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エピローグ 後日談

 その日俺はダンジョン協会で依頼表を見ながら適当な仕事を探していた。

 元気な女の声に目をやると、ティルシアの知り合いの職員がカウンターの男と話しているのが見えた。


 確かヨハンナだったか。


 カウンターの男は・・・なんて名前だったかな? ここまで出かかっているんだが・・・

 まあいい。また今度ティルシアにでも聞いておこう。


 ヨハンナはいつものように元気いっぱいに見える。

 例の事件の後はしばらく沈み込んでいたからな。ようやく彼女の中で何か折り合いが付いたんだろう。

 俺は二人から目を離すと再び依頼表に向き合った。




 先週、俺が協会で地図作りの緊急依頼の説明を受けた日の事。


 俺は協会を出た所で愛用の背負い袋を置き忘れていた事に気が付いた。

 急いで取りに戻った俺は、そこで赤毛の若いダンジョン夫達がヨハンナを見ながら卑猥な雑談をしているのを聞いてしまった。


 いや、それは雑談では無く彼女をレイプするための打ち合わせだった。


 正直関わり合いになるのは面倒だったが、ヨハンナはティルシアが仲良くしている職員だ。後でティルシアが知ればきっと彼女は悲しむだろう。

 ――なぜその時俺がそう思ったのかは分からない。

 俺はこの世界の人間が殺されようがレイプされようが、それを知ったヤツが悲しもうが怒ろうが知った事じゃないはずだ。

 いや、ティルシアはチームの仲間だ。彼女のコンディションが悪くなるような事は避けた方が良いに決まっている。

 それに同じ家に一緒に住んでいる相手が沈み込んでいては俺も気が休まらないからな。


 仕方が無い。何とかするか。


 とはいえ俺が前面に出るのはもちろん論外だ。

 どこから俺のスキルの秘密が――弱点がバレるか分からないからだ。

 こんな時にティルシアがいないなんて全くツイてない。

 せめてシャルロッテがいてくれたら助かるんだが。


 無い物ねだりをしていても仕方が無い。俺は一晩考えた末に、自分の正体を隠すために家の倉庫に死蔵してあるミスリル製の装備で全身を覆う事にした。

 流石に総ミスリル装備はやりすぎかとも思ったが、手ごろな装備がこれしかなかったのだ。

 それに全身を高価なミスリルで固めれば、まさか中身を俺と結びつけて考えるヤツはいないだろう。



 結果として俺の考えは上手くいった。

 誰も鎧男の正体が俺だとは思わなかったようだ。

 赤毛共が俺の想像以上のクズだったのは予想外だったが。


 あんなヤツらを見ると、この町のダンジョン夫共は、まだマシな部類のクズなんじゃないかと思えてくる。だとしても俺のアイツらに対する評価が上がる事は絶対に無いのだが。


 そういえばクズ共は未だに1階層で俺を捜し回っているらしい。

 ミスリル製の装備に欲に目がくらんでしまったようだ。やっぱりアイツらはクズだな。

 アイツらが無駄骨を折っている姿は滑稽でむしろ痛快だが、ダンジョン協会で「迷宮騎士(ダンジョンナイト)」の名前を連呼されるのは正直こたえる。というかイラつく。

 どうして俺はあの時迷宮騎士(ダンジョンナイト)なんて馬鹿な名前を名乗ってしまったんだろうか。

 赤毛が何を言おうが無視しておけば良かったんだ。失敗だ。


 失敗と言えば、ヨハンナに俺の奥の手を見せてしまったのも失敗だ。

 いや、彼女は何が起こっているのか分かっていなかった。だから俺のやった事を直接見てはいないはずだ。

 問題は無いだろう。


 それでも最後に一瞬「やはり殺しておくべきでは」との迷いが出たが、そもそも助けに来ておいて自分でその相手を殺してしまっては何をしに来たのか分からなくなる。

 赤毛のクズ共の息の根はキッチリ止めておいたので、今回はそれで十分としよう。




 俺の奥の手。それは指ぬきのような幅広の金属製の指輪だ。

 この指輪には火の魔法陣が彫られていて、魔力を流すだけで魔法を行使することが出来るのだ。


 この指輪がどれほど規格外な物か分かるだろうか?

