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その13 暗殺者ロッテ ダンジョン夫ハルト

◇◇◇◇暗殺者ロッテの主観◇◇◇◇


「スマンがお茶とか期待しないでくれ。私はハルトから「茶がもったいないからお前は絶対に淹れるな」と言われているからな。」


 ティルシアに家の中に招き入れられたアタシは、家のリビングに通された。

 アタシは貴族の屋敷に端女(はしため)として潜入するために、お茶くらいは淹れる事が出来るようになっているが、ここは大人しくしていた方が自然だろう。


「いえ、お構いなく。」


 アタシの返事に少し不満そうにするティルシア。

 今の返事は不自然だったのか?


「そうか? だったらいいんだが。」


 これは後で知った事だが、ティルシアは世話焼きな所があって、自分が役に立てない事が不満だったのだ。


「ハルトはダンジョンに行っている。日が家の屋根に隠れる頃には帰ってくるはずだ。それまでくつろいでいてくれ。」


 そう言うとティルシアは、コップに入った水と町の屋台で買ったと思われる煎り豆をテーブルの上に置いた。




「あ、お帰りなさい。」


 この家のオーナー、ハルトはそれから半時(一時間)もしないうちに帰って来た。

 安物の防具を着た黒髪の若い男だ。

 とてもこの洒落た家のオーナーには見えない。


「あ、あの・・・」


 アタシを見たまま何も言わないハルトにアタシは声を掛けた。

 しかし、ハルトはアタシの言葉を無視してティルシアに話しかけた。


「ティルシア、お前の関係者か?」

「違う。私が帰った時に家の前に立っていたのだ。ハルトに用事があると言うので家に入れたんだ。」


 端的に事情を説明するティルシア。

 訝しげな表情をするハルト。

 アタシは事前に作っておいた自分のプロフィールを説明した。


「このヴィットダウフ荘なら仕事場からも近いから良いだろうって。」

「「ヴィットダウフ荘?」」


 ハルトとティルシアが同時に声を上げた。

 どうやら二人共この家の名前を知らなかったようだ。




「彼女の出した商会の名前は、確かに俺がこの建物を買い取った商会だ。だが俺は自分の家にするつもりでこの建物を買ったんだ。今後も誰かに部屋を貸す予定はないし、そのつもりもない。」


 ハルトの言葉は意外なものだった。

 この家を賃貸物件として運営するつもりが無いと言うのだ。


 これはマズイ展開だ。

 ここを追い出されてはティルシアとの接点が無くなってしまう。

 アタシはどうにかして置いてもらえないか交渉した。


「で、でしたらせめて今日だけでも泊めて下さい。宿屋は今朝引き払ってしまっていますし、もうこんな時間だと女一人で安心して泊まれる宿も探せませんから。」

「気の毒だとは思うがそれはそちらの事情だ。俺がどうこうする事じゃない。」


 にべもない態度で断るハルト。

 取り付く島もないとは正にこの事だ。

 ひょっとしてアタシにーー獣人に部屋を貸すのがイヤなのか?

 いや、すでに獣人であるティルシアが部屋を貸りている。ハルトに獣人に対する差別意識は高くないはずである。

 それとも好悪の感情を別として、個人的にボスマン商会に頭の上がらない理由でもあるのだろうか?

 

「おい、ハルト。流石にそれは言い過ぎだろう。お前は人間の男だから分からないかもしれないが、人間の町では獣人の女は苦労するんだぞ。」


 アタシが懸命に知恵を巡らせていると、意外な事にティルシアの方から助け舟が出された。 

 固唾をのんで見守る中、結局ハルトはティルシアの意見に折れ、アタシはティルシアの部屋に泊めてもらえる事になった。

 願っても無い展開とも言えるが、もう少し彼女の事を知ってから距離を詰めたかった気もする。


 ・・・いや、どのみち針子の仕事の嘘がバレるまでしか時間は無いんだ。ここはチャンスだと思って切り替えよう。




「何とか潜り込む事には成功したが、あまり時間は無さそうだ。」


 ハルト達と夕食を食べに出かけた食堂で、私は用を足すと言って離れて仲間と連絡を取った。

 アタシは仲間にこれまでの経緯をざっと説明した。


「それはこっちのミスだな。商会からはオーナーが賃貸で稼ごうと考えていないとは聞いていなかった。すまない。」

「それより時間も無いし今夜から動こうと思う。何かあった時の事を考えてベックを呼んでおいてくれ。」


 陰気な男ベックはティルシアに劣る階位(レベル)4だが、アタシと同時にかかれば二対一。それにアタシには”いざという時の切り札”もある。戦い方さえ間違えなければ十分勝ち筋も見えるはずだ。

 問題はハルトだ。パッと見は強そうにも見えなかったし防具も貧弱だった。


「あの男の事はこっちでも調べた。10年ほど前からダンジョン協会に所属しているダンジョン夫で、階位(レベル)は1だそうだ。」


 階位(レベル)1?!

