その21 襲撃される暗殺者達
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ここはダンジョンの4階層。
中層と呼ばれるこの階層は、昼間は多くのダンジョン夫が仕事場として入ることで知られているが、まだ夜も明けていないこの時間には流石に人の姿は無い。
その中層を探索する男達がいる。男達は三人一組でモンスターを警戒しながら歩いていた。
彼らの階位は3。中層に入る事の出来る最低階位かつ最低人数である。
彼らはハルトを捜してダンジョンに入ってきた暗殺者達であった。
しかし、ダンジョンという勝手の分からない場所で、一晩中ハルトの捜索を続けた彼らの疲労は最早ピークに達しようとしていた。
「う・・・うわっ!」
突然彼らを上空から襲う影。この4階層の代表的なモンスター、噛みつき蝙蝠である。
最初は驚いた三人だが、直ぐに見事な連携でモンスターを倒す事に成功した。
「誰もケガをした者はいないか?」
「ああ大丈夫だ。先に進もう。」
彼らにとって幸いだったのは、中層に入ってからは渡された地図の通りに通路がつながっていた事だ。
上層では何故か地図に無い通路があちこちに存在して、そこをハルトに良いように利用されて彼らは散々振り回されていたのだ。
「行き止まりだ。地図の通りだな。よし、戻ろう。」
振り返った三人が見たのは、黒髪の彫りの浅い顔をした若い男。
「なっ! お前いつの間に!」
誰かが叫んだ。それが最後だった。
争う音はしなかった。
ただ、ドサドサと重いモノが三つ地面に倒れる音だけがしただけであった。
「どういう事だ! まさかモンスターにやられたのか?!」
4階層から3階層に上がる階段の前の通路。
ここには暗殺者達のリーダーと唯一階位5の小男カルがいた。
二人の前には12人の男達。
「2チーム帰って来ないか・・・」
彼らが行方不明になった場所は大体分かっている。
全員でそこを調べに行くか、カルか自分が調べに行くか。
リーダーは決断を迫られていた。
「そうか! ティルシアだ! あの男は俺達をおびき寄せて先回りしていたティルシアの居場所に案内していたんだ!」
カルの言葉にリーダーは驚きに目を見張った。
よもや自分がその可能性を思い付かなかったとは。
いくら慣れないダンジョン探索で精神的な疲労が溜まっていたとはいえ、日頃頭の出来を侮っていたカルに自分の気付かなかった可能性を指摘された事にリーダーは強い不快感を覚えた。
だがカルの考えは一理ある。
もし待ち構えているのがティルシアだとすれば、残った部下が全員で向かっても歯が立つかどうか。
だとすればここは・・・
「よし。ここは俺とカルで見に行く。行方不明のチームが向かった場所を地図に書き込んでおけ。それと連絡用に二人付いて来い。残りのヤツはここで待機だ。」
「ダンジョンじゃ階段にはモンスターが入らないらしいぜ。交代で見張りを立てて軽く飯でも食っときな。」
カルの言葉にパッと明るい表情を見せる仲間達。
リーダーは、部下に対してカルの見せる意外な気遣いに驚きを感じた。
(俺の後を継いでチームのリーダーになるのは死んだベックの方が相応しいとばかり思っていたが、案外カルのヤツも見どころがあるじゃねえか。)
リーダーは嬉しい誤算と、自分の時代が終わりつつある事に少しばかりの寂しさを感じながら通路の奥を目指して歩き出した。
「これは・・・!」
「むうっ。モンスターにやられた傷じゃねえな。」
仲間の三人の死体を前にリーダーはうなり声を上げた。
三人分の血と内臓をぶちまけられた通路はムッと鼻を突く匂いに覆われていた。
彼らは全員防具の上から袈裟斬りで一刀のもとに切り伏せられていた。
鋭い太刀筋と防具をものともせずに切り裂く腕力は、とても4階層のモンスターのものとは思えなかった。
・・・自分にもこれほどの斬撃が放てるだろうか?
もしこれがティルシアの手によるものだとすれば、彼女は階位5としては規格外の能力を持っているという事になる。
その時リーダーの脳裏に電流のようにある考えが閃いた。
そうか! プラス武器か!
