その16 暗殺者ロッテ 襲撃計画
◇◇◇◇暗殺者ロッテの主観◇◇◇◇
アタシはティルシア達と別れると仲間との連絡場所に向かった。
「来たか。」
すでに見張りに付いていた仲間から連絡があったのだろう、陰気な男ーーベックがアタシを出迎えた。
「どうした? 様子が変だぞ?」
「いや、何でもない。そんな事より報告がある。」
昨夜から立て続けに衝撃的な経験をしたせいだろうか? アタシは自分でも気が付かないうちに心境の変化があったようだ。
アタシはそんな自分の気持ちを振り払い、ベックに例の部屋の報告をした。
アタシの話に最初は疑わしげな表情をしていたベックだったが、アタシが簡単に纏めた装備品のメモを渡すとその表情を変えた。
「・・・この話が本当ならリーダーに報告しなければならない。」
コイツ、アタシを信用していないのか?
・・・信用していないんだろうな。
もちろん全く信用していないという事はないのだろう。潜入任務に送り出すくらいだ。
だが、アタシがもたらしたあまりに信じられない情報に、無意識のうちに獣人を軽視する差別意識が頭をもたげたのだ。
要は、こんな情報を信じるくらいならアタシの能力を疑う方がコイツにとっては理に適っているのだろう。
このくらいの偏見は人間といればいつも感じることだし、チームの仲間も多かれ少なかれアタシに似たような考えを持っている事は良く知っている。
だが、知っていればその事を不快に感じないかと言えば話が別だ。
ベックに連れられてアタシは目と鼻の先の建物に入った。
建物の中ではリーダーが、数人の仲間達と打ち合わせをしていた。
こんなに近くにリーダーがアジトを構えていた事を知らされていなかったアタシは驚きを禁じ得なかった。
「リーダー、重要な話があります。」
ベックの言葉に不快感を隠そうともせず、じろりとアタシ達を睨むリーダー。
どうやらベックはアタシのような実行部隊にこのアジトの場所をばらした事をとがめられているみたいだ。
アタシはベックのとばっちりで睨まれたらしい。
アタシはベックに促されて、さっきベックに話した内容を今度はリーダーに話した。
最初は不快感をにじませていたリーダーだったが、アタシの話が進むにつれその表情は険しさを増していった。
「そのメモをよこせ。」
「はい。これです。」
ベックから受け取ったメモに目を通すと、リーダーは驚きに目を見張った。
リーダーはメモを細かく破り捨てると、鋭い視線をアタシに向けた。
「見間違いという事はないだろうな。」
「それはないよ。」
アタシは試しにタワーシールドを持ってみた時の話をした。
「そのタワーシールドだけがミスリルだったって事はないのか?」
アタシに対して慎重に問いただすベックだったが、コイツは馬鹿か?
リーダーがベックの方をチラリと見て言った。
「タワーシールドはコイツの足先から胸元までをすっぽり覆い隠すほどの大型の盾だ。それが丸ごとミスリルだとしたら、その盾だけでも家が一軒買えるほどの値がつくだろう。」
そういう事だ。いや、具体的な価値までは知らなかったけど。
リーダーの言葉に大人しく引き下がるベック。
しばらくリーダーは目を閉じて考え込んでいた。
やがてリーダーは閉じていた目を開けると思いもよらない事を言った。
「ティルシアとその男は殺す。それからその家のミスリルを全部頂いてこの町を出る。お前達はこれ以降はそのつもりで動け。」
アタシは自分の聞いた言葉が信じられなかった。
ベックは特に何も思わなかったようで、リーダーの言葉に頷いていた。
「ま・・・待ってくれリーダー、ティルシアを殺すのは分かる! 依頼だからな! でも、なんで関係ない男を殺した上にそいつの財産まで奪う話になるんだい?!」
アタシがリーダーに反論したのが余程意外だったのかベックは目を見開いて驚いていた。
ティルシアはまだ仕方が無い。そういう立場だ。だが、ハルトは違う。アイツはダンジョン協会の人間だ。ボスマン商会の人間ですらない。殺す必要が無い。
リーダーは感情のこもらない目でアタシを見て言った。
「その男もティルシアの関係者だ。ミスリルの装備だってボスマン商会に関係がある物に違いない。それを奪って何が悪い?」
「アタシはそんな証拠は掴んでない! だったらもっと良く調べてから決めるべきだ!」
「おい、ロッテ! いい加減にしろ!」
見かねたベックが止めに入るがアタシは止まらない。
リーダーは珍しく少し言うべきかどうか迷った様子だったが、ここでアタシを説得するべきだと判断したようだ。その重い口を開くとアタシに言った。
「実は状況が変わった。さっき情報が入った所だが王都の方で動きがあったらしい。」
王都のボスマン商会は悪名高いチーム”赤蜘蛛”から狙われていたのだが、情報によるとすでに”赤蜘蛛”は壊滅状態にあるらしいのだ。
「そんな馬鹿な! この短期間で?!」
この時のアタシ達の知る情報ではなかったが、ボスマン商会の若き跡継ぎマルティンは、自分のスキル”鑑定”によって王都に潜伏していた”赤蜘蛛”のメンバーの正体を知ったのだ。
自分達の膝元に隣国の悪名高い暗殺集団が潜伏している事実にマルティンは驚愕した。
そこでマルティンは、各地の行動部隊を王都に集めると、大掛かりな”赤蜘蛛”のメンバー狩りに乗り出したのだ。
突然不意を打たれた”赤蜘蛛”は、計画を何一つ行動に移す事も出来ずにあっけなく壊滅したのだった。
「”赤蜘蛛”から依頼主が辿られ、そこから俺達のチームの存在が明るみに出る危険性が出て来た。かと言って明確な危険も迫っていないのにここで依頼を投げ出すわけにもいかん、これまでにかけた金は回収出来なくなるし、今後この国で仕事をしていく上での信用にも関わる。俺達には今までのように暗殺者ギルドから仕事が下りてくる訳じゃないからな。」
かつてアタシ達のチームが活動していた国、ヴェーメルクには暗殺者ギルドがあって、全ての暗殺チームはそこから仕事を請け負っていた。
その暗殺者ギルドは貴族達の攻撃によってすでに壊滅しており、この国に逃れて来たアタシ達は今では自力で依頼を探さなければならなくなっていた。
「ティルシアを殺れば雇い主に対して一応の名目は立つ。仮に文句が出たとしても、そのアーティファクト製の扉の情報は十分に交渉のカードとして使えるだろう。部屋のミスリルの装備についてはその男とティルシアが死ねば誰も知る者はいなくなる。」
アタシはリーダーの言葉に自分でも驚くほどショックを受けていた。
口封じのために彼らを殺して盗むと言うのか?!
