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その11 暗殺者ロッテ スタウヴェンの町へ

◇◇◇◇暗殺者ロッテの主観◇◇◇◇


 アタシの名前はロッテ。親の付けた名はシャルロッテだが、もう誰もその名前でアタシを呼ばない。

 頭の耳から分かると思うがネコ科の獣人だ。


 アタシの母国はヴェーメルクというしみったれた小さな国だ。私が生まれた頃からこの国は政情が不安定になったらしい。


 この大陸の中央にはカレンベルク帝国という強国が存在している。ヴェーメルクを含めた周囲の小国は、自分達がいつ帝国に攻め込まれるかと戦々恐々として過ごしている。

 そんな中、ヴェーメルクの国王が無責任にも世継を決めずに死んだ。

 後は言うまでもないだろう。

 王位継承権を持つヤツらは各々の支持者を集めて対立した。

 とはいえ、さっき説明した通り、ヴェーメルクは帝国の侵攻を恐れている。

 そのためコイツらの戦いは武力ではなく宮廷闘争や政争といった形で隠れて行われた。


 多くの貴族が暗殺者を雇い、敵勢力のトップを狙い撃ちした。

 暗殺者が貴族の当主を殺し、さらには暗殺者を防ぐために敵側の暗殺者を殺す。

 暗殺者は自らの身を守るために組織化し、暗殺者ギルドが誕生した。


 こうしてヴェーメルクは、この10年で王位継承を果たした者だけでも6人が暗殺されるという一大暗殺国家となってしまったのだ。

 もちろん暗殺された貴族の数は、主だった者達だけでもその何倍もの数に上っている。



 流石にこの状況を憂慮した貴族達は、今までのいきさつを一時棚上げして同盟を結ぶことにした。

 この計画はなんとか成功を収め、こうして現在のヴェーメルク王家が誕生したのだ。


 敵対派閥同士の恩讐を乗り越えた、といえば聞こえは良いが、今までの恨みつらみが消えて無くなるわけじゃない。

 くそったれな貴族達の恨みの矛先は、実際に手を汚したアタシ達暗殺者の方へと降り注いだ。


 この時の執拗な攻撃に暗殺者ギルドはついに壊滅した。

 しかし、一部の暗殺者達は国境を越えて他国に逃げ延びた。


 アタシ達のチームもそんな暗殺者集団の一つだった。




「ロッテ、仕事だ。」


 ベックがアタシに丸めた服を投げてよこした。

 ベックはこれといった特徴のない陰気な男だ。獣人である私を見下しているイヤなヤツでもある。

 まあそれを言えばこのチームの誰もが獣人の女であるアタシを見下しているんだが。


「町の名前はスタウヴェン。お前は田舎から町に働きに出た村娘という事になる。失敗するんじゃねえぞ。」


 わざわざ最後に言うまでもない事を言う所が、コイツをイヤなヤツたらしめている所だ。

 暗殺者が失敗をすればその代償は自分の命で支払う事になる。

 お前に言われなくてもそのくらいの事は分かっているんだよ。


 アタシは部屋の隅で着替えるとーーベックはアタシが着替えているのに部屋から出もしなかったーーベックと連れ立ってリーダーの所に向かった。


 リーダーは髭の中年男だ。暗殺者は男は髭、女は髪を伸ばす。もし仕事中にヘマをして逃げ出さなければならなくなった時、手っ取り早く髭や髪を切って印象を変える事で追跡者の目を一時的に誤魔化すためだ。

 ベックはその地味で目立たない個性を生かすため、逆にあえて髭も髪も伸ばしていない。


 部屋にはチームの全員が集まっていた。20人ほどいるが、どいつもこいつも一端の暗殺者だ。

 部屋に入って来たのはアタシ達で最後だったらしい。アタシが部屋の端の適当な場所に座ると早速リーダーは全員に言った。


「仕事の相手はボスマン商会の跡取り息子のマルティン。その周りの主だった商会の者達も対象だ。」

「けどリーダー、周りのヤツらごと片付けるならもうそれは俺達の仕事じゃないんじゃねえか?」


 カルがリーダーに不満を漏らした。カルはアタシより背の低い小男だが、階位(レベル)5とこのチームの中ではリーダーに次ぐ力を持っている。


「全滅は不味いらしい。主要な者達だけを事故に見せかけて殺すというのが依頼内容だ。」

「ふうん。まあそれなら仕方ねえか。」


 一応納得している様子だが、カルに依頼主の事情を察するような頭が無い事はこのチームの誰もが知っている。

 単細胞なくせに野心家なカルは、自分がリーダーに意見してみせたという事を自分の直属の仲間にアピールしたかっただけなのだ。

 要はリーダーを下げて自分を上げてみせようとしたのだが、誰の目にもカルの浅知恵は明らかだったので、コイツの目論見はその時点で失敗しているんだが。


「ならアタシはボスマン商会に潜り込めば良いんだね?」


 アタシの言葉に少し答え辛そうにするリーダー。

 ? 違うのか?


