香辛料を採りに行ってたんだ」
「何でそんな事を? 店で買えばいいじゃないか」
ティルシアの言葉はもっともだ。
実は今回の採取はダンジョン夫の仕事ではなく、自分で使う分を採りに行っていたのだ。
そんな事にシャルロッテを付き合わせるのもどうかと思うが、色々あってシャルロッテのダンジョン夫としての教育が後回しになっていたので、それも兼ねて二人で今回の採取に出たのだ。
「店の香辛料は品質がイマイチなんだよ。どうせなら自分で採って来た方が良いと思ってな」
「ハルトは変な所にこだわるな」
そうか? 美味い食い物に手間をかけるのは、日本人の国民性なのかもしれない。
それはさておき、ティルシアは丁度交代時間だったらしい。
どうりで。一人でこんな所を歩いているのは、おかしいとは思っていたんだ。
取り合えずティルシアと合流した俺達は、ダンジョンの外に向かうべく連れ立って歩き出した。
「ハルトは料理人として雇われているんだから、あまりダンジョンをうろつくなよ」
「・・・分かっている。それもあってシャルロッテを誘ったんだ」
そう。今回の潜入捜査だが、ティルシアとシャルロッテは普通にダンジョン夫としてクランに入ったが、俺は何故か料理人として雇われる事になったのだ。
◇◇◇◇◇◇◇◇
その日、俺はティルシアと二人で、ボスマン商会の用意してくれた馬車に乗って、今回の目的地であるシュミーデルの町を目指していた。
ティルシアはその時間を利用して今回の作戦の詳細を俺に説明してくれた。
マルティンの手回しによって、ティルシアとシャルロッテの二人はボスマン商会からの研修生としてクラン・荒野の風に入り込む事になっていた。
まあそこまではいい。問題はその次だ。俺は彼女の説明に納得出来ずに思わず叫んだ。
「何で俺が料理人なんだよ!」
そう、二人はダンジョン夫として入り込むのに、何故か俺は料理人として雇われる事になっていたのだ。
ティルシアは肩をすくめて答えた。
「階位1のダンジョン夫なんていないだろう。悪目立ちするだけじゃないか」
「ぐっ・・・」
ティルシアの言葉はいきなり俺の痛い所を突いて来た。
「いや、しかしだな、ついこの間ダンジョン夫になったばかりのシャルロッテと、先月ダンジョン夫になったばかりのお前がダンジョン夫として雇われるんだろ? なのに何故10年近くこの仕事をやって来た俺が料理人なんだ? おかしいじゃないか」
「私達がダンジョン夫として未熟なのは分かっている。だから研修に来たという名目にしたんだ。それにマルティン様としては私達はむしろ囮で、私達に注意が惹きつけられている間にハルトに証拠を探って貰いたいとの考えなんだよ」
映画かよ!
観た事あるよ、あれだ、沈黙の何とか! アイツ絶対にそれを思い浮かべたに違いないって!
マルティンは日本人転生者だ。
今回の作戦はそのマルティンが計画している。
裏切りの疑惑のある組織に潜入捜査に入る、という発想といい、俺が料理人として潜り込むシチュエーションといい、俺にはアイツのセンスが遺憾なく発揮されているようにしか思えなかった。
しかし、そんな事情を知らないティルシアは意外と悪くない作戦だと思っているようだ。
「私はまだしもシャルロッテがダンジョン夫として振る舞うのは不可能だ。だから私達が新人の研修として入るのはむしろ自然だ。逆にハルトまで新人として入るのは不自然だろう? 大丈夫、ハルトの料理の腕前なら絶対に上手くやれるさ」
いや、お前もシャルロッテ程ではないにしろ、まだまだ十分にたどたどしいぞ。その自信はどこから来るんだ?
そして俺は料理人でも何でもないんだが?
何なんだお前の俺に対する変な信頼感は。この作戦、俺だけハードルが高すぎやしないか?
