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その6 若き商人マルティン・ボスマン

 ダンジョンもいよいよ深層になる7階層。

 俺は慎重に足を進めた。

 深層の主なモンスターは、幽霊のようなモンスターだ。

 音もなく飛んでくるだけではなく、たまに壁をすり抜けて出てくることもある。

 正直言って俺はこういうビックリさせる系のモンスターは苦手だ。

 まあ、あまり好きな人はいないだろうが。


 フワリ


 通路を白い煙のようなモノが漂って来た。

 コイツの名前は見たまんま、”白い亡霊”。

 白い亡霊共は俺にまとわりつくと手に持った鎌で攻撃して来た。

 奴隷のウサギ獣人、ティルシアが警戒した表情を浮かべる。

 まあ、それもやむを得まい、白い亡霊はこんなフワフワとした頼りない見た目に反してかなりヤバいモンスターなのだ。


 コイツが恐れられているのは、その鎌による攻撃が防具を貫通してくることだ。

 いくら階位(レベル)が高くても防具も無しでモンスターと戦う者はいない。

 深層に下りてくる者ならそれなりの防具に身を包んでいるのだ。

 それが全く役に立たないというのだから、あまりな話じゃないか。

 もしこれがゲームだったら炎上確定だろう。


 俺は白い亡霊共のど真ん中を突っ切るように移動。

 移動しつつナタを振り回し、あっという間に亡霊共を蹴散らしてしまう。


「なっ・・・。」


 ティルシアが驚愕に目を見開いた。

 だが、俺からしてみればなんということはない。

 白い亡霊は防具無効の攻撃を仕掛けてくるが、本体のスペック自体は決して高くはない。

 有名な「当たらなければどうということはない。」というヤツだ。

 仮に当たったとしても、それはそれで、やはりどうということはないだが。



 そんな感じで俺は亡霊共の相手をしながらこの階層を行く。

 ティルシアは通路の分岐点で立ち止まっては、ウサ耳をピクピクと動かす。

 あの耳で音を拾っているわけではなく、集中すると無意識に動いてしまうようだ。

 そろそろ崖下に着いてしまいそうなんだが、今のところマルティンの反応は無いようだ。


「!」


 反応は突然だった。

 ティルシアはその場で立ち止まると横道を指差した。


「コッチです! 間違いありません!」


 そう叫ぶと俺の返事も待たずに走り出す。


 本当にそっちなのか?


 俺は地図を思い浮かべた。

 特徴的な地形だったのでたまたま覚えていたのだ。


「なるほど、そうきたか。ある意味上手いな。」


 俺は感心しながらもティルシアを追う。

 早く追いついてやらねば危険だからな。




 いきり立つウサギの首根っこを掴んで持ち運び、俺は目的地にたどり着いた。


「ここは・・・。」


 やはりな。離れていても亡霊共がビッシリと群がっているのが分かる。

 ゲーム風に言うとそこは”モンスターハウス”だった。


 ダンジョンの袋小路にそれなりのスペースがあると、そこにモンスターが吹き溜まることがある。

 この世界では知られていないことだが、モンスターはダンジョン内のマナが凝縮して発生する魔法生物なのだ。

 ダンジョンの外だと大気が攪拌されて、マナがモンスターを生み出す臨界濃度に達しない。

 そのため、モンスターはダンジョンでしか生まれないのだ。


 先ほど説明したように、ダンジョンの袋小路にそれなりのスペースがあるとそこにマナが蓄積される。

 本来ならそこでモンスターが発生するのだが、空気の対流も少ない袋小路にはそのためのきっかけがない。

 そんな状態の部屋に人が入ることで、その刺激で一気にマナが凝縮、モンスターハウスが誕生するというわけだ。


 ネット動画でコーラが一瞬で凍るのを見たことのある人もいるだろう。

 あれは冷えたコーラが、本来であれば水が氷になる0度であるにもかかわらず、液体の状態を維持している「過冷却状態」になることで起こる。

 その状態から刺激を受けることでコーラは急速に固体化し、シャーベット状になるのだ。


「ご主人様!」


 ティルシアが叫ぶ。

 部屋の奥が薄く光っているのが分かる。

 その光の真ん中に座り、壁に背を預けているのは小柄な青年だ。

 そいつがティルシアの声に反応して顔を上げた。


「やあ、君たち。待ちわびたよ。」


 こ洒落た格好のこの男、見るからにいいとこのボンボンといった感じだ。

 だが、コイツの人のよさそうな見た目に騙されては泣きを見る。

 なにせ「交渉術」なんて、したたかなスキルを生やしているくらいだからな。



 俺はナタを抜いて部屋に飛び込んだ。

 ティルシアの声に反応した白い亡霊共が一斉にこっちを振り向いた。

 ちょっとしたホラー映画のような光景だ。


「オラァ!」


 俺は縦横無尽に走り回りながら、がむしゃらにナタを振るう。

 酷いやりようだが、なにせ狙う必要もないほど亡霊共で溢れかえっているのだ。

 このような力押ししかやりようがない。


 背後でティルシアの悲鳴が聞こえた。

 その途端、鋭い痛みが俺の背中に走る。

 反撃を喰らってしまったか・・・だが、今の俺には問題ない。

 俺は背中の痛みをこらえて振り向くと、背後の白い亡霊共をナタで切り裂いた。


 この部屋だけでどれだけの数がいるんだ?

