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その15 暗殺者ロッテ ミスリルの輝き

 今回はいつもより長いです。

◇◇◇◇暗殺者ロッテの主観◇◇◇◇


 時間は深夜。アタシは昨日と同じ時刻に目を覚ますと、ゆっくりと起き上がった。

 今夜もティルシアは良く寝ている。

 アタシは音を立てないようにこっそりとティルシアの部屋から廊下に出た。

 目指すはアーティファクトの錠前で閉じられたあの部屋だ。

 この家には不釣り合いなほど厳重に封印されたあの部屋には一体どんな秘密が隠されているのだろうか。

 アタシは緊張で身が引き締まるのを感じた。


 昨日も訪れた部屋のドアには、やはり昨日同様アーティファクトの錠前が掛けられていた。

 アタシは今朝ハルトの部屋から持ち出した鍵をポケットから取り出した。

 錠前に鍵を差し込む瞬間、昼間仲間のベックから聞いた情報ーーアーティファクトの錠前には無理に開けようとすると大きな音を出して周囲に知らせるものもあるーーを思い出して一瞬ためらいが生じたが、鍵は何の抵抗も無く錠前の穴にスルリと入り、どんな仕組みなのかそれだけでドアから錠前が外れた。


(さて、何が出るか。まさか死体とご対面って事はないだろうけどさ。)


 アタシは以前潜入していた貴族の屋敷で見た光景を思い出した。

 変態趣味のソイツは、屋敷の中の秘密の部屋に、自分が拷問して殺した人間の体の一部をコレクションしていたのだ。

 あまりのおぞましさに、当時まだ駆け出しだったアタシは込み上がる吐き気をこらえられなかった。


 ギシリとドアが重い音を立てて開いた。

 思ったより大きな音にアタシはギクリとしたが、幸い家の人間は誰も目を覚まさなかったようだ。

 ドアに体がギリギリ入るだけの隙間が開くと、アタシはスルリと部屋の中に滑り込んだ。


 後ろ手にドアを閉めると部屋の中は墨を流し込んだような濃密な闇に包まれた。

 埃っぽい匂いが鼻の奥を刺激する。空気の流れは全く無い。

 この家を外から見た時に窓が封じられていたのは、やはりこの部屋で合っていたようだ。

 事前にこの事を予想していたアタシは、懐から握りこぶしほどの小型の魔道具を取り出した。


 これは灯りの魔道具で、遺跡から見つかったアーティファクトを現代の技術で復元した数少ない成功例の一つだ。

 魔石と呼ばれる珍しい石を使用する事で、火も熱も出さない不思議な光を放つ事が出来る。

 魔石自体が結構な値段がする上に、この魔道具自体もかなり高価な代物なのだが、手軽に持ち運び出来て点けるのも消すのも簡単なのでこの手の潜入任務には欠かせない道具となっていた。


 アタシは闇の中、手探りで灯りの魔道具を灯す。

 魔道具の灯りに照らされた部屋の中は・・・


「武器庫・・・なのか?」


 所狭しと武器や防具が並べられていた。



 アタシは肩すかしを食った思いでガッカリしながら手近なナイフを手に取った。

 確かに個人で持つには凄い数だし、これだけでもひと財産だ。

 だがアタシは貴族の屋敷でこの倍は揃えられた装備を見た事もある。

 その時はあまりの武器と防具の数に圧倒されたものである。


「いい作りのナイフじゃないか。ティルシアはこんないいナイフを使っているんだね。うらやましいこった。」


 アタシはナイフを灯りの魔道具に照らして・・・はたと動きを止めた。


「この輝き・・・鋼じゃない。まさかミスリル?!」


 アタシは驚きに目を見張った。

 ミスリルの装備は貴族が大切に保管するほどの高価な代物だ。

 使用人には手も触れさせない。

 まさか、ハルトはこのナイフがミスリル製と気が付かずに所有しているのか?


 いや、違う!


