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プロローグ ダンジョン協会職員ヨハンナ

◇◇◇◇ダンジョン協会職員ヨハンナの主観◇◇◇◇


「ヨハンナ、買い取り表のチェックを頼む!」

「ヨハンナ、倉庫の鍵をどこに置いた?!」

「ヨハンナ、注文票がカウンターに届いていないぞ!」


「あ、ハイ! 今やってます!」


 私は先輩職員達に命じられた仕事を抱えて独楽ネズミのように働きます。

 ここはダンジョン協会。

 私、ヨハンナは今年協会職員になったばかりの新人なのです。


「ヨハンナ」

「だから今やって・・・あ、ティルシアさん!」


 私が注文票を抱えて倉庫を飛び出すと、頭にウサギ耳の副耳(ふくじ)を生やした少女にバッタリ出会いました。

 彼女は獣人女性のティルシアさん。

 一見私の弟くらいの年齢に見えますが、実は私より一つ年上のすご腕ダンジョン夫なのです。


 ダンジョン夫の人達はみんないかつくて(・・・・・)怖い方達ばかりなのですが、ティルシアさんは可愛くて優しくて、それでいてダンジョン夫の誰よりも階位(レベル)が高くて周囲に一目置かれているという、ある意味私の理想を絵に描いたような女性なのです。

 最初は獣人ということで少し気後れもありましたが、同じ女性という事で何度か話をする機会があって、今ではすっかり仲良くさせてもらっています。


「残念ながら今はチーム・ローグにおすすめ出来る依頼は入っていませんよ」

「ああいや、今日は仕事の話じゃないんだ」


 ティルシアさんは古株のダンジョン夫の方と一緒に仕事をしています。

 最近そこにネコ科の獣人女性が加わり、今では三人で”チーム・ローグ”という名で仕事をしているのです。


 ダンジョン夫の方達は普通こうやって何人かで組んで仕事をしていますが、自分達のチームに名前を付けている人はティルシアさん達の他にはいません。

 なんだか珍しいですね、と、先輩職員の方に言ったら、他所の町のダンジョン夫の間では割と普通の事だと教えられました。


 このスタウヴェンの町のダンジョンは階層も少なく規模も小さいため、協会も小規模だし所属するダンジョン夫も小人数です。しかし、大型のダンジョンを所有する町の大きな協会では、ダンジョン夫の数も桁違いに多いため、自分達のチームに名前を付けて呼び分けるのは普通に行われている事なんだそうです。


「有名なチームくらいは聞いた事が無いかな? 無いのかぁ。俺の息子なんて俺より知ってるくらいなのにな。やっぱり女の子はそういうのに興味無いのかな?」


 先輩職員はそう言って変に感心していました。

 知りませんよそんな事。私を若い女性の代表みたいに思われても困るんですけど。


 それはさておき。実はティルシアさんは王都の大手商会から送り込まれた調査員ではないかという噂もあります。

 チーム名を付けたのも、彼女の知っているダンジョンではダンジョン夫はそうしているのが当たり前だからなのかもしれません。

 この町の女性には無いどことなく洗練された物腰からも、私もその噂は的を射ているんじゃないかと思っています。

 まあ、だったとしても私のティルシアさんに対する好感度は変わらないんですけどね。


「実は近々王都まで旅をする事になりそうなのだ」

「ええっ! ティルシアさん王都に行っちゃうんですか?!」


 大声を上げて驚く私に苦笑いを浮かべるティルシアさん。


「10日ほど出かけるだけだ。今日はその挨拶と、私がいない間のハルトの事をお前にも頼んでおこうと思ってな」

「あ~驚いた。すぐに戻って来るんですね。分かりました。私に出来る事なら喜んで!」


 ハルトさんはティルシアさんのチームのリーダーの男性です。大人しく無口な人で、荒っぽい人が多いダンジョン夫の中ではどこか浮いた感じのする人です。

 それもそのはず、ダンジョン夫の方達はみんな階位(レベル)が4とか5の強面な人達ばかりなんですが、なんとハルトさんは町娘の私より低い階位(レベル)1なのです。


 ハルトさんの事は協会内でも結構有名な話みたいで、私に教えてくれた先輩職員によると、どうやら彼はスキルの影響で階位(レベル)が上がらなくなってしまったんだそうです。


