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その4 3階層にて

「マルティンはここから落ちたのか?」

「地図は頂けませんでしたが、見せてはもらえました。間違いありません。」


 ここはダンジョン3階層。灰色狼の徘徊ルートのため、ダンジョン夫もあまり寄り付かない区画だ。

 灰色狼とはこの3階層で最も恐れられているモンスターだ。

 ウサギ系獣人の少女ティルシアが言うには、この穴に彼女の主人である若き商人マルティンは落ちたらしい。


 しかし、一度見た地図をここまで自信満々に言い切れるほど記憶しているとは凄いヤツだな。

 奴隷にしては高すぎる階位(レベル)といい、装備の目利きといい、やはりただの奴隷じゃなかったか。

 ・・・まあ、今ならティルシアに少々裏があろうが、力で何とでもできるがな。


「しかし、この穴、本当に落とし穴なんでしょうか?」

「見りゃ分かるだろ、崖だよ。深層(7階層より下)まで通じている。」

「そんな!」


 そう、つまり今回の一件はただの事故ではなかったというわけだ。

 まあ最初からどうせそんなことだろうと思っていたが。

 俺は背中の荷物を下ろすとティルシアに向き直った。

 その俺に何を感じたのかティルシアが素早く俺から距離を取った。

 いい動きだ。階位(レベル)5は伊達じゃないな。


「・・・何か?」

「それは俺のセリフだ。俺に何か言うべきことはないのか?」

「一体何を」「マルティンは”安全地帯”のスクロールを持っていたんだな?」


 ティルシアの顔色が変わった。

 やはりそうだったか。


「お前は暗殺者か。」

「! 違います! 私はご主人様をお救いするために来たんです!」

「口は便利だよな。」


 俺が一歩前に出ると、ティルシアは俺からさらに距離を取りながらどこからともなくナイフを取り出した。


「武器は置いてくるよう言っといたはずだが。」

「・・・これについては謝ります。しかし」


 俺はティルシアに全てを言わせず距離を詰める。

 彼女の目には俺が瞬間移動したように見えたのかもしれない、ティルシアの顔が驚愕に染まる。

 彼女がずっとモンスターと戦う俺の身のこなしを観察していたことは分かっていた。

 3階層に入ったあたりからは、俺の動きを警戒していたことも。

 

 だから今まで俺は全力を出さずにいたのだ。


 ためらいもなくナイフを突き出すティルシア。

 訓練されて体に沁みついた滑らかな動きだ。

 この年齢でどこでこれほどの技量を身につけたんだ?

