その14 暗殺者ロッテ アーティファクト
◇◇◇◇暗殺者ロッテの主観◇◇◇◇
「共同井戸に行って顔を洗ってくるといい。場所は昨日教えたよな。ついでにティルシアも連れて行ってくれると助かる。」
ハルトにそう告げられたアタシはティルシアの部屋に向かう・・・と見せかけて、素早くハルトの部屋へと向かった。
当然だがハルトの部屋にカギはかかっていなかった。
アタシは素早く部屋に入るとドアを閉めた。ドアの下に小型のナイフを差し込み、ストッパー代わりにする。
これで外からドアは開かないーーとまではいかなくとも僅かな時間は稼げる。
部屋の中はあっさりしたものだった。
ベッドに机、クローゼット。部屋の角に積まれている箱は何だろうか。
近付いてみると革ひもやら何やら雑多な道具が詰め込まれていた。
多分ダンジョン夫の仕事道具なんだろう。ティルシアの部屋で見た物もいくつか入っていた。
アタシは唯一鍵のかけられた机の引き出しを観察した。
特に防犯の細工はされていないようだ。
昨夜見た謎の部屋のアーティファクト製の錠前ではなく、町で売られている極普通の錠前がかけられている。
この程度の錠前ならあっという間に開けられる。
アタシは髪留めに偽装したピッキングツールを取り出すと素早く開錠した。
「あった。コレだ。」
引き出しの中に入っていたのは、この家の権利書と思わしき書類や何かしらの証明書の類。
そして見るからに高い精度で作られた見た事も無い形をした鍵ーーアーティファクトの鍵だった。
あの部屋を開けるための鍵に違いない。
いくら部屋をアーティファクト製の錠前で封じても、その事に安心して肝心の鍵の扱いがずさんになっていては意味が無い。
ああ見えてハルトは根本的にはお人好しなんだろう。だからこんなポカをする。
アタシは素人丸出しのハルトの迂闊さに喝采を送りたくなった。
アタシは鍵をポケットにしまうと、引き出しを元通りに閉めて施錠した。
部屋を出る時にナイフを回収するのも忘れない。
アタシはティルシアの部屋に向かいながら、浮かんでくる笑みをかみ殺した。
食事は相変わらず満足のいく美味しさだった。
ティルシア達の目を気にして、がっつかずに食べるのに苦労したほどである。
「ハルトは昨日一人でダンジョンに入っていたんだ。今日はゆっくり家で休んでいてはどうだ?」
「そうだな。最近家の掃除もしていないし、体を休めがてら家の用事でも済ませておく事にするか。」
ハルトは一日家から出ないのか。
ティルシア達が出たら適当なタイミングを見計らって家に戻り、さっき手に入れた鍵で謎の部屋を調べるつもりだった。
当てが外れたか。あまり長く鍵を持っていては危険なんだけどな・・・
ひょんな事からハルトが机の引き出しを開ける事にならないとも限らない。
その時、引き出しの中にあるはずの鍵が無ければ、ティルシアは流石にアタシを疑うだろう。
時間は無い。今夜にも調べよう。
アタシはさりげなくポケットの鍵を確かめながら、そう心を決めた。
「首尾はどうだ?」
連絡があった場所でアタシを待っていたのは陰気な見た目の男ーーベックだった。
昨夜はアタシからの連絡で、一晩中家の外で待機していたはずだがそんな疲労を微塵も感じさせない。
アタシはコイツが愚痴をこぼしたり取り乱したりした所を一度も見た事が無かった。
「まだ疑われてはいないはずだよ。それより家の中に気になる部屋があった。」
アタシの説明に眉間に皺を寄せて考えるベック。
「・・・なるほど確かに怪しいな。その鍵を見せろ。」
アタシから鍵を受け取ると、ベックあちこち眺めまわした。
「見た事も無い作りの鍵だ。アーティファクトというお前の見立ては間違いではなさそうだな。」
言い方にいちいちアタシを疑う意図を感じて不愉快だが、これは何もベックに限った事ではない。
