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その22 暗殺者集団の最後

◇◇◇◇◇◇◇◇


「・・・一旦地上に戻る。」


 長い沈黙を破ってリーダーは重い口を開いた。

 一瞬不満そうな表情を浮かべたカルだったが、チームの過半数が殺されたこの状況で捜索を続けられない事くらいは理解出来たのだろう。

 部下の二人共々、リーダーの決定に黙って頷いた。


 何せ今の彼らの戦力はこの場に残った4人だけなのだ。

 ここは一度引いて、まずは自分達の身の安全を確保するべきだ。

 リーダーは正しい判断をした。

 しかし、それは遅すぎたのだ。


 ヒュン!


 風を切る音と共に、カルの近くに立っていた部下の男が「うぐっ」と声を漏らして吹っ飛んだ。

 男はダンジョンの壁にぶつかるとそのままピクリとも動かなくなった。

 男の背中には大きな亀のモンスターの残骸が叩きつけられていた。


「いや、済まなかった。あまりに夢中になって飯を貪っていたんで、モンスターが足元に来るまで気が付かなかったんだ。咄嗟に蹴り飛ばしたそいつが、まさかお前達の誰かに当たるなんて思ってもみなかったよ。こんな偶然ってあるんだな。」


 通路の先から黒髪の青年が頭を掻きながら姿を現した。

 ハルトである。

 ハルトも、よもや意図しない自分の行動に巻き込まれる被害者が出るとは思っていなかったらしく、何ともばつの悪そうな表情を浮かべていた。


 そんなハルトの態度が余程勘に触ったのだろうか。カルは額に青筋を浮かて腰の剣を抜いた。


「お前! ティルシアの所の男だな!」

「・・・その言い方はヒドくないか?」


 確かにこの表現だと、ハルトはまるでティルシアの情夫か何かのように聞こえる。

 ハルトはカルの言葉に少しムッとしたが、ザコに構っていても仕方が無いと思ったのかすぐに視線をリーダーの方へと移した。


「で? 結局お前らは何者なんだ? 目的は何だ? まあ、シャルロッテに俺の鍵を盗ませたという事は俺が溜め込んだ装備が目当てなんだろうが。」


 ハルトの言葉にカルと部下は意外そうな表情を浮かべた。

 彼らはリーダーから鍵や装備の詳しい話を何も聞かされていなかったのだ。


 リーダーはジッとハルトを見つめている。

 その表情には微塵も油断は見られない。


「仲間を殺ったのはお前だな?」

「「えっ?!」」


 リーダーの言葉にカルと部下は思わず声を上げてしまった。

 仲間を殺したのはティルシアに違いない、との思い込みが彼らの頭を占めていたからだ。

 だが、冷静に目の前のハルトを観察すれば、彼の手足に付いた返り血を見付ける事くらいは出来たはずである。


「質問を質問で返すのは良くないんじゃないか? まあいいか。いい加減腹が減って仕方がない所だ、早く済ませようか。何せ急に決めた事だったんで食糧の準備をうっかり忘れてしまったんだよ。お前達の仲間の携帯食料を運良く見付けなければ飢え死にしていたかもしれないな。」


 ハルトのスキル:ローグダンジョンRPGは、ダンジョン内の戦闘で階位(レベル)を急激に上げる事のできる能力だが、その代償としてエネルギーの補給を必要とする。

 つまりは腹が減って仕方が無くなるのだ。


 いつもは十分な量の保存食を担いでダンジョンにはいるハルトだったが、今回の件は彼にとってもイレギュラーで、うっかり食料を持参するのを忘れてしまったのである。


 というよりもこの事態はハルトにとっても想定外の事であった。


 本当はもっと適当な所で階位(レベル)上げを切り上げて、中層なり深層なりに下りるつもりだったのだ。

 ところが、追手のチームワークの良さが思っていたより厄介で、ハルトは本気で逃げ回らなくてはならなくなったのだ。

 見ず知らずの通路を逃げながら、さらには一人でモンスターと戦っていたハルト。気が付いた時には彼はすっかり道に迷ってしまっていた。

 ハルトが何とか見知った通路にたどり着いた時には、すでにかなりの時間が過ぎていた。

 飢え死に、というのは流石にオーバーだが、それでもハルトは、いい加減空腹に耐え兼ねていた所だったのだ。

 死体の持ち物とはいえ携帯食料を見つけた時のハルトの喜びようは無かった。正に地獄で仏に会ったよう、といった所だった。



「テメエが仲間を殺ったのか!」

「! よすんだ! カル!」


 リーダーが止める間もなく激昂したカルがハルトに襲い掛かった。


 カルの階位(レベル)は5。その上、彼はかつて軍隊に所属していた時、そこで剣術を教え込まれていた。

 おそらくティルシアと戦っても条件さえ同じなら互角以上の戦いをするに違いない、とリーダーは見込んでいた。



 ハルトは無造作に手にしたナタを振った。



 ただそれだけの事で、カルは防具ごと袈裟懸けに切られて内臓をぶちまけながら倒れた。

 カルは自分の流した血だまりの中に倒れたままピクリとも動かなくなった。


 疑いようもない即死だった。



「ひいいっ!」


 この場に唯一残った部下の男が反射的に背を向けると逃げ出した。

 ハルトは一瞬のうちに彼の後ろに追いつくと


 ドン!


