その12 暗殺者ロッテ ウサギ獣人ティルシア
◇◇◇◇暗殺者ロッテの主観◇◇◇◇
アタシは今、スタウヴェンの町へと向かう乗合馬車の中にいる。
今のアタシは、知り合いから紹介を受けて町で働く事にした村娘、という事になっている。
この乗合馬車に乗っているのも、そのためのアリバイ工作だ。
いささか回りくどいようだが、こういう部分を疎かにしていると、思わぬ場面で足を掬われかねない。
ましてや今回の相手であるティルシアは、王都で勢力を伸ばしているボスマン商会の手の者だ。
彼女の背後にはボスマン商会の情報網がサポートに回っていると考えておいた方がいいだろう。
高々20人程の我々のチームとは組織としての厚みが違うのだ。
(だが、悪い話ばかりじゃない。)
リーダーの情報によれば、どこから情報が洩れたのか帝王都では今、アタシ達と同じくボスマン商会を仕事に受けた”赤蜘蛛”の事が密かに話題に上っているらしい。
ヴェーメルクで悪名高い”赤蜘蛛”はこの帝国でも有名らしく、ボスマン商会はそちらの対応にかかりきりになっているのだそうだ。
つまり現在、ティルシアへのサポートは手薄になっているという事だ。
スタウヴェンの町は思っていたよりも普通の町だった。
ダンジョンなんて規格外な物がある町なので、もっと発展した大きな町だと思っていたのだ。
後の話だが、この町のダンジョンは帝国の所有するダンジョンの中でも小さなものである、ということと、町の利権を独占するデ・ベール商会が町の自由な発展を阻害している、という事を知った。
「少し予定が変わった。」
仲間からの連絡を受けたのは、町に着いて宿で休んでいた時の事だ。
「どうやら現在ティルシアはボスマン商会から距離を置いているらしい。」
当初の計画では、アタシはボスマン商会に端女として雇われる予定だったが、現在のボスマン商会が想像以上に動いていない事、ティルシアが別の場所に住んでダンジョン協会に所属するダンジョン夫として本格的に活動していた事、等から当初の予定の通りにはいかない事が判明したのだ。
情報が足りなかった、と言うのは簡単だが、こういったニュアンスは現地に入らなければ分からないものだ。
時間も使える人数も限られた中で、可能な限りの情報を集めたリーダーを責めるべきではないだろう。
「ならどうするんだ? 当然代案はあるんだろう?」
「ああ、危険だが直接ティルシアの懐に入り込む。」
現在の基本的な設定はそのままに、アタシはボスマン商会ではなく、町の仕立て屋で針子の仕事をするために来た事にするんだそうだ。
「アタシは針子なんてできないよ?」
「それは心配無い。仕立て屋の店主に金を握らせた。だがあまり長く続けるとティルシアかボスマン商会に勘付かれる恐れがある。早目に仕事を片付ける事だ。」
仲間の言葉にアタシは頷いた。
危険かもしれないが、作戦はもうすでに動き始めている。ここでの途中下車は許されない。
「ティルシアとの接点だが、今、ティルシアはヴィットダウフ荘という集合住宅で一人暮らしをしている。幸い空き部屋だらけだったので、お前が入居できるように手配をしておいた。そこで何とか相手に近付け。」
そう言うと仲間は懐から折りたたまれた魔法のスクロール用紙を取り出した。
「商会からの斡旋状を用意した。話だけでは疑われるようならこれを使え。」
魔法を使用し終わった後の魔法のスクロールは、書かれていた魔法陣が消えてただの白い紙になる。
使用済みスクロール用紙は質が良いため、貴族の手紙や証明用紙としてよく利用されている。
これはヴェーメルクでも帝国でも変わらないらしい。
アタシは渡された用紙を広げたが、何が書かれているのかはさっぱり読めなかった。
思わず仲間の顔を見たアタシだったが、彼も困った表情を浮かべていた。
「俺にも読めないんだ。ヴェーメルクとは文字が違うらしい。だが書いてある内容に間違いはないはずだ。町の人間に金を払って確認したからな。」
アタシ達は国が違っても話す言葉は同じだ。これは神話に根差したきちんとした理由がある。
ただし、文字は各国が独自に開発したようで、国によっては全く違う文字に発達しているらしい。
「こういうのを見ると、祖国を追われて外国に来ちまったんだなって改めて思うよ。」
仲間は見慣れない異国の文字を眺めながら複雑そうな表情をした。
アタシはそんな仲間に何も言えなかった。アタシも彼同様、寂しい気持ちを味わっていたからだ。
ヴィットダウフ荘とやらは町の外れにある洒落た作りの大きな家だった。
中々雰囲気の良い建物だが、住んでいるのはティルシアだけだという。町から外れているために入居者が少ないんだろうか?