 スキルは生える、と言われています。

 めったに生えるものではないですが(実際私もティルシアさんもスキルを持っていません)、一般にはその人間の個性に沿ったものが生えやすいと言われています。

 ハルトさんはそのスキルの影響でもう8年もダンジョン夫を続けているのに未だに階位(レベル)が1なんだそうです。

 その話を聞いて私は驚いてしまいました。そんな人もこの世にはいるんですね。



 そんなふうに私とティルシアさんが立ち話をしている所に、黒髪の彫りの浅い顔をした男性が近付いて来ました。


「おい、ティルシア。そんな所で何をやっているんだ?」

「ハルトか。いや、私達が王都に行っている間のお前の事を頼んでいたのだ」

「・・・お前は俺の母さんか」


 その男性――ハルトさんはティルシアさんの言葉に呆れ顔を見せました。


「何度も言うが、俺はお前と組むまで10年近く一人でこの仕事をやってたんだぞ」

「そんな事より酒場に入ろう! たまにはお前も飲め!」


 どうやらお二人はティルシアさんが旅立つ前に二人で酒場に飲みに来たみたいですね。

 ハルトさんの返事も聞かずにさっさと酒場――ダンジョン協会の受付でもあります――に入って行くティルシアさん。

 ハルトさんはそんな彼女の背中に向けてため息を付くと私に振り返りました。


「ティルシアが迷惑をかけたか? アイツは悪気がある訳じゃないんだ。ただちょっと押しが強いというか不躾なだけで・・・」

「い、いえ、いつも良くしてもらっていますから!」


 私の返事にハルトさんは「そうか? だったらいいんだが」と少し釈然としない様子でした。

 実際、粗暴な方が多いダンジョン夫のみなさんの中で、ティルシアさんは凄く紳士的な人だと思いますよ?

 まあ女性に対して紳士(・・)的という表現もどうかと思いますが。


「おい、ハルト! 早く来い!」


 ハルトさんは入り口から顔を出したティルシアさんに怒鳴られて、眉をひそめただけで黙って去って行きました。

 その際に私に小さく頭を下げて行きました。

 何というかハルトさんは、一見言動がぶっきらぼうでいながらも、こういうさり気ない気遣いの出来る人なんですよね。

 私がティルシアさんから彼の事を色々と聞いているので、特にそう感じるのかもしれませんが。


「こうして二人で飯を食うのも久しぶりだな。最近はいつもシャルロッテを入れた三人で行動していたからな」

「そういえばそうだな」


 お二人はそんな会話を交わしながら酒場に入って行きました。

 これからお酒を飲むんですか。良いですね。私もお酒飲みたいです。


「ヨハンナ! どこにいる?!」

「あ、はい! 今行きます!」


 酒場に併設された倉庫から私を呼ぶ声がしました。いけない、仕事の途中でした!

