その2 ダンジョン協会職員ヨハンナ 説明会
◇◇◇◇ダンジョン協会職員ヨハンナの主観◇◇◇◇
翌日。昼になる少し前、ダンジョン協会の酒場には大勢のダンジョン夫達が詰めかけていました。
酒場に、といっても彼らは昼前から酒宴を開いている訳ではありません。
彼らはダンジョン協会が依頼した緊急依頼を受けて集まってくれた人達なのです。
私はカウンターに立つヤコーブスさんに近付いてコッソリ話しかけました。
「本当にヤコーブスさんの言った通り集まりましたね」
協会職員の中には強制依頼にするべきだという人もいましたが、結果として緊急依頼で十分な人数が集まったみたいです。
しかし、ヤコーブスさんは何故か難しい表情を浮かべています。
一体どうしたんでしょうか?
「あ、いや。俺の気のせいならいいんだが・・・」
「みなさん良く集まってくれた」
あ、ダンジョン協会の副会長さんがやって来ました。
私は慌ててヤコーブスさんから離れて先輩達の列に加わりました。
副会長さんは早速この場に集まったダンジョン夫達に向かって地図作りの説明を始めました。
みなさん意外と真剣に聞いている様子です。
ダンジョンの中はモンスターの徘徊する危険地帯とはいえ、今回の依頼は弱いモンスターしか現れない1階層の地図作りなので、もっといい加減な態度になるんじゃないかと思っていました。
「以上になる。何か質問は?」
「なあ、いいか?」
副会長さんの言葉に一人の若い赤毛のダンジョン夫が声を上げました。
あれは昨日ヤコーブスさんに絡んでいた他の町から来た4人組の人達です。結局この依頼を受ける事にしたんですね。
「この依頼を受ける事で俺達に入るポイントはいくらなんだ? まだそれを言ってねえぞ」
ポイント? 何の事でしょうか?
私は不思議に思いましたが、何人かのダンジョン夫達が彼の言葉に頷いています。
「チッ・・・」
カウンターからヤコーブスさんの舌打ちが聞こえました。
後でヤコーブスさんから聞いた話ですが、今の話に頷いていた人達はみんな最近登録されたばかりの、他の町からやって来たダンジョン夫ばかりだったんだそうです。
「この町のダンジョンではポイントは加算されない」
「マジかよ! んなのありえねーだろ! ダンジョンもショボけりゃ協会もショボイってか?! お前らもそう思うだろ?!」
赤毛の人は席を立つと大袈裟に騒ぎ立てて、周囲の同意を求めました。
一体彼は何を言っているんでしょうか? 私だけでは無く、この町のダンジョン夫の方達も不思議そうに彼の顔を眺めています。
自分の意見が思っていたよりも周囲の賛同を得られていない事に気が付いたのか、赤毛の人は「フン」と鼻を鳴らすと席に戻りました。
「一度やるっつーたからやってやるよ。マジありえねー」
「そうか」
憮然とする赤毛の人に対し、事務的に返す副会長さん。
そんな副会長さんの態度に赤毛の人は苦虫を嚙み潰したような顔になりました。
「では他の質問は? 無いようだな。では期限は今週いっぱい。報酬は出来上がりの地図の確認が済み次第、後日払うという事で。以上だ」
副会長さんが席を立つと、ダンジョン夫達もバラバラと席を立って酒場を出て行きました。
「あ。誰かが忘れ物をしてますね。」
酒場の片隅に素材の入った袋でしょうか? 使用感たっぷりのボロボロの袋が置いてありました。
多分さっき集まった人達の中の誰かが置き忘れていったものでしょう。
「ああ、そいつはハルトのだな。アイツがいつも使っているヤツだ。気が付けば取りに戻って来るだろうよ」
私の言葉が聞こえたみたいで、ヤコーブスさんがカウンターから私に声をかけてきました。
そういえばハルトさんも来ていましたね。存在が地味なので忘れていました。
良い機会です。みんなが仕事に戻る中、私はさっき感じた疑問をヤコーブスさんに聞いてみました。
「あの赤毛の人が言っていた”ポイント”って何の事だったんでしょうか?」
「ああ、あれか。俺もずっとこの町のダンジョン夫だったから、他所の町から来た仲間に聞いただけなんだが――」
ヤコーブスさんはそう前置きして私に教えてくれました。
ダンジョン協会では登録しているダンジョン夫に対して、協会に対する貢献度に応じてポイントを与えるんだそうです。