 階位(レベル)5という高い身体能力にこの練度。階位(レベル)1の俺では彼女の影さえ踏むことはできない。

 このダンジョンに入る前までなら。


「な・・・。」



 俺は彼女が右手で突き出したナイフの側面を左手で払う。

 簡単にやったことのようで、実際やるにはどれほどの速度差がなければ出来ないことか。

 俺は左手で払いつつも前に出ている。

 これにより彼女は俺との間に自分の右腕が入って、次の行動が封じられる。

 咄嗟に開いた左に身を投げ出し逃げるティルシア。

 俺は彼女の身体に触れ、彼女が逃げようとする方向にさらに力を加える。

 彼女は俺に突き飛ばされるような形になる。

 転倒したティルシアに俺は素早く近付くと髪を掴み抑え込む。



 ・・・という展開も出来たのだが、それも面倒だ。

 今回は手っ取り早く済ませることにしよう。


 俺は身体能力をフルに生かすとティルシアの前から消えるように動き、一瞬後には彼女の背後に回り込むと白い首筋にナタを突き付けた。


「さあ、全て話せ。今度は隠し事は無しだ。」




「マルティン様はデ・ベール商会と上手くいっていませんでした。」


 俺に圧倒的な力の差を見せつけられて観念したのか、ティルシアはポツリポツリと話し出した。


 デ・ベールはクシャクシャの皺だらけの爺だ。この町の商業全てを牛耳っている。

 この町では屋台の串焼き売りから大通りに店を構える大店まで、商人なら全ての人間がデ・ベール商会の顔色をうかがって商売をしている。


「今回の依頼はこの町の代官様からでしたが、マルティン様はデ・ベール商会の差し金ではないかと疑っていました。」


 ではないか、どころではない。間違いなく、だ。

 デ・ベール商会と代官は裏ではズブズブの間柄だ。

 デ・ベール商会は名前こそ商会だが、実際は町を支配するマフィアのような存在だ。

 代官とマフィアがつるんでいるんだからこの町はもうどうしようもない。


「それでダンジョン内に商会の出店を・・・か。 そんな事が現実に可能なのか?」

「難しいと思います。ですが、代官様に強く言われると・・・」


 どうしてそういう発想に行き着いたのかは分からないが、マルティンのところのボスマン商会は他の町のダンジョンで「ダンジョン内商店」を開いたんだそうだ。

 もちろんそのダンジョンはいろいろと条件がそろっていてそういうことになったんだろう、この町のダンジョンで可能とは思えない。

 この町のダンジョンはいろいろとあるダンジョンの中でもかなり規模が小さい。

 俺たちがあっさりと3階層まで来たことからもお察しだ。

 こんなダンジョンではダンジョン夫の数も知れている。

 とても商売になるとは思えない。


「で、一応調査に来たと。」

「はい。調査は3階層まで。護衛は代官様が出して下さいました。期間は往復の時間と調査も含め3日を予定していました。」


 ふむ。恒常的な店を作るためにはどのくらいの調査が必要なのかは分からないが、それにしても3日は短かすぎる気がする。


 最初から襲うことが決まっていたんだな。


 やはりマルティンはハメられたようだ。



「マルティンは襲われることが分かっていたんだな。だから”安全地帯”のスクロールを持って行ったんだ。」

「・・・それは私には分かりません。ですがマルティン様に言われて”安全地帯”のスクロールを用意したのは私です。持って行かれたことは間違いありません。」


 スクロールは魔法が封じられた使い切りのアーティファクトだ。

 この世界ではモンスターは魔法を使うが人間は魔法を使えない。

 人間の体内には魔法発生器官が存在しないからだ。


 ・・・もしこの世界の人間に生まれつきそんなモノがあったら、当然、この世界の生まれではない俺だけが世界で唯一魔法が使えない人間になってたかもしれない。


 そうなれば俺はとっくに死んでたかもしれないな。

 ・・・そんな仮定の話をしていても意味が無いか。


 で、話を戻すと、スクロールはそんな人間も魔法が使えるようになるという有難い代物なのだ。

 だからと言ってスクロールを使えば階位(レベル)1の俺でも魔法無双・・・とは残念ながらいかない。

 スクロールにも階位(レベル)が存在していて、自分の階位(レベル)までのスクロールしか使えないからだ。

 なぜなら魔法にはそれを発動させるために必要な媒体、”魔力”が必要だからだ。

 人間には魔法発生器官が無い、といっても実は魔力自体は持っているのだ。これは地球人の俺も同様らしい。

 魔力はゲームで言う所の”MP”と考えれば分かりやすい。

 MPもまたゲーム同様階位(レベル)が上がると総量が増える。

 つまり階位(レベル)1の俺の魔力だと、せいぜい階位(レベル)1のファイヤーボールが数発撃てる程度なのだ。

 もちろん高階位(レベル)の者だと階位(レベル)1のファイヤーボールなら何十発と撃てる事になる。

 

 スクロールはノート程度の大きさの紙に様々な魔法が封じられている。

 ファイヤーボールやウインドカッターなどの攻撃用魔法から、一時的に使用者の能力を高めるもの、相手に状態異常を与えるもの、以前話に出た装備に能力を付与するものまで様々だ。

 スクロール自体にも入手しやすい類のものとそうでないものがあり、攻撃用は比較的手に入り易いといえる。まあそれでもかなり珍しいのだが。


 その中でも安全地帯のスクロールはかなり特殊で、使用者を中心にダンジョンの地面に直径1mほどの光のサークルが発生するというものだ。

 使用者はそのサークル内にいる限りモンスターの攻撃を決して受けない。

 逆にこちらからは攻撃し放題だ。

 制限時間もない上、どんな格上からの攻撃も凌ぐ優れものだが、一歩でも足を踏み出した途端にサークルは消えてしまう。

 ダンジョンの中でしか使用できない上、使用者はその場から動けないので、売り物としてはあまり人気のないスクロールだ。

 売ってもそれほど金にはならないので、大体はダンジョン夫が自分達で使用してしまう。

 安全に飯を食ったり、用を足したり、負傷した際にはケガの応急手当てをしたりと、俺達には重宝されるアーティファクトだ。



 俺はナタをティルシアの首筋から外した。

 自由になった首をさすりながらティルシアが振り返った。


「信用して頂けたのですか?」

「マルティンにとって安全地帯のスクロールは今回の調査の命綱だ。それをお前に用意させたのならお前が裏切り者という可能性は消えた。」


 ティルシアは、なんだか釈然としない顔をしている。


「マルティンがお前を信用しているのなら、お前はシロだ。そういうことだよ。」


 なぜならマルティンは「鑑定」のスキル持ちだからな。


 マルティンがティルシアに自分のスキルのことを話しているか分からないから言わないが。

 まだすっきりしない様子のティルシアに、さっき奪い取ったナイフを渡す。


「よろしいので?」

「それがないと落ち着かないだろ。俺を信用していないんだからな。」

「それは・・・その・・・」


 チクリと嫌味を言っておいて、さっき下ろした荷物を拾いに行く。

 ここから先は中層だ。だがマルティンが落ちたのはさらにその下の深層。

 ここで時間を取られるわけにはいかない。

次回「中層の戦い」

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