俺が釈然としない思いを抱えながら顔を歪めていると、ティルシアは俺が不安になっていると勘違いしたのか、励ますように明るく言った。
「それでだな、マルティン様は今回はハルトではなくラ〇バックという名前でいくのはどうかと言っていたぞ」
「馬車をスタウヴェンに戻せ。俺はこの話を降りる!」
やっぱり沈黙のなんとかじゃねえか! ケーシー・ラ〇バックだろ?! 知ってるよ! 映画の中のス〇ィーヴン・セ〇ールだよ!
マルティン的には真面目に考えた末の作戦なのかもしれないが、そこかしこにチラ付くアイツのセンスで全部台無しだ。
俺には悪ふざけにしか聞こえないんだよ。
しかし俺の意見は通らず、結局俺は、なし崩し的に料理人としてクラン・荒野の風に雇われる事になったのだった。
◇◇◇◇◇◇◇◇
ダンジョンの外は少し日が傾いていた。
午後3時くらいだろうか。
スタウヴェンのダンジョンと違い、シュミーデルのダンジョンの入り口は大きな建物の中にある。
鉄道の駅のような感じ、と言えば伝わるだろうか?
勿論ボスマン商会――マルティンの手によるものだ。
アイツ少しは自重しろ。
まるで日本の駅の構内のように大勢の人間が行き来している。
俺はそんな光景を目の当たりにして僅かにノスタルジーを感じた。
「どうしたんだハルト?」
「いや、何でもない」
「ハルト? おお、やっぱりハルトじゃないか!」
俺達の会話を耳にした派手な装備の男が、仲間を引き連れながら大きな声を上げて俺達に近付いて来た。
武装した男達にティルシアとシャルロッテが僅かに緊張する。
「ああ・・・ エーレンフリート、さん?」
「そう! クラン・フェスタビンドゥンのエーレンフリート! 君の虜になった男さ!」
そう言って大袈裟にハグして来る派手男。
・・・いや、待ってくれ。これってはたから見ていると俺とコイツが同性愛者に見えないか。
コイツは公衆の面前で何を誤解されるような事をしているんだ?
俺は急いでエーレンフリートの言葉を正しておくことにした。
「俺の”料理の”な」
「そう! 君の料理は正に快感だ! あの夜僕は君によって新たな扉が開いたよ!」
・・・コイツはもうダメだ。
俺は助けを求めるようにティルシア達の方に振り返ったが、二人は満足そうにウンウンと頷くばかりで何の助けにならない。
このポンコツ獣人コンビめ。
コイツはエーレンフリート。こう見えてこの町の大手クランの一角、クラン・フェスタビンドゥンのリーダーだ。
三十歳前後の優男だが階位は6と、身体能力の階位5のティルシアをも上回っている。
とはいえこの町には階位6のダンジョン夫が何人もいるため、コイツでも最強という訳ではないのが驚きだ。
そう、小さな暴君としてスタウヴェンのダンジョン協会に君臨しているティルシアも、ここではそれなりの高階位に過ぎないのだ。
ダンジョンの規模が違うと、集まる奴らの桁も違うという事なのだろう。
ちなみに何で俺がそんな重要人物に名前を覚えられているのかと言うと、先週クラン・荒野の風で大手クランの会合が開かれた時、俺の作ったスープカレーが出されて非常に好評を博したからだ。
いや、マジで「このスープを作った料理人を呼んでくれ!」なんて言うヤツがいるとは思わなかったよ。まあ、言ったのはコイツなんだが。
要はそれほど俺の作ったスープカレーがコイツにとって衝撃的だったんだろう。
それ以来、俺の元にはクラン・フェスタビンドゥンからのクラン入りの誘いがしつこく来るようになってしまった。
気に入ってもらえた所に悪いんだが、俺はマルティンの仕事で来ているのでクランを移る訳にはいかないのだ。
心苦しいが俺は何度も誘いを断る事になってしまっている。
「何やら騒々しいと思えばエーレンフリートじゃないですか」
「おや、ケヴィンかい。三大クランのうち二つのクランリーダーがこんな場所で顔を合わせるとは珍しい」
太い声が響き、俺は僅かに緊張した。
現れたのは五十がらみの禿頭の男。
クラン・荒野の風、リーダーのケヴィン。
ボスマン商会を裏切っていると疑惑のある男だ。