「それが、まだボスマン商会は正式にはスタウヴェンの町には進出していないらしい。」

「どういう事だい? リーダー。」


 どうやら依頼主はマルティンがスタウヴェンの町のボスマン商会にいると考えて暗殺を依頼したが、実際にはマルティンはまだ王都から出ていないんだそうだ。


「じゃあ、王都に向かおうよ。」

「いや、それは他のチームに依頼がいっている。」

「はあ?」


 この時は事情が良く分からなかったが、後で知った情報を重ね合わせると、何となく事情が分かって来た。


 帝国の王都(正確には帝王都と言うらしい)には、ボスマン商会とやりあっているデ・ブラバンデル商会という商会がある。

 この商会は少し前までは大手商会だったが、今では随分とボスマン商会にやられて見る影も無いらしい。

 で、そんな落ち目商会から二つの暗殺依頼が出た。一つは我々のチームに。もう一つは別のチームに。

 この二つの依頼は、おそらく出した方も二重に依頼を出した事に気が付いていない。それくらい現在のデ・ブラバンデル商会は混乱している状態だからだ。

 この時リーダーは独自の情報網でその事情を知って、王都に近付かなかったのだ。


「もう一つのチームは”赤蜘蛛”だ。」

「げっ! 冗談じゃねえぞ! てかあいつら逃げ延びていやがったのかよ!」


 カルが悲鳴を上げた。周りの仲間達からもどよめきが上がる

 カルの言いたいことも分かる。”赤蜘蛛”は毒殺を得意とする、ターゲット以外にも多数の犠牲者を出す評判の悪いチームだ。その犠牲者は無関係な者ばかりか、内通者や潜伏している味方にまで及ぶという。

 そんなヤツらと一緒に仕事をしたいチームなんてあるはずがない。

 貴族達に暗殺者ギルドが襲われた時も、いの一番に狙われたと聞く悪名高いチームだ。


「だったら今は王都には近付かない方がいいな。」

「ああ。それで依頼の件だがーー」


 どうやらスタウヴェンの町には下準備のためにすでに何人かが入っているらしい。

 取るに足らない人材だが、その中にリーダーの目を引く者がいたのだ。


「王都でマルティンの護衛をしていたウサギ獣人のティルシアという女がいる。ただし、今はダンジョン夫をしているらしいがな。」

「ダンジョン夫?」


 リーダーの話によると、カレンベルク帝国にはダンジョンと呼ばれる地下空間がいくつか存在していて、そこでは資源やモンスターが常に沸いているんだそうだ。

 ダンジョン夫とはそのダンジョンで資材を採取する、いわば鉱山の鉱夫のような存在らしい。


「何だそれ! 帝国はそんなものまで持っているってのか?! そりゃこれだけデカい国になるわけだぜ!」


 仲間の言葉ももっともだ。それって坑道を掘り進めなくても無限に鉱石の沸いてくる鉱山みたいなもんじゃないか。


「そのティルシアだが、少し前には町を牛耳る大手商会の雇った軍人崩れと揉めたという噂もある。そもそも凄腕の護衛を地方の町で遊ばせておく理由がねえ。俺は、ティルシアはマルティンから何か重要な命令を受けて行動していると睨んでいる。」

「なるほど。俺達はそいつを暴いてからその獣人女を始末すればいいってわけだ。」

「そうだ。全てはその命令の内容次第だが、おそらく雇い主に交渉出来る秘密のはずだ。」


 仲間の言葉にリーダーはニヤリと笑った。

 リーダーは一人部屋の端に座るアタシを見て言った。


「ティルシアはウサギ獣人の女だ。人間の町に住む同じ獣人の女になら気を許すだろう。お前は何とか上手くヤツに取り入れ。何か聞き出せるならもちろんそれに越したことはない。だが、口が堅くて何も聞き出せないようなら、ヤツの秘密なり弱みになるモノが無いか探れ。」


 ”獣人の女”の部分に侮蔑の響きがこもっている事にアタシは気が付いていた。

 だが、アタシは自分の不満を表情に出すような迂闊な真似はしない。

 そもそも、チームの誰しもがアタシの事を獣人の女として蔑視している事を知っているからだ。


 リーダーの「人間の町に住む同じ獣人の女になら気を許す」という言葉も、同じ虐げられた者同士ならきっと同族意識を持つだろう、という判断だ。

 リーダーの判断は間違っていない。人間はアタシのような獣人に対して差別意識が強い。人間の社会は獣人が住むには厳しい場所だ。


「ベック、お前は何人か連れてロッテのサポートに回れ。カル、お前はいつものメンバーでデ・ベール商会に探りを入れろ。残りの人間は俺と情報の収集と予備戦力として控えてもらう。」


 その後はカルから「デ・ベール商会を調べる意味があるのか?」とか「俺に全体の指揮を任せろ」だとか、下らない文句が出たものの、最終的にはリーダーの指示通りに仕事が遂行されることになった。

 カルは思い上がらずに素直にリーダーの指示に従っていればいいのに、本当に馬鹿なヤツだ。

 いつまでヴェーメルクの暗殺者ギルドに所属している時のつもりでいるんだか。

 今のチームに必要なのは腕っぷしの立つ者より、今のリーダーのように仕事を取ってきたり仕事の裏を読める人間なのだ。


 カルは今の所階位(レベル)5の実力を買われて取り立てられているが、いずれリーダーに煙たがられて処断なり追放なりされるに決まっている。

 それにリーダーはカルよりベックの方を買っているように見える。今回の仕事でアタシのサポートをカルに任せずにベックに任せた事からもそれは分かる。

 リーダーはベックを自分の後釜に据えようと考えているのかもしれない。

 だが陰気なベックには仲間の人望が無い。多くの仲間はヤツに付いていかないだろう。


 このチームはもう長くないかもしれない。


 それはアタシの居場所が失われる事を意味している。

 でも、そんな事を考えていてどうする。どうせ人の社会に住む獣人に安住の地なんて無いのだ。

 それに今回の仕事の相手ーーティルシアは、情報ではカルに匹敵する階位(レベル)5の元傭兵だという話だ。

 ヘマをすればアタシの命は無いだろう。

 先の事を心配するような余裕は過去も今もアタシには無いんだ。

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