 この世界でも人間は魔法を使う事は出来ない。

 人間が魔法を使うためには、ダンジョンで見付かる魔法を封じたスクロールを使うしかないのだ。

 スクロールは魔力を流すだけで誰でも魔法が使える優れものだが、一回限りの使い切りで、使用したスクロールからは魔法陣が消えてただの紙になってしまう。


 俺の使った指輪はその使用回数の制限を取っ払ったモノだ。

 本人の魔力が続く限り無制限に、そして何度でも魔法が使える。この説明でこの指輪がいかに破格な性能か分かるだろう。

 他のヤツらは高価なスクロールを使って――言い換えれば金をばら撒きながら魔法を使っているのに対し、俺は指輪を使ってタダで魔法を行使するのだ。

 しかもいちいちスクロールを取り出して広げる必要もない。

 戦闘中にこのアドバンテージは絶大だ。

 多分こいつは国の宝物庫に収められるべきシロモノだろう。誰かに見られればトラブルの元になるのは間違いない。


 そして俺が隠し持っている装備はこれ一つじゃない(・・・・・・・・)


 それらの装備は、日頃は家の倉庫の奥、装備品の棚で隠してあるアーティファクト製の扉の奥に保管してある。

 この秘密だけは絶対に誰にもーーティルシアにだって知られる訳にはいかない。

 今回はティルシア達の助けも無いうえに、ヨハンナを守る必要もあるという難易度の高い条件だったため、念には念を入れて持って行っていたのだ。


 とはいえ、まさか本当に使うはめになるとは思ってもいなかった。

 俺は自分の見通しの甘さにしばらくショックでへこんでしまったほどだ。


 ちなみに何にでも魔法陣を書き込めば魔法が発動するという訳では無いらしい。

 どうやらこの指輪は特に魔力に反応する特別な金属で作られているようだ。

 俺はこの金属の事をオリハルコンと呼んでいる。




「あ! ティルシアさん! 帰って来ていたんですね!」

「ああ、ついさっきな。それより・・・おっ、やはりハルトはここにいたか」


 依頼表を見上げながら自分の考えにふけっていた俺は、ヨハンナ達の声にハッと我に返った。

 振り返った俺の目にはヨハンナと、俺を見付けてこちらに歩いて来るウサギ耳の中学生くらいの少女の姿が映った。


「町に戻っていたのかティルシア。わざわざ協会まで来なくても家で待っていれば良かったのに」

「いや、まだ家には戻っていない。直接ここに来たのだ」


 そういえばティルシアは背中に大きな荷物を背負っている。本当に家に寄らずにここに来たみたいだな。

 ティルシアはこの10日ばかりシャルロッテを連れて王都のマルティンの所まで行っていた。

 マルティンが自分のスキル・鑑定でシャルロッテを観ておきたいと言い出したからだ。


「シャルロッテはどうした? 一緒じゃないのか?」

「ああ。その事でお前に話があるんだ」


 ヨハンナはいつの間にかいなくなっていた。空気を読んで仕事に戻ったんだろう。

 後で一言詫びといた方が良いかもな。

 俺はティルシアを促すと近くのテーブルに座った。




「最初に言っておくがお前が心配するような事は何も無かったぞ。マルティン様の”鑑定”でもシャルロッテには何の問題もなかった」


 ティルシアの言葉に俺はホッと胸をなでおろした。そしてその事に自分でもショックを受けた。

 俺がこの世界の女の心配をするようになるとは・・・


「ハルト?」

「あ、いや、何でもない。それでどうしたんだ?」

「ああ、マルティン様から依頼があってな。シャルロッテには先に現場に向かってもらったんだ」


 どうもティルシアの話はあちこちに飛ぶので少し分かり辛い。こっちでちょっと整理するか。


 先ず、シャルロッテを伴ったティルシアは、王都にあるマルティンの商会――ボスマン商会の本店に着いた。

 そこでマルティンはあいつのチートスキル・鑑定でシャルロッテを観て、何の問題も無いと太鼓判を押した。


 ここまでは確かに事前に通してあった話の通りだ。しかし、ここから事情が変わったのだという。