アタシは建物の周りをぐるりと回って周囲の建物の配置と道を頭に叩き込んだ。
次にヴィットダウフ荘自体の造りを良く観察する。
特に屋根裏部屋の痕跡と地下室が無いかは重点的に見ておく。
知っているといないとでは、いざという時に差が出るからだ。
「おい、そこの獣人のメス女、ココで何をしていやがる。」
不意にアタシは三人の男達に声をかけられた。
この辺りの住人とは思えないガラの悪い男達だ。
というかメスと女じゃ言葉の意味が被っているだろうに。
アタシは無視して通り過ぎようとしたが、最初に話しかけて来た男を残して二人の男が私の道を塞いだ。
「俺達がここを探っている時に見つかったのが運の尽きだな。怪しい女だ。テメエ何でこの家を探ってやがる。」
この男は、自分達がこの家を探っておいて、アタシが探っているのは怪しいと言うのか?
とりあえずこの男達が程度の低いチンピラだという事は分かった。
そしてコイツらの欲望むき出しの野卑な表情を見ても、おそらくアタシが何と言っても納得しない事も分かった。
「おい女、ちょっとあっちの小屋で全身調べ・・・グフッ。」
いつの間にか影のようにチンピラの背後に立っていた地味な男が、チンピラの背中にナイフを突き立てた。
一声うめいて絶命するチンピラ。
アタシは振り向きざまにしゃがみ込むと、背後の二人の足を払った。
「うおっ!」「痛っ!」
仲間がやられて驚愕していた所にアタシの攻撃を食らったことで、悲鳴を上げて転がるチンピラ達。
「お前はもう手を出すな。返り血を浴びないように下がっていろ。」
「分かってる。」
アタシが素早く後ろに下がると、地味な男ーーベックと、どこからか現れた仲間がそれぞれ手にしたナイフでチンピラ達に止めを刺した。
「急いで隠せ。」
ベックと仲間はチンピラを背負ってこの場を離れた。
アタシは手近な木の枝を折ると、地面に落ちたチンピラ達の血の跡を掻き消した。
その時、遠くからウサギ獣人の少女が歩いて来ているのが見えた。
「不味い! ティルシアが帰って来た!」
幸い茂みの影になって、相手からはこちらの姿は見えていないようだ。
仲間は離れているし、まだこの場には最初に殺されたチンピラの死体が残っている。
アタシは返り血を浴びないように慎重にチンピラの死体を引きずり、近くの物置小屋に隠した。
慌てて血の跡を消し終えるのと、ティルシアがアタシを見つけたのはほぼ同時だった。
「ん? この辺の者じゃないな。誰だお前は?」
マズイ、疑われたか? いや、単に用心深いだけなのかもしれない。
今のアタシは町に来たばかりのただの村娘だ。
アタシはティルシアが警戒している事に気付いていないふりをして答えた。
「ア・・・私はロッテといいます。この家の家主の方に用があって来ました。」
「この家の? ハルトに何か用があるのか?」
ティルシアは踏み込んで剣を振っても届かない距離から、じっとアタシを観察している。
チームのカルと同じ階位5とは思えないほどの威圧感だ。
疑われないように丸腰で来た事をアタシは本気で後悔した。
アタシはひるんで耳が伏せないように気を強くもちながら、肩にかけた袋からスクロール用紙を取り出した。
「この家を以前所有していた商会から勧められて来ました。ここに斡旋状もあります。」
ティルシアはアタシから用紙を受け取るとその場でざっと目を通した。
焦ったからとはいえ、たった一つの切り札を早々に切ってしまったのは明らかにアタシのミスだ。
これで信用されなければアタシの取れる手段はもう無い。
アタシは自分の心臓がバクバクと大きな音を立てるのを聞いた。
「ふうん・・・。 ハルトがこの商会から家を買ったかどうか私は聞いていないが、まあいいだろう。詳しい話はハルトが帰ってから聞くとしよう。中に入れ。」
どうやら取り敢えずアタシの事を信用してもらえたようだ。
アタシは安堵の表情を出さないように懸命に堪えなければならなかった。
ガチャリ
ティルシアは用紙をアタシに渡すと家の鍵を開けた。
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