ミスリル製の装備という破格の価値に目を奪われ、今までその可能性を思い付かなかったのだ。
この世界の武器や防具にはプラス・マイナスの効果が付いたものがある。
剣でプラスが付けば当然切れ味が上がる。逆にマイナスだと下がる。
ティルシアの持っている武器がミスリルのプラス武器なら、これだけの威力を出してもおかしくないのかもしれない。
おかしくはない、と言い切れないのはリーダーが実際にそんな武器を見た事が無いからである。
ミスリルの武器自体が貴重な上に、そのプラス武器ともなれば国の宝物庫に収められていてもおかしくない程のお宝なのだ。
だとすればカルでもマズイな。
カルとティルシアは同じ階位5だ。どちらの腕が上かは戦わせてみないと分からない。
だが、ティルシアがミスリルのプラス武器を持っているとすれば、武器の差で圧倒的にカルが不利になる。
カルが持っているのはかなりの業物とはいえ鋼の剣だからだ。
俺が前に出て、カルには後ろからスキを突かせるか。
リーダーがまだ見ぬ敵との戦いを頭の中でシミュレーションしていると、連絡のために連れて来た部下が不思議そうに仲間の死体を覗き込んでいた。
「どうした? 何か気になる事でもあったのか?」
「あ、いえ。それなんですが・・・」
部下からの指摘の通り仲間の死体を見ると、三人とも腰の袋が荒らされた跡があった。
「この袋には携帯食料しか入っていません。この階層をうろついているモンスターが漁ったんでしょうか?」
モンスターなら人間の死体の方を食い荒らしそうなものだが、小型のモンスターなら携帯食料の方に食指が動くのだろうか?
一応気になったので他にも調べてみたが、装備品や金品を荒らされた跡は無かった。
ここで考えていても仕方が無い。
仲間の死体を置いて次の行方不明地点に行くと、そこにもやはり同じように一刀で切り捨てられた三人の死体と携帯食料の袋が荒らされた跡があった。
「どういう事だ?」
思わず口を突いて出たリーダーの言葉に答える者はこの場には誰もいなかった。
リーダー達は行方不明の2チームの調査を終えたが、どこにも襲撃者らしき者の姿は無かった。
彼らの探索していた通路の先まで行ってみたが、どちらも地図の通りの行き止まりだった。
「ティルシアのヤツ、俺達をからかってやがるのか?」
カルは不愉快げにぶつくさと文句を言っていたが、リーダーはこの謎の襲撃者に不気味なものを感じていた。
俺達は何か大きな見落としをしているんじゃないだろうか?
若い頃には何度も死線をくぐってきたリーダーは、久しぶりに危機が背後まで忍び寄っているあの肌がヒリつく感覚を感じていた。
「そ・・・そんな・・・」
「やりやがったな! チクショウが!」
上層に続く階段に戻った彼らが見たものは惨殺された仲間の死体だった。
流石に10人もの男達を一気に斃すことは出来なかったのか、今までで一番惨たらしい現場になっていた。
切り飛ばされた手や足があちこちに転がり、倒れた所を頭を割られた者、腹を切り裂かれて死んだ者。さらには彼らの抵抗した跡があちこちに見うけられた。
壁に張り付くようにして死んだ者は、一体どれほどの力で叩きつけられればこうなるのだろうか。
一つ言えるのは、これで彼らのチームのほとんどが殺されたという事だ。
リーダーはあまりのショックに思考が止まり、何も考える事が出来なくなっていた。
長年手塩に掛けて育て上げたチームが、この僅かな時間で崩壊したのだ。
怒りや恨み、それらの感情が湧いてくるより先に、大きな虚無感がリーダーの心を占めていたのだった。
たった一人で短時間のうちに暗殺者チームの一つを崩壊させる。
ティルシアという女はどれほどの能力をもつ化け物だというのだろうか?
動きの止まってしまったリーダーに代わり、カルは残った二人の部下に命令して仲間の死体を調べさせた。
「ここでも携帯食料が荒らされている・・・」
「またかよ。一体どうなってるんだ。」
気の重くなる作業の結果分かった事は、残された傷跡から襲撃者はどうやら一人だったらしい、という事、そして、ここでもやはり携帯食料の入った腰の袋に荒らされた跡があった、という事である。
この時通路の奥、彼らの目の届かない物陰で、黒髪の青年が死体から奪った携帯食料を貪るように咀嚼している事を彼らは知らなかった。