そのポイントによってダンジョン夫はA~Eまでの5段階のランク分けがされ、そのランクと本人の階位に応じて受注できる仕事内容や入れる階層が制限されるのだそうです。
さっきの男の人の反応からすると、普通は緊急依頼はポイントが高めに設定されるんでしょうね。
「そんな仕組みがあったんですね」
「大きなダンジョンを抱える協会だけだ。ウチみたいな小さなトコでやっても大して意味が無いからな」
ヤコーブスさんが言うには、大手の協会ではダンジョン夫達の作ったチームが登録されていて、メンバーの稼いだポイントがそのチームにも加算されるんだそうです。
チームの受けるメリットは所属するチームメンバーにも与えられるので、人気のあるチームはどんどん人が集まって大きくなって、何十人も抱える大所帯にまでなる事も珍しくないのだそうです。
「そこまでなってしまえば、ある意味チームというよりもダンジョン協会の子会社だな。”クラン”と呼ばれるそういったチームは、この酒場みたいな専用のクランハウスを持っていて、専用の事務員も雇っているそうだ」
「へえ~、凄いんですね」
ウチの協会が管理する小さなダンジョンでも、この町一つの経済を支えています。
ダンジョンが生み出す利益と言うのはそれほど巨大なものなのです。
私はその事実を改めて思い知りました。
さっきの男の人がこの町のダンジョンをショボイショボイと連呼していたのも、他所でそういう規模のダンジョン経済を見ていたからなんでしょうね。
だからといって、自分の働く職場を貶されたこっちとしては不愉快なんですけど。
私がそんなふうに内心の憤りを感じていると、先輩が私を見付けて声をかけてきました。
「ヨハンナ。ここにいたのか」
「あ! すみません。今戻ります!」
慌てる私を、先輩は手を上げて抑えました。
「いや、それよりさっきの地図作りの緊急依頼についてだが、俺達も彼らに付いて行く事になったから」
先輩の話によると、あの後副会長さんが、どうにも彼らを信用出来ない、と言い出したのだそうです。
私には真剣に話を聞いていたように思えましたが、副会長さん的には話していて彼らに伝わった気がしなかったらしいです。
そこで協会の職員が彼らと一緒にダンジョンに入って、分からない事があればその場で質問を受け付ける事になったんだそうです。
「仕事を増やしてくれてイヤになるよな。とはいえ不完全な地図を持ち込まれて後で苦労するのはこっちだし。こればっかりは仕方が無いか」
取り合えず協会からは一日二名ずつ。私は目の前の先輩と明日ダンジョンに入る番に決まったのだそうです。
私もダンジョンに入るんですか。
私はこの町の出身です。そんな私にとってダンジョンはあって当たり前の存在です。
とはいえ、まさか自分がダンジョンに入る日が来るとは思ってもいませんでした。
「1階層に出るモンスターならさほど危険は無いし、周囲にはダンジョン夫達もいるから大丈夫だよ」
先輩はそう言いますが、町娘の私にとってダンジョンは命にかかわる危険な場所というイメージはどうしても拭えません。
私は不安で胸が締め付けられそうになりました。
その時、私はふと粘つくような視線を感じて振り返りました。
そこにいたのは例の4人組。赤毛のダンジョン夫とそのチームメンバーの人達でした。
彼らは私と視線が合うとニヤリと下卑た笑みを浮かべました。
私は思わず身の危険を感じて背筋に寒気が走りました。
「どうしたんだ?」
「あ、いえ」
私の様子がおかしな事に気が付いた先輩が、心配そうに声をかけてきました。
再び私が4人組の方を窺うと、既に彼らの姿はありませんでした。
さっき感じたあの感覚は私の気のせいでしょうか?
ダンジョンに対する恐怖心が彼らの視線に過剰に反応してしまっただけなのかもしれません。
しかし、私は彼らの”まるで獲物を見るような目”が脳裏にこびり付いて離れませんでした。
「ヨハンナ! どこにいる!」
「あ! ハイ! 今行きます!」
別の先輩が私を捜している声がしました。
いけない。少し長話が過ぎたようです。
私は頭を振ってイヤな気持ちを切り替えると、事務所のある倉庫に向かって駆け出しました。
そんな私の後ろでヤコーブスさんが「あれ? ハルトの忘れていった荷袋が無いぞ。アイツいつの間に取りに戻ってたんだ?」と、不思議そうに呟いていました。
次回「ダンジョン協会職員ヨハンナ ダンジョン」