その9 ウサギ獣人ティルシア 焦り
◇◇◇◇ウサギ獣人ティルシアの主観◇◇◇◇
私の名前はティルシア。
頭に伸びる耳を見れば分かると思うがウサギ系獣人だ。
私は今、タウヴェンの町の大通りを、先程の襲撃現場目指して速足で歩いている。
私の仲間、ハルトが謎の男に腹を刺された現場だ。
ハルトは今、ボスマン商会の店舗予定地で治療を受けて眠っているところだ。
商会のサンモの見立てでは、現状命に別状はないそうだ。
とはいえ、あと少しでも傷口がずれていれば、内臓の重要な臓器に刃が届いていたらしい。
もしそうなっていた場合は、仮にあの場で即、治癒のスクロールを使っていたとしても助からなかっただろう、とサンモは言っていた。
ハルトは運が良かったのだ。
私は卑劣な襲撃者に怒りを燃やしながら現場に辿り着いた。
現場、と言ってもただの町の通りだ。
道を行く人波がそこだけ避ける地面の血の跡が無ければ、私も正確な場所を覚えてはいなかっただろう。
二人の衛兵が出店の主人に話を聞いている姿が見える。
時間が惜しい。私は彼らから情報を得る事にした。
「おい、そこの衛兵。」
私の声に訝しげに振り返った男達は、私の容姿を見て明らかに見下した態度を浮かべた。
いつもならその程度は見逃してやるところだが、生憎今は時間も無ければ虫の居所も悪い。
私は一瞬のうちに彼らの懐に入り込むと、手前の男の腹に拳を叩き込んだ。
階位5の私の拳を食らって悶絶する男。
「なっ・・・」
「すぐに返事をしないからだ。おい貴様、貴様もこうなりたくなければここで得た情報を教えろ。」
うずくまる同僚と私の顔に交互に視線を送ってうろたえる衛兵。まだ若い男だ。突然の状況にパニックに陥っているらしい。
私はいつまでも悶えている男の胸倉を掴んで引っ張り上げた。
「ぐっ・・・何を・・・する・・・」
「いいから答えろ。さっきここで男が一人刺された。お前達はその犯人を調べているんだろう? 分かった事を私に言うんだ。」
「この! 獣人の女風情が!」
若い衛兵が腰に佩いた剣を抜いた。何事かと見守っていた野次馬達から悲鳴が上がる。
私は掴んでいた衛兵を若い衛兵の方へ勢いよく突き飛ばした。
「うわっ!」
団子になって倒れこむ衛兵達。
私は素早く近付くと、若い衛兵の肘をつま先で蹴り上げた。肘に痛みが走り剣を取り落とす男。
私は剣をその拾い上げると、若い衛兵の目に良く見えるように彼の眉間に剣先を突き付けた。
「あ・・・ひっ・・・」
「それで? 教えるのか教えないのか? これ以上の問答は時間が惜しいんだがな。」
「そこで何をしている!」
男の怒鳴り声に振り向くと、人込みをかき分けてこちらに向かって来る着飾った衛兵の姿があった。
私はそいつの顔に見覚えがあった。
「お前は昨日の男じゃないか。」
「なっ! 貴様ーーあ、あなたはボスマン商会の!」
そう、部下を引き連れて向かって来た男は、昨日ウチで見つかった男の死体を調査に来た、あのやたらと偉そうな衛兵隊長だったのだ。
「な・・・何でこのような事になっておるのだ?!」
「コイツらが私の質問に答えなかったからだ。素直に喋らないのがいけないんだよ。」
どうやらこの場で一番偉いのはこの隊長らしい。
だったらコイツに聞けば手間が省ける。
私は用済みになった衛兵達を解放してやった。
「おい、忘れ物だ。」
「ひえっ!」
私の投げた剣は空中でクルリと半回転して、柄頭が若い衛兵の胸にぶつかった。
男は胸の痛みに、剣が自分の胸に突き刺さったものと勘違いしたのか、白目を剥いて気絶してしまった。
「さっきそこでハルトが刺された。昨日お前と話していた男だよ。私は彼を刺した犯人を追っている。何か情報は無いのか?」
