プロローグ 見知らぬダンジョンで
前回の更新の最後に「もうしばらくお待ちください」と書きましたが、続きが書きたくなったので書いてしまいました。
その植物の群生地を目にした時、俺は思わず小躍りしたくなった。
思っていたより上物じゃないか。まさかこれほどとは。
こんな良質な群生地がありながら、どうしてこの町の店にはあんな粗末な品しか置いていないんだ?
俺はついつい浮かんでくる笑みを抑えながら、別の場所を探しているネコ科獣人の少女を呼んだ。
「シャルロッテ! こっちだ! 見つけたぞ!」
俺の呼び声にやって来たのは、頭にフサフサとした耳を生やした高校生くらいの少女。
チーム・ローグの仲間、シャルロッテだ。
「それがかい? そこらに生えている草と変わらないじゃないか?」
「何を言っているんだ、葉っぱの形が全然違うだろうが。それよりこの部分をよく見ろ。隣のヤツよりホラ、若干色が薄いだろう? この新芽が良いスパイスになるんだ」
シャルロッテは俺の説明に眉間に皺を寄せて唸った。
「大して変わらないじゃないか」
「・・・全然違うだろう」
俺はため息をつくと見つけたスパイスをハサミで切り取った。
ちなみにハサミと言っても、文房具屋で良く見るタイプでの物ではなく、裁縫に使われるようないわゆる和鋏と呼ばれるU字形の物だ。
「こうやって根元をハサミで切るんだ。手でむしったりするなよ。傷が付いたり潰れたりしたらそこから風味が落ちるからな」
俺の指摘に呆れ顔を浮かべるシャルロッテ。
大方俺が細かすぎるとでも思っているんだろう。
わざわざこうして仕事のやり方を教えてやっているのになんて態度だ。
「・・・ティルシアだってやっている事なんだがな」
「姉さんが? わ・・・分かったよ」
シャルロッテは俺がティルシアの名前を出すと途端に大人しくなった。
どうやら以前シャルロッテはティルシアに勝負を挑んで負けたらしく、それ以来彼女はティルシアに対しては従順になっているのだ。
ティルシアが言うには、獣人は種族本能的にこういった格付けに逆らえないらしい。
俺は近くに生えていたスパイスの新芽を採ると、小袋にしまって立ち上がった。
「次はどっちに行くんだ?」
「え~と、あ、あれ? 今は何処にいるんだったか・・・」
俺の質問にシャルロッテはダンジョンの地図を広げて四苦八苦している。
というかまだ地図の上下も分からないのか?
「いくらなんでもそれくらいは分かるよ! 進行方向に合わせて地図を動かしていたら、どっちに向かっているのか分からなくなったんだよ!」
「そこは慣れろとしか言いようがないな。地図に頼り過ぎるからいけないんじゃないか? 俺は常に方角を意識していて、時々地図と照らし合わせる事で補正するようにしているぞ」
「・・・やってみるよ」
俺はシャルロッテから地図を受け取ると現在位置を確認した。
シャルロッテは最近ダンジョン協会に登録したばかりの新人だ。階位は3と、新人にしては中々の身体能力だが、ダンジョン夫の仕事は腕っぷしだけでは務まらない。
俺は今日、香辛料の採取をしながら、シャルロッテにダンジョン夫の仕事を教えている所だった。
俺は見慣れないダンジョンの地図に目を落とした。
とはいえ俺もここは初めてのダンジョンだからな。のん気に人に教えてばかりもいられない。
ここはシュミーデルの町のダンジョン。
俺は先週からこの町の大手クラン・荒野の風に所属しているのだ。
半月ほど前の事になるが、ティルシアはシャルロッテを連れて王都へ向かった。
マルティンが念のため自分のスキル”鑑定”でシャルロッテを観ておきたいと言い出したのだ。
10日ほどしてティルシアは予定通りに戻って来たが、そこには一緒に行ったはずのシャルロッテの姿は無かった。
ティルシアの話によると、マルティンからの依頼で調査のために他の町に向かったのだという。
(『ミニシリーズ ダンジョン協会職員ヨハンナ』より)
このシュミーデルの町のダンジョンは地下50階。
帝国の中でも指折りの大型ダンジョンなんだそうだ。
・・・地下50階は大型ダンジョンになるんだな。
実は俺達の町、スタウヴェンの町のダンジョンだが、現在は地下50階まで拡張されている。
これも全て俺がダンジョンの奥にいる原初の神に貢いだせいなんだが、まあそこはいい。
ここで問題なのは、町の人間が地下9階だと思っているダンジョンが、本当は地下50階まである大型ダンジョンになっているという点だ。
しかも今後さらに階層が増える事が予定されている。
もしこの事実が発覚した時、町は一体どうなってしまうのだろうか・・・
まあ、一先ず今はその話は止そう。
説明を続けると、マルティンの依頼とは、このシュミーデルの町のダンジョンにおける大手クラン・荒野の風の内部調査だったのだ。
クランとはダンジョン夫が作るチームが大きくなった物で、クランメンバーは何十人にも達するという。
荒野の風はその中でも屈指の大型クランで、事務員を含めれば構成メンバーは百人を超えるんだそうだ。
ちなみにこの町にはそんな大型クランが後二つもあるというのだから驚きだ。
俺達の住んでいたスタウヴェンの町のダンジョン協会がいかに小規模だったか分かるというものだ。
マルティンのボスマン商会は近年このシュミーデルのダンジョンに莫大な投資をしているらしい。
逆に言えばここがコケればボスマン商会の屋台骨が揺らぎかねない。
そのためボスマン商会は二重三重に保険を打っているのだが、その一つがクラン・荒野の風という訳だ。
最近マルティンの耳に、この荒野の風のクランリーダーに造反の疑いがあるとの情報が入った。
仮にそこまでいかなくとも何か秘密にしている事があるらしい。
そこでマルティンは、丁度王都にやって来たティルシア達にクランの内部調査を依頼したのだ。
そこまではまあいいとしよう。ティルシアは元々ボスマン商会の雇われだし、シャルロッテは所属してた暗殺者集団が壊滅して今は行く当ての無い身だからな。
だがなんで、そこに俺まで参加しなきゃいけないんだ?