 私は注文票を抱え直すと慌てて駆け出しました。

 今日の仕事もまだまだ山積みです。私が落ち着いてお酒を飲める時間はまだずっと先の事になりそうです。




 しばらくして私が酒場の協会のカウンターに依頼を持って行った時、酒場で飲んでいたのはティルシアさんとハルトさんのお二人だけでした。

 ここの酒場は一日中ダンジョン夫の方達が飲んだくれているイメージがありますが、流石に昼間は客足の途絶える時間もあります。

 今日は今が丁度そんな時間なのでしょうね。

 ハルトさんはお酒が苦手なのか、チビチビと舐めるようにコップを傾けています。


「それで? マルティンにはシャルロッテの事を何て報告したんだ?」

「別に、普通に報告しただけだぞ。マルティン様も獣人の事は自分には分からないので私の判断に任せると言っている。もちろんそのための条件付きだがな」

「なる程。それが今回の王都行きの目的か」

「ああ。私はシャルロッテの事を信用しても良いと思っているが、マルティン様は念のために自分のスキルで観て(・・・・・・)おきたいらしい」


 私の距離からはお二人の会話の内容までは聞き取れませんが、落ち着いた様子で何やらお仕事の話をしているみたいです。

 ・・・まあ、もしもティルシアさんが酔って暴れ始めたら、領主様の所の衛兵さん達が束になっても止められないだろうと言われていますが。


「そんな訳で私達は10日ほど町を離れるが、その間自分の身は自分で守って欲しい。一応私の方からあちこちに声を掛けておくが」

「・・・頼むから本当に止めてくれ。俺が笑われるだけだ」


 苦り切った表情でコップの中身をあおるハルトさん。

 何でしょうねこの二人の距離感は。チームのメンバーにしては近すぎるし、恋人同士にしては遠慮がなさすぎるし。

 何だか独特な関係に思えます。


「おい、ヨハンナ。それは依頼なんじゃないのか?」

「あ、すみません!」


 お二人を見ながらボーっとしていた私に、カウンターのヤコーブスさんが不思議そうな顔をしながら声をかけて来ました。

 私は慌てて酒場の奥の依頼表のボードに向かいました。

 ヤコーブスさんの声が聞こえたのか、ティルシアさんが私の方に振り返って軽く手を振っています。

 私はお二人に軽く会釈をすると、手にしたメモを見ながら間違えないように慎重に依頼表に依頼を掛け始めました。


 ていうか何でこんなに無駄にややこしいんですか、この依頼表っていうのは。


 ちなみに掛ける場所にも意味があるので、空いている場所に適当に掛けると全然違う依頼になってしまうんです。

 以前それをやらかして先輩から大目玉を食ってしまった事がありました。

 もう私、それからすっかり依頼表が苦手になってしまいましたよ。


 こうして真剣に依頼表に向かっていた私でしたが、ふと気が付くと、ティルシアさん達が私の後ろに立って依頼表を見ていました。


「なあハルト、あれは紙の素材の採取依頼でいいのか?」

「そうだ。あっちのは良く似ているが蝙蝠肉の納品依頼だ。初心者が間違いがちな依頼だから気を付けた方が良い」

「なんで紙の素材と蝙蝠肉が似ているんだろうな?」

「・・・俺に聞くな」


 ひいいっ・・・ 何で私が掛けている時にそんな話題をするんですか?!


 どうやらハルトさんは――というか、ティルシアさんがハルトさんから依頼表の見方を教わっているみたいです。

 だからって私がやっている時に、後ろでそんな話をしなくてもいいじゃないですか。


「あれ? あの依頼があの位置にあるのはおかしくないか?」


 ドキッ! どれ?! どの依頼ですかティルシアさん?!


「別におかしくはないぞ。普通は買い取り依頼で入るが、契約依頼で入る事だってあるからな」


 ハルトさんの説明に納得するティルシアさん。

 私はホッと胸をなでおろしました。


「じゃああれは――」


 もう止めて! 勘弁して下さいティルシアさん!


「おいハルト。その辺にしといてやれよ。ヨハンナが死にそうなツラになってるじゃねえか」


 私の姿を見かねたヤコーブスさんが、カウンターから声をかけてくれました。ティルシアさんとハルトさんは顔を見合わせるとテーブルの方へと戻って行ったのでした。

 私はそそくさと仕事を片付けると、逃げ出すように酒場を後にしました。

次回「ダンジョン協会職員ヨハンナ 緊急依頼」

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 『戦闘機に生まれ変わった僕はお嬢様を乗せ異世界の空を飛ぶ』

 『私はメス豚に転生しました』

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