私の言葉に目を白黒させる隊長。人の話を聞いているのかコイツ。
部下の中の、これも昨日見かけた若手の衛兵が私の問いかけに答えた。
「それが何も。この辺の聞き込みでも、どこにでもいそうな男だったという事しか分かっていません。」
若手の衛兵が答えた事で驚く周囲の同僚。まあ、コイツ以外は私がボスマン商会の者だと知らないからな。
現在この町の代官はマルティン様に生殺与奪を奪われた状態にある。
全ては卑劣な陰謀に加担した自らの行いのせいだ。
デ・ベール商会は自分達の首輪が外れた代官をどうにか更迭したいが、領主であるケーテル男爵も現在はボスマン商会寄りの立場を取っている以上それも難しい。
衛兵達はかつての自分達の飼い主であるデ・ベール商会と、いずれやってくるボスマン商会との狭間に立たされて狼狽している状態なのだ。
「どこに向かったかは分からないのか?」
「倉庫街の方へ向かった所までは分かっているのですが・・・」
倉庫街は他の町に売るダンジョン素材を一時保存するための建物が並んでいる一角だ。
街中と違い、当然人通りも少ない。
直接行ってみるしかないだろう。
「分かった。助かったぞ。」
私の言葉に意外そうな表情をする若手の衛兵。そんなに私が礼を言うのが意外だったのか? コイツの中では私はどういう人間だと思われているんだ。
私が歩き出すと衛兵隊長がホッとする気配を感じた。
そういえばお前いたっけな。存在を忘れてたよ。
私はそんなどうでも良い情報を頭の片隅においやって、倉庫街へと向かうのだった。
結論から言えば私の行動は空振りだった。
ひとブロック程しかないとはいえ、たった一人で回るには倉庫街は広すぎたのだ。
建物一つ一つ入って調べる訳にもいかない上、犯人がここに逃げ込んだと決まったわけじゃないのだ。
私はそれでもあきらめきれずに倉庫街を隅から隅まで歩き回った。
ひょっとしてあの角の先に怪しい男がいるかもしれない。ここで引き返したら、後ほんの少し手を伸ばせば届いたはずのヒントをみすみす逃すかもしれない。
そう思うと、私はなかなか捜査を打ち切る決心が付かなかったのだ。
しかし、日が傾いて建物の屋根に隠れるようになると、流石に私も捜査を打ち切らざるを得なかった。
ハルトの事も気になるし、家にはロッテが戻ってくるのだ。
彼女には家の鍵を渡していない。早めに戻ってやる必要があるだろう。
こうして私は何も得るものの無いままこの日の捜査を終えた。
帰りにボスマン商会に寄ったが、ハルトはあれからずっと眠ったままだという。
ひと目姿を見たかったが、「もし起こしたら傷の痛みに苦しむだけだから」と言われると流石に無理は言えなかった。
ボスマン商会のサンモの見立てだと、治癒の魔法の効き目にもよるが早ければ二~三日中に痛みも落ち着くだろう、とのことだった。
私は今日の所は大人しく引き上げる事にした。
「あ、お帰りなさい。」
ロッテはすでに戻って家の門の前に立っていた。
「待たせたか?」
「いえ、私もさっき戻った所でしたから。」
家のドアにカギを差し込んでいた私は、ふと今まで感じた事のない違和感を感じた。
これは傭兵として長年紛争地帯にいた私の勘だ。
相手の罠にハマった時に感じるあのイヤな気配、そんな気配をごくわずかだがこの家のドアから感じたのだ。
「どうしたんですか?」
動きの止まった私を心配したのかロッテが声をかけてきた。
・・・気のせいか?
ハルトが刺された事で神経が過敏になっているだけなのかもしれない。
「いや、何でもない。」
私は首を振るとドアを開けた。
家の中には
特に変わった事は無かった。
やはり私の気のせいだったのか?
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