アタシは今まで、貴族からの依頼で貴族を殺す事を特に疑問に思った事は無かった。
貴族はアタシ達とは違う別世界の人間で、そいつらが勝手に殺し合いをしている所に、アタシ達は横からちょっと入って仕事を貰うだけだと思っていたからだ。
その仕事の報酬として、ヤツらにとってみればはした金ーーアタシ達にとっては命を張れるだけの金ーーを頂く。
金を払う相手は貴族、仕事で命を奪う相手も貴族、アタシ達には縁もゆかりも無い存在。
アタシはそんな風に考えていたのだ。
しかし、今回リーダーがやろうとしている事は違う。
ハルト達は貴族じゃない。ハルトはダンジョン協会で働くただの平民だし、ティルシアはアタシと同じ獣人だ。
そんな彼らの命を奪って、さらには彼らの財産を奪うなら、それは暗殺者じゃなくて盗賊だ。
・・・いや、それもただの理屈なのかもしれない。
この時のアタシは自分で自分の気持ちに気が付いていなかった。
アタシは単にハルトに死んで欲しくなかったのだ。
ハルトはいいヤツだ。
口は悪いがお人好しで、一度も食べた事も無い美味い料理をアタシ達獣人相手に大鍋いっぱいご馳走してくれて、それでいて恩着せがましくするわけでもなく、野卑な目でアタシ達を見る事もない。
アタシはチームの仲間の誰にも彼ほど自然に接してもらった覚えが無い。
アタシはいつの間にか、ハルトとティルシアの作り出した居心地の良い空間に憧れを抱いてしまっていたのだ。
「・・・そのお宝をリーダーが一人でネコババする気じゃないだろうね?」
「いい加減にしろ、ロッテ!」
思わずアタシの口を突いて出た言葉をベックがとがめる。
「俺のモノにするわけじゃない。これはチームの所有物になる。」
どうだろうか? 咄嗟に口をついて出てしまった言葉とはいえ、アタシの言葉はリーダーの図星を突いているんじゃないだろうか?
リーダーは年齢による体のキレの衰えから、前々から誰かに後を継がせてリーダーの座を降りようとしていた。
ひっ迫したチームの状況がそれを許さなかった事と、後を託せるだけの人材がいない事から、決断はずっと延び延びになっていたが、降って湧いたようなこのお宝の話に、リーダーの欲望が刺激されたんじゃないだろうか?
そして、そんな現実を見ようともせずに盲目的にリーダーの指示に従うベック。
この場にはいないが力を誇示するばかりでロクに頭も働かないカル。
アタシはこのチームが以前より妙に薄っぺらに見えて仕方が無かった。
結局アタシはチームのいちメンバーに過ぎない。しかも獣人のアタシは重要度の低いメンバーだ。
リーダーの言葉はチームのメンバーに伝えられ、ハルト達に対する襲撃が決定された。
デ・ベール商会に潜入しているカルがダンジョンに入っていて現在連絡が付かない事から、襲撃は明後日以降となる事に決まった。
アタシの任務は内部からの襲撃の手引きである。
アタシは納得いかない気持ちを抱えながら頷くしかなかった。
「待て、ロッテ。」
「何だいベック。もう話はないだろう。」
建物から出た途端、ベックがアタシに声を掛けて来た。
苛立ちを堪えながら吐き捨てるように答えるアタシ。
そんなアタシを見て危ういモノを感じたのか、ベックは少し考えるとアタシに提案をして来た。
「リーダーの言葉に逆らう事は許されない。だが殺そうとして相手が死なければ別だ。」
「?」
「今から俺があの男を襲う。急所は外すが運が悪ければ死ぬかもしれん。運良く死ななければ明後日の襲撃の時にはそいつは医者の所か衛兵の所で寝ているだろう。リーダーもわざわざ殺しに行けとまでは言わないはずだ。俺にはこれ以上は出来ない。これで妥協しろ。」
アタシは驚いてベックを見た。この男がリーダーの命令を曲げてまでアタシを気遣うような事を言ったからである。
・・・いや、アタシの不満そうな態度から、今後の作戦に自分のチームの中から不測の事態が生じる事を警戒したんだろう。
「例の部屋に隠してある装備は?」
「それは諦めろ。ミスリルの装備以外には手を付けないように仲間には伝える。命と自分の装備があれば生活していく事はできるだろう。」
流石にこれ以上はベックの権限を越えてしまうか。
アタシはハルトが死なずに済むかもしれないという展開に少しだけ心が軽くなりながらも、重い石でも飲み込んだようなこの気持ちが晴れる事は無かった。