「馬鹿な・・・いや、まさか・・・」


 アタシは部屋の中に無造作に並べられた装備を次々に灯りで照らしていった。

 その全ての装備が同じ輝きを放っている。

 ありえない光景に、光の魔道具を持つアタシの手は次第に震えていった。


「そんな・・・ありえない。この部屋の装備全てがミスリル製・・・なのか?」


 そうとしか思えない。しかし自分の目で見た物が信じられない。

 もしそうならばこれは恐ろしい数である。

 個人が所有していて良い数をはるかに超えている。


 アタシは目の前の子供の背丈ほどもある四角い盾を見た。

 タワーシールドと呼ばれる大盾である。


「このデカい盾も総ミスリル製だってのかい? ハハハ・・・冗談だろ?」


 アタシは試しにそのタワーシールドを手に取ってみた。

 流石にそれなりの重さではあったが、このサイズの金属製の盾とは思えないほどの軽さだ。

 ミスリル製ーーそれもかなりの純度でなければこうはならないだろう。


 アタシはこれよりずっと小さなミスリル製の円盾(ラウンドシールド)を、貴族が来客に誇らしげに自慢しているのを見た事がある。

 このタワーシールドの輝きは、あの時の円盾(ラウンドシールド)を上回っているようにアタシの目には見えた。

 つまり、このタワーシールドはあの小さな円盾(ラウンドシールド)より高純度のミスリルで作られているという事になるのだ。


「ひと財産? 馬鹿な。コイツは莫大な(・・・)財産だ。ハルトはどこか裕福な国の元王子様だったりするのかい?」


 アタシはハルトの彫りの浅い平凡な顔を思い浮かべた。

 言っちゃなんだがとてもそんな高貴な生まれには見えない。


 いや、あのお人好しさは、彼の育ちの良さから来るものかもしれない。

 とはいえ・・・


「とはいえ、そんな高貴な人間なら絶対に仲間の情報網に引っかかっているはずだ。」


 そう。ハルトに関してはティルシアのついでとはいえ、事前に一通りの情報が集められている。何か怪しい所があるのならその情報はアタシに伝えられているはずだ。


 ならハルトの正体は一体・・・


 アタシは、急にハルトが得体のしれない不気味な存在に思えてならなった。



 しばらくアタシは立ったままで呆けていたみたいだ。

 やがて正気に返ったアタシは、自分の任務を果たすために部屋をくまなく調べて回った。


「これは?」


 防具の詰まった棚の下にほんの僅かにだが動かした跡がある。

 アタシでも普段なら見落としてしまうほどの小さな痕跡だ。

 だが灯りの魔道具の弱い光が逆に幸いして、床の僅かな陰影を際立たせたためにたまたま気が付いたのだ。

 アタシは床に付いた跡に沿って慎重に棚を動かした。


(この棚に乗ってる防具だけでもアタシが一生かかって稼ぐ金の何倍にもなるんだろうねぇ。)


 そう思うと恐れで腰が引けそうになるが、もうすでに動かし始めている。今更止めても同じことだ。

 アタシは懸命に自分を鼓舞しながら作業を続けた。



「今度はアーティファクトの扉・・・」


 ぼんやりと呟くアタシ。

 そう、防具の詰まった棚をどかした後には、地下室へと続く扉が現れたのだ。

 この家には一体どれだけの秘密が隠されていると言うんだろうか?

 しかも、今度の扉は丸ごとアーティファクトという念の入りようだった。


 不思議な模様が刻まれた扉には取っ手もなければ鍵穴もない。

 床に四角い板がはめ込まれているようにしか見えない。


 アタシは扉の周囲の床を自前のナイフで叩いてみた。

 床はかなり厚みのある石製の床だ。石と石の隙間は念入りに漆喰で固められていた。


 間違いない。本命はこの先にある。


 その予感はありえない程の衝撃だった。

 この部屋の装備だけでも目が眩んでしまうほどのひと財産だ。

 そんな装備をただの目くらましに使ってまで隠すほどの地下室。


 この扉の先には何があるのか。


 アタシの頭は恐れと好奇心ですっかり痺れていた。

 けど、残念ながらここからはアタシ一人では手も足も出せそうに無かった。

 アタシは棚を慎重に元の位置に戻すと、部屋の中の装備品の極簡単なメモを取って部屋を後にした。



 予想を遥かに超えた秘密に気を取られていたせいだろうか。

 この時のアタシは普段からは信じられないミスをした。


 ハルトの部屋のドアが開く音をぼんやりと聞き流してしまったのである。



 闇の奥でハルトがハッと身をこわばらせる気配がした。

 しまった、と思ったときにはもう遅かった。

 アタシは素早く物陰に身をひそめたが、ハルトはすでに素早く部屋に戻っていた。

 再び部屋から出て来たハルトは手にナタを持っていた。


(どうする・・・殺るか?)


 だがアタシの体は動かなかった。

 部屋の中の光景にすっかり呑まれてしまっていた事もある。

 だが、アタシはこのお人好しを殺す決心がつかなかったのだ。


 ハルトはアタシのすぐそばを通り過ぎ、さっきアタシが立っていた辺りを探っていた。しかし、何も見つけられなかったのか、やがて部屋へと引き返して行った。

 多分、見間違いか何かだと思ったのだろう。


 アタシはこっそりと安堵のため息を漏らした。




 翌朝、今朝は早起きしたティルシアの後ろについてアタシは炊事場へと向かっていた。

 今朝の朝食の当番はティルシアなのだそうだ。

 ティルシアの好意で泊めてもらっているアタシも、お礼としてその手伝いをすることにした。

 女同士の関係はこういった細かな点数稼ぎが重要なのだ。


 正直昨夜はあまりの衝撃によく寝付けなかった。

 ウトウトとし始めた時にはすでに空が薄っすらと白みかけていた。


「あれっ? どうしたんだハルト。」


 ティルシアの驚いた様子にアタシは足を止めた。

 炊事場には今まで嗅いだことのない不思議な香りが漂っている。


「目が覚めてしまったからな。二度寝できる時間じゃなかったし朝食でも作る事にしたんだ。」


 ハルトの言葉にティルシアは途端に嬉しそうな表情を浮かべたが、アタシは逆に驚きを隠しきれなかった。

 人間の男が獣人であるアタシ達のために、朝早くから料理を作るだって?