 信じられない言葉にアタシは思わず仲間の目を見つめた。


「気持ちは分かるが協会でも有名らしい。何でもスキルの影響で階位(レベル)が上がらないんだそうだ。どんなスキルかまでは分からなかったが、階位(レベル)が上がらないという事は、おそらく戦闘に向かないスキルなんだろう。」


 スキルは生える、と言われている。

 めったに生えるものではないが、その人間の個性に沿ったものが生えやすいと言われている。

 もしハルトが戦闘的なら、階位(レベル)が上がらないなどという馬鹿げたデメリットを持つスキルは生えないだろう。

 アタシはハルトの冴えない姿を思い出した。

 多分仲間の判断は正しい。それにもしハルトのスキルが厄介なモノであったとしても、階位(レベル)差でねじ伏せてしまえば問題ないだろう。

 こと対人戦闘において、それほど階位(レベル)の差というのは大きいのだ。


「ならハルトの事は置いておこう。ベックの件は頼んだ。」

「分かった。」




 ティルシアは家に帰るとすぐに部屋で横になった。

 と言っても部屋にはベッドも何もなく、硬い床の上に敷いた敷物の上に直接寝転がっただけだ。

 ティルシアは床に直接放って置かれたマントを手繰り寄せて、それを毛布代わりにしながらアタシに言った。


「私はもう寝る。そこの毛布を自由に使え。それじゃあな。」


 そう言うと明かりも消さずに目を閉じた。

 アタシはティルシアの部屋の中を見渡した。

 家具も何も無い部屋だ。

 最初にティルシアの部屋に案内された時、アタシは大手商会で優遇されているティルシアですら、獣人ということで差別を受けているのかと思った。


(いや、確かウサギ獣人の戦士はテント暮らしで家具を持たないんだったか。)


 そう。獣人の中でも類まれなる戦士であるウサギ獣人は、武器とテントだけでどこにでも行って戦う事を自らの誇りにしているのだと聞く。

 人並みの価値観を持つアタシのようなネコ科獣人からは想像も出来ない考え方だが、獣人というのは種族によって生き方が異なるものなのだ。


 幸いアタシはベッドでないと寝られないような生活をしてこなかったので、直接床に寝る事に抵抗は無かった。

 暖かい部屋と毛布があれば上々だ。

 アタシは真夜中まで少しの時間仮眠をとる事にした。



 ふと意識が戻った。感覚で分かる、今は真夜中。

 仕事の時間だ。

 アタシはゆっくりと毛布をまくると音を立てないように静かに起き上がった。

 しばらくその状態でジッと辺りの様子を窺う。

 ティルシアは良く眠っているようだ。今も規則正しい寝息が聞こえている。

 アタシは音を立てないように静かに部屋から抜け出した。


 アタシはまず真っ先に昼間に目を付けていた部屋へと向かった。

 明らかにそこだけ分厚いドアが取り付けられた、厳重に鍵がかけられている部屋だ。

 部屋の鍵を調べた途端、アタシは仕事中にもかかわらず思わず小さく声を上げてしまった。


「この鍵は・・・アーティファクト?!」


 アーティファクトとは遺跡などで見つかる、現代の技術では作り出せない高性能な道具の事を言う。

 滅多に市場には出回らないが、有用な物には非常に高値が付く。


 アーティファクトで封じられたこの部屋って一体・・・


 非常に興味がそそられるが、多分この鍵はアタシの開錠技術では開ける事はできないだろう。

 アーティファクトはそれほど現代から隔絶した超技術の塊なのだ。


 アタシは昼間外から見たこの家の間取りを思い浮かべた。


(窓から入るのも無理か・・・。)


 家の中で一か所だけ不自然にレンガとコンクリートで埋められた窓があった。

 あれがおそらくこの部屋の窓だ。


 多分この部屋の中のものがティルシアの秘密なり弱点に関係している。


 これはアタシの勘だ。

 最も、これほど怪しいモノを見て、二つを結びつけないヤツはいないだろう。

 とはいえ、ここにいてもこれ以上の情報は得られそうにない。


 今夜は一旦引くしかないか。


 それにこの家にはまだまだ調べなければならない場所がある。

 アタシは後ろ髪を引かれる思いで鍵の前から離れると、家の中の探索を続けるのだった。



 翌朝、アタシが目を覚ますとティルシアはまだ眠っていた。

 一体いつまで眠るんだコイツは。

 一瞬、今ならティルシアを殺せるチャンスだ、との誘惑に駆られそうになったが、それだと最低限の依頼しか果たせない事をアタシは知っている。

 ティルシアを殺すのは昨日の部屋の秘密を探り終えてからだ。

 アタシは毛布をたたむとティルシアの部屋を出た。


 ハルトは昨日買った朝食用のスープを温め直していた。

 いい匂いが部屋の中に充満し、アタシの食欲を刺激した。


 帝国はこんな普通の町でもアタシの祖国ヴェーメルクより裕福なのか、宿の食堂でもビックリするくらい美味しい食事を出す。

 ヴェーメルクでは料理といえば塩味のみで、アタシも今までは料理といえば塩を振って焼くか、煮て塩味を付けるかだけだと思っていた。

 その塩ですら庶民には貴重品で、宿屋の食事といえば限界まで塩味の薄いスープと相場が決まっていたのだ。


 そんなアタシにとって、味のハッキリしたこの町の料理は驚きだった。

 一口食べた途端、正に目から鱗が落ちる思いがしたものだ。


 この町の料理の刺激的な味わいの秘密は、ふんだんに使われた香辛料だ。ダンジョン上層から手軽に香辛料が採れるため、この町では一般庶民でも比較的安く手に入れる事が出来るのだ。

 この国ではこんな所にもダンジョンの利益が絡んでいる。

 それ以来、アタシは食事の時間が楽しみで仕方が無くなっていた。


「お、おはようございます。」

「ああ。おはよう。共同井戸に行って顔を洗ってくるといい。場所は昨日教えたよな。ついでにティルシアも連れて行ってくれると助かる。」


 ハルトはアタシの方をチラリと見てそう言葉を返すと、再び鍋の方へと向き直った。

 この時アタシはハッと気が付いた。

 今はまだティルシアは寝ている。そしてハルトは炊事場から動かない。

 動くなら今がチャンスだ。


「わ、分かりました。」


 アタシは懸命にはやる気持ちを押し殺して返事をした。

 アタシはティルシアの部屋に歩いていく・・・と見せかけて、素早くハルトの部屋へと向かった。

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