チームの仲間とはいえ、人間の男達は獣人の女であるアタシを日頃から軽視していたからだ。
とはいえ今更言うような事でもないのでアタシも特には反論しなかった。
チームが集めた情報によると、アタシ達の祖国のヴェーメルクでは太古の遺跡から発見される貴重なアーティファクトが、この帝国ではダンジョンの中から普通に見つかるんだそうだ。
帝国のダンジョンの規格外さにアタシは改めて驚きを感じた。
「アーティファクト製の錠前の中には魔法が組み込まれていて、無理に開けようとすると大きな音を出して周囲に知らせるものもあるそうだ。昨夜無理に手を出さなかったお前の判断は正しかった。」
ベックの言葉にアタシはこっそり冷や汗をかいた。
実はあの時少しだけだが、挑戦してみようか、と思ったからだ。実に危ない所だった。
「いつまでも鍵を手元に置いておくのは不味い。早めに調べろ。」
改めてお前に言われるまでも無い。どの道今夜調べに行くつもりだったのだ。
「分かった。なら今夜も俺が控えておく。ヤバくなったら家の外に出ろ、そこで二人でティルシアを迎え撃つ。不可能そうなら何か合図を送れ、その場合俺が中に突入する。」
アタシは頷くと、昨日のうちに調べておいた家の間取りを教えた。
そこにハルトの家を見張っていた仲間が慌てて駆け込んできた。
「不味い事になった。昨日の男の死体が見つかった。」
「町の外でか? 随分早かったな。」
「違う、対象の家の倉庫で見つかったんだ。発見したのは家主の男だ。」
仲間の言葉を聞いた途端、アタシは思わず「あっ!」と声を漏らした。
そうだ、最初にアタシに声をかけてきた男の死体、あれを倉庫に隠したまま忘れていた。
「どういう事だ。」
「済まない、アタシのミスだ。実は昨日あの後・・・」
アタシは彼らに事情を説明した。もちろん言い訳めいた事は言わずに事実のみを告げる。
この場で変に誤魔化して報告しても、最終的に困るのは実際に潜入している自分だからだ。
「迂闊だったな、連絡を忘れるべきじゃなかった。それで男の死体はどうなった?」
「男の隣家の者が町の衛兵を呼びに行っている。早ければすぐにでも衛兵が向かうはずだ。」
目を閉じて考え込むベック。
だがこの状況で取れる手段は限られている。
ベックが選んだのは静観する事だった。
「至急家を監視している仲間を下げろ。しばらく様子を見る。もし我々の目撃情報が出るようなら対処法はその時に考える。それと男達の素性を探っていたメンバーにも連絡を入れて手を引かせろ。そちらから足が付くかもしれん。」
「仲間はすでに下がっている。家の周りに野次馬が集まり出していたからな。調査をしている仲間への連絡は急ごう。」
ベックはアタシの方を見て言った。
「時間の余裕は無くなったかもしれない。今夜の仕事はしくじるなよ。」
アタシは緊張にゴクリと喉を鳴らすと頷いた。
家に戻るとすでに男の死体は片付けられていた。
集まっていたという野次馬達もいない。
衛兵による捜査は始まったばかりだが、明らかにチンピラと思わしき死体に捜査の方もさほど熱が入っていないようだ。
この町でもチンピラ同士の抗争で死体が出るのは大して珍しくはないのだろう。
こういう所は国が変わってもさほど変わりはないようだ。
二三言葉のやり取りがあったが、ハルトは今夜もアタシがティルシアの部屋に泊まる事を認めてくれた。
この男は口では厳しい事を言うが情に訴えると最後には渋々折れるのだ。
ハッキリ言ってこの男はお人好しだと思う。
だが、こんな人間ばかりなら、人間の町ももう少し獣人にとって住み易くなるだろう。
アタシはティルシアがなぜこの男の家に住んでいるのか分かったような気がした。
そして運命の夜が来た。