結局俺はティルシアの説得に折れて調査メンバーに加わる事になった。
俺にとっても、今ボスマン商会に傾いてもらう訳にはいかなかったし、個人的にも最近少し町に居辛い事情があったからだ。
どうして俺はあの時迷宮騎士なんて名乗ってしまったんだろうな・・・
沈み込む俺をティルシアは不思議そうに見ていた。
「採取ですかご苦労様です。あ、なんだシャルロッテじゃない。あなたこんな所で何しているの?」
男女二人組のダンジョン夫が近付いてくると俺達に声をかけてきた。
お揃いの黄色のジャケットを着ている事からクラン・荒野の風のメンバーだと分かる。
つまり俺達の同僚だ。
女の方はシャルロッテの顔を知っているようだ。まあシャルロッテは俺達より先にこの町に来ていたからな。
何となく見覚えがあるような気もするが、流石に名前までは思い出せない。
仕方が無いだろう? クラン・荒野の風にはダンジョン夫だけで何十人も所属しているんだぞ。
「今日はハルトの手伝いで香辛料の採取だ」
「ハルト?」
胸を張って答えるシャルロッテだが、違うだろうが。
俺の方が、お前がダンジョン夫としての仕事を覚えるための手伝いをしてやっているんだよ。
訝し気な表情を浮かべて俺を見つめる女。
青色の髪の切れ長の目の女だ。まだ若い。二十歳くらいだろうか?
何はともあれ現在の俺は荒野の風のメンバーだ。俺は女に軽く会釈をしておいた。
「そう。シャルロッテならこの辺のモンスターを相手にしても一人でどうとでもなるだろうけど、まだこのダンジョンに慣れていないんだから無理はしないようにね?」
「いやいや。シャルロッテの場合はモンスターより道に迷う方が危険なんじゃないか? 最初にダンジョンに入った日なんか――」
「だ、大丈夫だ! 今日はハルトもいるし! 心配いらないから!」
慌てて男の言葉を遮るシャルロッテ。
コイツ、すでに一回迷子になってたんだな。
俺はこの会話が終わった後、もう一度シャルロッテに地図の見方を教える事を心に決めた。
二人組は少しシャルロッテと言葉を交わすとこの場を去って行った。
去り際に女が俺の方を一度チラリと見たが、特に何も言わなかった。
二人の姿がダンジョンの奥に消えると、シャルロッテは荷物を担ぎながら俺に言った。
「さあ、次の採取ポイントに行こう」
「その前にお前はもう一度地図を開くんだ」
俺の言葉に情けない表情を浮かべるシャルロッテ。
その姿に少しだけ罪悪感が湧いたが、だからと言ってここで甘い顔を見せる訳にはいかない。
ダンジョンの中で自分の位置を見失う事は文字通り死活問題だからだ。
「わ・・・分かっているよ」
相変わらず地図をグルグルと回しながら考え込むシャルロッテを見守りながら、俺は頭の片隅でさっきの二人組の事を考えていた。
あれがダンジョン警察か。
そう。このシュミーデルのダンジョンでマルティンが作ったシステム。
クラン・荒野の風が行うダンジョン内の治安維持のための巡視システム、それがダンジョン警察なのだ。
なぜ「警察」かと言うと、命名したのが日本人転生者のマルティンだからだ。
実際の所は「警察」というより「自警団」なのだが、アイツの中のイメージでは警察だったんだろう。
どの道、この異世界フォスには「警察」なんて存在しないので何の問題も無いしな。
「分かった! ここだ!」
「そうだ、正解だ。じゃあ次の採取ポイントにはどう行けばいいのか教えてくれ」
嬉しそうな表情から一転、絶望の淵に突き落とされたような表情を浮かべるシャルロッテ。頭の耳もペタンと倒れている。
お前どれだけ地図を見るのが苦手なんだよ。
書き溜めの関係もあって、第四章は二日に一度、更新予定とさせて頂きます。
「二日に一度の更新よりは、一月くらい空けてでも毎日更新の方が良い」という意見がありましたら、今日の更新は一旦削除して、来月(来年)以降に改めて更新したいと思います。