 全く、この男もやっかいな場所に居座ってくれたもんだ。



 部屋の亡霊を一掃するのにさほど時間はかからなかった。

 そこそこダメージを負ってしまったが、まあこの程度であれば大丈夫だ。

 ティルシアの化け物を見るような目は気になるが。


 俺は呼吸を整えると男の前に立った。

 安全地帯のスクロールが作る光の輪の先、男は見えているのか見えていないのか分からない細い目で俺を見上げる。

 張りつめていた気が緩んだのか、少し肩が震えているようだ。


「あの時の借りを返しに来た。」

「いきなりそれかい? もっと再会を喜ぼうよ。」


 会ったのは数年前だが全然印象は変わっていない。

 ボスマン商会躍進の若き立役者、マルティン・ボスマンは人の好さそうな笑みを浮かべた。




「お待たせして申し訳ありませんでした。」

「いいや、助かったよ。 流石に意識がもうろうとしていたからね。」


 マルティンがティルシアから水を受け取りながら答えた。

 自前の水筒はとっくに空になっていたようだ。嬉しそうに喉を鳴らして飲んでいる。

 しかしこの二人、この再開に感極まって抱き合うとかするかと思っていたが、意外と反応が淡白だ。

 主人と奴隷というのは案外こういう関係なのだろうか?



 とりあえず部屋を出て、階段を目指して歩きながらマルティンから詳しい事情を聞いた。

 というか、ぶっちゃけあの部屋は匂ったのだ。

 まあ、マルティンは丸一日あそこから動くことができなかったんだからな。

 人間、食べ物は食べなくても、出すものは出すのだ。


 3階層で代官の付けた護衛に突然襲われたマルティンは、咄嗟に崖から飛び降りたのだそうだ。

 突き落とされたか、飛び降りたか、そのどちらかだとは思っていたが、やはり自分から飛び降りたのか。代官の行動からそうじゃないかと思っていたが。


 マルティンは深層で無事着地すると、追手を避けるためにとりあえずその場から移動することにした。

 その時たまたまモンスターハウスになりそうな、マナの吹き溜まりを発見したのだ。


 マルティンは故意にモンスターハウスを作り、その中に安全地帯を作ると、そこに留まることで追手を撒くことにした。


 先ほども説明したが、白い亡霊は防具無効の攻撃をしてくるやっかいなモンスターだ。

 そんなものがうじゃうじゃいる部屋には普通入ってくることは出来ない。

 当然自分もその場から一歩も動くことができなくなるが、少なくとも代官の護衛にやられることだけはなくなる。

 実際は代官の護衛は深層まで追わなかったようだが、咄嗟の判断としては悪くないだろう。

 もちろん、その後どうするのか、という問題が生まれるのだが、まずは生き残らなければ話にならない。

 実際こうして無事に助けられているしな。




 行きに間引いていたためか、帰りは白い亡霊共は姿を見せなかった。

 しばらくすれば、どこからともなく補充されるんだろうが。

 そうしてしばらく歩くと、中層に上る階段が見えて来た。

 白い亡霊の不意打ちに備えて、ここまでティルシアにはマルティンの護衛をさせてきた。

 しかし、この先は俺一人でも問題ないだろう。


 ・・・ここで殺るか。


 ティルシアは俺の秘密を知りすぎた、生かしておくには危険すぎる。

 マルティンにばらされる前にその口を封じなければならない。


 ティルシア、約束通りその命をもらうぞ。




 俺はその場に立ち止まると、後ろの二人に声をかけた。


「マルティン、その先の階段まで先に行ってくれ。ティルシアは少し話がある、かまわないよな?」


 俺はなるべく当たり前の会話に聞こえるよう、慎重に言葉を選んで話しかけた。


「何でしょうか?」


 ティルシアが足を止める。

 俺は隣の通路を顎で示した。


「向こうで話そう。」


 そのまま相手の返事を待たずに歩き始める。

 ここで相手に主導権を渡してはいけない。

 変にここで立ち止まって会話を続ければ相手に警戒心が芽生えかねないからだ。

 自然にこちらに従う流れを作る必要がある。


 今日一日の行動で、俺に付いてくることに慣れていたのだろう。

 特に警戒心もなく、ティルシアが俺に続こうとする。

 ここまでは予定通りだ。

次回「借りと貸し」

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もしもこの小説が気に入って貰えたなら、私の書いた他の小説もいかがでしょうか?

 

 『戦闘機に生まれ変わった僕はお嬢様を乗せ異世界の空を飛ぶ』

 『私はメス豚に転生しました』

― 新着の感想 ―
[一言] 原子が固定化して物体になる様にマナが濃縮して物体になるって設定は良いですよね、マナに依存するからダンジョンの外では生きる事が出来ないって設定にも生かしやすいですし
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