 何か悪い冗談を聞かされたような気分になったアタシだったが、ティルシアがアタシの手を掴んだまま共同井戸まで全力疾走しだしたためそれどころでは無くなってしまった。

 痛い、痛い、手が抜けるって!


「いやあ、ツイてるぞお前! 日頃は私が散々おねだりしても中々ハルトは料理を作ってくれないんだぞ! しかもスープカレーだ! ごちそうじゃないか!」

「そ、そうなんですか?」


 共同井戸に着いても、あまりに高いティルシアのテンションに付いていけず、アタシは痛む腕をさすりながら戸惑うばかりだった。

 とはいえ、この町の飯が美味いのは私も良く知る事実だ。その料理を毎日食べているティルシアが、これほど楽しみにする料理なのだ。

 嗅いだことのない不思議な匂いのする料理だったが、ティルシアがゲテモノ料理好きというわけでないのなら、きっと普通に期待しても良いのだろう。

 アタシは少し気分が上向きになったのを感じながら、井戸から汲んだ冷たい水で顔を洗ったのだった。



 普通に期待しても良いのだろう。などと考えていたアタシは馬鹿だった。

 ティルシアは朝食のテーブルに着くや否や、皿を抱えるようにスープを掻っ込むとーー


「うまーい! お替り!」


 とハルトに皿を突き出した。

 アタシはそんなティルシアに気圧されながらもスープを一口すすって・・・


「えええっ! 美味しい!」


 あまりの美味さに思わず大声を上げてしまった。


「おい、もう一皿平らげたのかよ。まあいいか、いつも通り好きなだけ自分で注いでくれば良いだろう。」

「分かった!」


 ハルトとティルシアが何か言っているが今のアタシの耳には入って来ない。

 スープをひと匙口に入れたとたん、口の中一杯に刺激を伴う濃厚な旨味が広がったのだ。

 スープの旨さにアタシの舌がとろけたのかと一瞬勘違いしそうになったほどだ。

 アタシは口の中のスープを飲み込むのも待ちきれないほどに、次のひと匙が待ち遠しくてたまらなくなった。

 そして待ちかねた次のひと匙がまた口の中一杯に濃厚な旨味を広げ、さらに次のひと匙をたまらなく待ち焦がれるのだ。


 アタシは窒息するんじゃないかと思うほど次から次へとスープを口に放り込んだ。

 落ち着いて呼吸が出来るようになったのは目の前の皿が空っぽになったのを見た時だった。


 アタシはそこで冷静にーーなれなかった。

 アタシの隣でスープを掻っ込むティルシアが恨めしかった。

 ティルシアがスープを口に運ぶ度にさっきの味を思い出して激しい焦燥感に駆られた。

 アタシは興奮に真っ赤になった顔をハルトに向けた。

 驚くべきことに、ハルトはいつものように普通にスープを口に運んでいた。


 信じられない! 何でそんなに平気な顔をして食べられるんだ?! お前はどこか味覚がおかしいんじゃないか?!


 アタシの視線を感じたのかハルトは顔を上げると、その目がアタシの皿の上に止まった。


「遠慮なくお替りすればいい、というか遠慮しているとティルシアが全部平らげるぞ。」


 そのティルシアは早くも鍋から次のお替りを皿に注いでいた。

 アタシはいそいそと立ち上がると、かぐわしい香り漂う鍋からお替りを注いだ。

 その魅力的な香りに、アタシはお替りを持ってテーブルに向かいながら口から涎を垂らさないように努力しなければならなかった。


 最初はスプーンで一杯ずつ掬って食べていたアタシだったが、お替りを重ねるごとに次第に遠慮が無くなっていき、最後にはティルシアのように皿を手に持って掻っ込むように食べるようになっていた。

 食べ始めた時にはその刺激的な香辛料の味わいが目立つ料理だったが、食を進めるごとにこの料理はそれだけではない事が分かって来た。

 具材としての肉や野菜のどれもが信じられないほど柔らかく味わい深い。それらの具材に味の濃いスープが絡む事で、このいくら食べても飽きの来ない味として完成しているのだ。

 アタシとティルシアのお腹はパンパンに膨らんでいたが、まだまだアタシ達の口はこの味を求めていた。

 そして口の要求に応じて、アタシ達の手は次々とスープを口へと流し込むのだった。


 結局アタシ達の手が止まったのは、鍋のスープが底をつき、もうどうやってもこれ以上食べる事が不可能となってからだった。 

「う、動けません。」

「ぶふー。」


 腸詰のハムのように丸々と膨らんだお腹を抱えて苦しそうに転がる獣人女二人を、ハルトは呆れ顔で眺めるのだった。

朝食のシーンを想定より書き込み過ぎて長くなってしまいました。

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