「ボスマン商会がスポンサーになっている大手クランが、マルティン様を密かに裏切っているという疑惑があるそうだ」


 クランというのは俺達ダンジョン夫が作るチームの大きなヤツの事だ。

 呼び分けに厳密な基準は無く、チームが大きくなってくると勝手にクランと呼び始めるんだそうだ。案外いい加減なんだな。

 ボスマン商会はこの数年、とあるクランと協力関係にあるらしいが、どうやら最近そこのリーダーに裏切りの嫌疑が掛けられているそうなのだ。

 このクランの裏切りはボスマン商会にとってちょっとヤバい事らしい。


「裏切っていないにしても、何か隠しているのは間違いないそうだ。」

「ふうん」


 普通なら大問題なのかもしれない。しかしボスマン商会――マルティンに限ってはそうとは思えない。


「マルティンのスキルで観れば一発で分かるんじゃないか?」

「ハルトも知っていると思うが、スキルというのは万能じゃないからな」


 スキルというのは基本的には本人の能力を底上げするものだ。

 マルティンの”鑑定”なんかは、人間の能力のどこを底上げすればそうなるんだ、ってレベルのチート能力だが、一応、第六感とかそういったものを強化している事になるらしい。

 そのクランのリーダーはマルティンの”鑑定”と相性の悪いスキルを持っているんだそうだ。


「リーダーの持っているスキルは”見切り”だ」


 ”見切り”は基本的には剣術のスキルだが、相手の間合いを外して自分の間合いに引き込む能力でもあるそうだ。

 マルティンが”鑑定”でリーダーを観ようとしても、リーダーはマルティンのスキルの発動を感じて無意識に”見切り”で間合いを外してしまうので、上手く観る事が出来ないらしい。

 あいつの”鑑定”にもそんな苦手相手がいるんだな。


「もちろんリーダーに協力してもらえれば話は別なんだろうが、マルティン様は”鑑定”のスキルを秘密にしているからな」


 当然だ。誰だって他人のスキルでのぞき見されたくはない。

 そしてもし本当に、リーダーがボスマン商会を裏切っているのなら、協力を求めても何らかの理由を付けて”鑑定”を受けないだろう。むしろ逆にマルティンのスキルの情報をネタに脅しをかけてくるかもしれない。


「話は分かった。で、それがどうしてシャルロッテの話に繋がるんだ?」

「マルティン様は我々に潜入捜査を依頼して来たんだ。クランの内部に入って外からではなく、中から情報を集めて来るように要請して来たんだ」


 何というか・・・まるでスパイ映画だな。

 まあ日本人転生者のマルティンらしい発想でもあるか。

 しかし、我々という事はティルシアもか。だったらこうして町に戻って来ていていいんだろうか。俺に連絡するだけなら手紙でも十分だろうに。


 ティルシアは俺の発言に呆れ顔になった。


「何を言っているんだ、ハルト。お前も行くんだよ」


 俺は一瞬何を言われたのか分からなかった。


「はあっ?! 俺も?!」



 この後俺はティルシアと色々と揉めた末、結局マルティンの依頼を受ける事になった。

 正直全く気乗りはしなかったが、俺としても今、ボスマン商会に傾いてもらっては困るからだ。


 こうして俺はマルティンの依頼で大手クランの潜入捜査に向かう事になったのだ。

 この世界に転移して以来、初めて他の町に行くのだが、まさかこんな理由で町の外に出る事になるとは思わなかった。

今回の番外編は、ハルトが一人で戦う話はどうだろうか、と思った事から始まりました。

けど、やっぱりハルト一人の話を長く続けるのは重いんじゃないかと思い、短い話で切り上げる事にしました。

その結果としてこういう形になりましたが、いかがだったでしょうか?


次の「第五章」は今回の話の続き、ハルト達が他の町の大手クランに入って潜入調査をする話になります。

もうしばらくお待ちください。


楽しんで頂けた方はどうか評価をよろしくお願いします。

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