 その背中を平手で押した。

 男の体は砲弾のように地面と水平に飛び、ダンジョンの壁に激突。体の骨をぐちゃぐちゃに砕かれ、壁に赤い血の花を咲かせて死亡した。

 男の死体からも携帯食料を漁るつもりだったハルトは、原型を留めない死体に「しまった!」と臍を嚙んだが、今はそれはどうでも良いだろう。



 こうしてリーダーを残して全員が死んだ。


「さて、これで残るはお前だけだ。最後に俺の質問に答えてくれても構わないが?」


 リーダーの方へ振り返る死神(ハルト)


「テメエ・・・何者だ。こんな化け物がいるって情報がどうして俺達の調査に引っかからなかったんだ?!」


 まさかリーダーも、目の前の化け物が町では階位(レベル)1のザコだとは想像も出来なかったのだ。

 ハルトは、リーダーは自分の質問に答える気は無いみたいだ、と判断したのか、諦めた表情でナタを振りかぶった。


 リーダーは咄嗟に腰の剣を抜いた。白い輝きがダンジョンを照らす。

 リーダー自慢のミスリルの剣である。

 彼がまだ若い頃、こことは違うダンジョンの奥で見付けた代物だ。

 その時一緒にダンジョンに挑んだ仲間はもうこの世にはいない。

 彼らが死んで、リーダーがこの剣を手に入れている事からも、その理由はおのずと察せられるだろう。


 さきほどハルトのナタがカルに振り下ろされた時、階位(レベル)7の身体能力を持つリーダーをもってしてもナタの軌道を捉える事は出来なかった。

 これは信じ難い事である。

 しかし、リーダーにはこのミスリルの剣がある。

 仮にハルトの身体能力がリーダーを上回っていたとしても、彼の武器はただの鉄のナターーそもそも武器であるのかも怪しい代物でしかない。

 ハルトの振り下ろすナタは、リーダーの構えたミスリルの剣に触れただけで真っ二つにされるだろう。


 ーーいや、されるはずであった。


 驚くべきことに真っ二つになったのはリーダーのミスリルの剣の方であった。


 そんなバカな!


 実はハルトの持つナタは+99のプラス装備。

 その強度はミスリルの剣をも上回るのだ。


 脳天に振り下ろされたナタが頭蓋骨を割り、リーダーは驚きの叫び声を上げることも出来ずに事切れた。

 リーダーの死体が地面に倒れると、ハルトは手に持ったナタを不思議そうに見つめた。


「手ごたえからみて真っ二つになるかと思ったが・・・随分頭の固いヤツだったのか? いや、単にコイツの階位(レベル)が思ったよりも高かったせいか。」


 ハルトは自分の切り伏せた相手が階位(レベル)7の猛者だという事にすら気が付いていなかった。

 彼の現在の階位(レベル)は18。階位(レベル)7だとか5だとかは、今の彼にとっては誤差の範囲でしかなかったのだ。



 ハルトは分断されたミスリルの剣を横に蹴り飛ばすと、リーダーの死体をまさぐった。


「参ったな。コイツ携帯食料を持っていないのか。壁のヤツはぐちゃぐちゃだしな。そっちの小男が何か持ってないとダンジョンの外まで腹が持たないぞ。」


 ミスリルの剣は例え折れたものでも、素材としての価値は非常に高い。

 しかし、ハルトはそんなものより、彼らが持っているかもしれない非常食の方が気になって仕方が無い様子だ。


 小男カルの死体から携帯食料を見つけたハルトは大喜びで口に詰め込んだ。

 辺りは死体から流れる血でむせ返るような匂いに包まれている。しかし、彼の空腹感はその不快感をも上回っていたようである。


「取り敢えずこれで外まで保たせなければな。途中で見張りとして何人か残していってくれてれば助かるんだが・・・。」


 何がどう助かるというのやら。何やら物騒な言葉を呟きながら、ハルトは目の前の上層へと続く階段へと足を踏み入れた。



 こうして隣国ヴェーメルクから逃亡して来た暗殺者集団はダンジョンの中層で人知れず壊滅したのだった。

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