その4 ダンジョン協会職員ヨハンナ 迷宮騎士
◇◇◇◇ダンジョン協会職員ヨハンナの主観◇◇◇◇
私の腕を掴んでいた赤毛の男の人は、みんなから十分に距離を置いたのを確認すると私を乱暴に突き飛ばしました。
「痛っ! 何をするん――」
パアン!
私は自分の頬を張られた痛みにショックを受けてしまいました。
赤毛の人は私を見下ろしながら例の下卑な笑みを浮かべていました。
「ギャンギャンうっせーんだよ。こんなポイントにもならねえチンケな仕事、追加ボーナスでもなきゃやってられるかっつーの」
いつの間にか彼の仲間達が私の周りを取り囲んでいました。
私は慌てて辺りに視線を彷徨わせますが、周囲には私を助けてくれる人は見当たりません。
彼らは三人でジャンケンをすると勝った一人が赤毛に声を掛けました。
「オイもういいから早くヤッちまえよ。次俺の番なんだからよ」
「ああ、分かった分かった。ホラいつまでも頬を押さえてないで早く股を開けよコラ」
何という事でしょう。彼らは私を乱暴する順番を決めるためにジャンケンをしていたんです。
頬の痛みと恐怖心と屈辱に私の目に涙がにじみました。
おぞましい順番が最後まで決まると男達が私にのしかかって来ました。
私は泣き叫びながら狂ったように暴れましたが、階位の違う男達にかなう訳も無く、なすすべもなく身動き一つ出来ないほど拘束されてしまいました。
「キャアアア!」
「ギャアギャアうるせえ! ちっとは俺をおっ勃てるのに協力しやがれ!」
赤毛は私に怒鳴り付けると、手にしたナイフで私の上着を切り裂き始めました。
「どうせデ・ベール商会がダンジョンに”えれべーた”?を通したら、この町のダンジョン協会は用無しになっちまうんだ。今のうちに転職先を考えといたほうが賢いってもんだぜ」
「そーそー。ここで男を喜ばせるテクを覚えときゃ、引く手あまただぜ」
「ギャハハ! ちげえねえ! ダンジョンから生きて出られたらの話だけどな!」
勝手なことを言いながらはやし立てる男達。
ついに私の服が切り裂かれ、男達の目に私の胸が晒されようとしていたその時――
「全く。胸糞の悪い連中だ。」
低くくぐもった声がどこからともなく響いてきたのでした。
「ティルシアの知り合いだから仕方が無く来てみれば、まさか相手がこんな不愉快なヤツらだったとはな」
「誰だ!」
赤毛は手にしたナイフを投げ捨てると、素早く腰に佩いた剣を抜きました。
私を拘束していた男達も私を突き飛ばすとそれぞれの武器を手に構えます。
彼らが見つめる先。通路の奥から姿を現したのは、頭のてっぺんから足の先まで全身銀色の装備に身を包んだ男でした。
「ば・・・馬鹿な。冗談だろ? こんなのありえねーだろ」
赤毛が呆けたように呟きました。
私も自分の目を疑いました。
男は全身ミスリル製の防具に身を固めていたのでした。
私は、男は、と言いましたが、彼の顔はスリットの入った面頬で覆われていて、薄暗いダンジョンの中では顔は全く見えません。
それどころか若いのか年を取っているのかすら分かりませんでした。
というのも彼の体は一分の隙も無くミスリル製の装備で覆われていて、肌が露出している箇所が全く存在していなかったのです。
ただくぐもった低い声で、かろうじて彼が男の人だと分かっただけでした。
薄暗いダンジョンの中に全身を白く光らせる男の姿はどこか幻想的で、私は思わず夢の世界に迷い込んでしまったのではないかと錯覚してしまいそうになりました。
赤毛達も男の威容にのまれてしまったのでしょう。ゴクリと大きく喉を鳴らしました。
「オイオイ、お宝が自分の足で歩いてやって来やがったぜ」
違ったみたいです。どうやら男の装備のあまりの価値に言葉を失くしてしまっていただけのようでした。
でも確かに赤毛の言う事も分かります。
もしこの男の装備が全身金貨で出来ていたとしても、赤毛はこんなふうに熱に浮かされたような目で男を見る事は無かったでしょう。
ミスリル製の装備はダンジョンの中でしか見つかりません。
それらはアーティファクトと呼ばれていて、小さなナイフ一本でも大変な高値が付きます。
なぜなら現代の加工技術ではミスリルの装備を作る事が出来ないからです。
もしこの男の装備が全てオークションにでも出れば、国中の貴族達が大金を抱えてこぞって競り落とそうとするに違いありません。
赤毛もそんな光景を夢想したのでしょう。血走った目で男の事を見つめています。
おそらく彼の中では、既に男の体はバラバラにされて全身の装備が剥ぎ取られているのでしょう。
「テメエ何モンだ? この町のダンジョン夫じゃあねえな?」
「むっ。俺か? 俺は――」
そこで男は黙り込みました。
ダンジョンに一瞬沈黙が降りました。
「俺は迷宮騎士だ。」
「迷宮騎士だぁ?」
「はあ? 迷宮騎士?」
「迷宮騎士?」
「迷宮騎士だと?」
「迷宮騎士なんですか?」
「・・・次に迷宮騎士と言ったヤツから始末する。」
面頬で顔は見えませんが、迷宮騎士は赤面しているようです。
自分で名乗っておきながら、その名前で呼んだら殺すと理不尽な要求を突き付けて来ました。
「やれるもんならやってみろっつーの! クソ迷宮騎士が!」
男の一人が背後から迷宮騎士に切りつけました。
「馬鹿よせ! お宝を傷モノにする気か!」
赤毛が勝手なことを叫ぶ中、迷宮騎士は腰の剣を抜くと――もちろんその剣もミスリル製でした――男の剣を受け止めました。
「コイツ! 階位4はあるぞ!」
「チッ! 馬鹿が! ミスリル製の装備の適正レベルは4からだ。普通に考えてそいつは階位4はあると見るべきだろうが!」
迷宮騎士に危なげなく自分の剣を受け止められた事に驚く男と、苦々しく舌打ちをする赤毛。
「だが階位4相手なら俺達4人でかかれば楽勝だぜ!」
「ああ! こんなお宝、指をくわえてみすみす見逃す手はねえ!」
「迷宮騎士さん危ない!」
「くっ」
さらに二人の男が迷宮騎士に襲い掛かりました。
私の叫び声に反応して迷宮騎士がクルリと身をひるがえしました。
「なっ!」
「馬鹿! 邪魔だ!」
「うおっ!」
たったそれだけの動きで、さっきまで迷宮騎士と切り合っていた男が二人の前に倒れ込み、三人は団子になってもつれました。
「ヤベえ! 離れろ!」
赤毛の必死の叫びも時すでに遅し。
目にも止まらぬ速さで迷宮騎士が突き出した剣は男の一人の脇腹を貫いていたのです。
「ぐあっ! い・・・痛え・・・」
武器を落として脇腹を押さえてよろめく男。
傷口を押さえた手からダンジョンの床にポタポタと血が滴り落ちました。
「今日は1階層のスライムしか相手にしていないので、ギリギリ階位を4までしか上げられなかったが、まさかティルシアに無理矢理叩き込まれた剣術に助けられるとはな。世の中何が役に立つか分からないもんだ」
迷宮騎士はくぐもった声で何やらブツブツと呟いています。
そんな迷宮騎士に怒りに燃える赤毛が剣を叩きつけました。
「テメエ! よくも仲間をやりやがったな!」
次回「ダンジョン協会職員ヨハンナ 後始末」




