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その7 夢の中の幼女

 ベッドの中で、傷の痛みに耐えながら結論の出ない考えにふけっていた俺は、いつの間にかまた寝入っていたようだ。

 窓の外から見える空は青いままだが、部屋の中は少しだけ暗くなっている気がする。

 町の喧噪も先程より耳に入らない。

 今は丁度人の流れが少ない時間なのだろう

 日が暮れて夕方になれば、通りには仕事の帰りの人間や食事を求める者達が溢れて、再びにぎやかになるに違いない。


 そんな事をぼんやりと考えていると、部屋のドアをノックする音がした。

 いや、ノックの音で目を覚ましたんだろうか?

 まあどちらでもいいのだが。


「何だ?」


 俺の返事にドアの外から声がした。


「起きていらっしゃいましたか。ティルシア様がいらしています。お通ししましょうか?」




「ハルト! 思ったより顔色が良いみたいでなによりだ!」


 一日中外を歩き回ったティルシアは少し埃っぽくて俺は咳を堪えるのに苦労した。


「迷惑をかけたな。」

「それよりも、サンモに聞いたがお前も襲撃者の事は何も覚えていないのか?」


 サンモというのがあの中年の男の名前のようだ。

 俺が頷くとティルシアはガックリと肩を落とした。

 やはり未だに何の手がかりも得られていないようだ。


「いや、済まなかった。これも全て護衛である私のミスだ。なのに私はお前に詫びもせず・・・」

「俺を刺した犯人を捜してくれているんだ。ありがたいと思う事があっても不満に思う事など何もないさ。」


 俺はしょぼくれるティルシアを慰める。

 何だろうなこのムズムズする感覚は。

 ティルシアに元気がないとやり辛いと言うか、どうにも落ち着きが悪い。

 俺は何とか誤魔化すための言葉を探した。


「そうだ、言わなきゃいけないと思いつつタイミングを逃していた事があるんだ。」


 俺は襲撃の前夜。一昨日の深夜、家の廊下で見かけた人影の事をティルシアに話した。


「どうしてそんな事を黙っていたんだ!」

「言うタイミングが無かったんだよ。あの日は朝からずっとロッテがいただろう?」


 俺の話を聞いて憤慨するティルシアだったが、ロッテの事を指摘されると黙り込んだ。


「そのロッテの事だが・・・いや、何でもない。」

「?」


 ティルシアにしては珍しく歯切れの悪い言葉だったが、深く追求するのも違う気がしてあえて俺は訊ねなかった。

 結局、この後の俺達の会話は当たり障りのない話に終始した。

 俺にかかった治癒の魔法は丸一日で効果が切れるそうだが、追加でかけるかどうかはケガの具合を見て判断する事になるのだそうだ。


「完治するまでかけてはいけないのか?」

「そうする者もいるが、治癒自体には本人の魔力も使うからな。あまり連続でかけると体が弱ってしまうのだ。」


 なるほど。免疫力が下がって合併症を併発し兼ねないという事か。

 この辺は魔法も外科手術も似たようなものなんだな。


 中年の男ーーサンモを呼んで診てもらった所、もう一日だけ治癒魔法をかけて様子を見る事になった。

 正直今もジワジワと痛みがあるので、一日も早く治ってくれるのなら本当に助かる。

 腹の傷口にはピンク色の肉が盛り上がっていてどこかグロテスクだった。

 俺は治癒のスクロールで魔法をかけられると、再び腹に包帯を巻いてもらった。

 治癒の魔法が効いているのだろうか? 腹の中がうずいているような妙な感覚がした。




「ティルシア。」


 俺はサンモと一緒に部屋を出ようとしていたティルシアを呼び止めた。


「絶対に無理はするな。俺は直ぐに治る。だから必要なら俺を頼れ(・・・・)。」


 ハッとした表情になるティルシア。

 ティルシアは今日ここに来た時からずっと張り詰めたような表情をしていた。

 いつものティルシアなら先ずは俺の体調を尋ねただろう。

 今日のようにいきなり襲撃者の事を聞いたりはしなかったはずだ。


「ハッキリさせておくぞ。下手な遠慮は許さない。俺達は仲間だ。どっちかがどっちかに寄りかかっている訳じゃない。俺が出来ない事はお前に任せるが、俺にしか出来ない事があるならケガの事なんて気にするな、俺を頼れ(・・・・)。いいな?」


 俺の言葉はティルシアに届いただろうか?

 俯いたその表情は俺の方からは見えない。

 ティルシアは俺に背を向けると「分かっている」と小さく言った。


 俺は水をコップ半分だけ飲んで横になった。

 傷の治療に体力が奪われているためか眠気はすぐに訪れた。

 次に目が覚めた時、傷の痛みはさらに引いているだろう。

 傷を負った動物が巣でじっと動かないように、俺は来るべき行動の時に備えて体を休めていた。




 夢の中で俺は幼女ーー原初の神の巫女と向かい合っている。

 幼女は俺をじっと見ていた。

 その顔には相変わらず何の表情も浮かんでいなかった。


 待てよ? これは本当に夢なのか?


 それは何の脈絡もなく唐突に浮かんだ考えだった。

 だが、俺には自分の考えが間違えているとは思えなかった。

 俺は目の前の幼女に問いただした。


「これは俺の見ている夢なのか?」


 我ながらマヌケな質問だ。

 もしこれが夢なら、夢の中の幼女が何と答えようがそれは俺の想像にすぎないのだから。

 幼女は何も答えない。

 本物の幼女がそうするように。

 まあ、だからといってこの幼女が本物という証明にはならないのだが。


「もし夢じゃないのなら、お前は俺に一体何を伝えたいんだ?」


 幼女はゆっくりと手を上げる。ただそれだけの行為で俺の背筋におぞ気が走るが、夢の中?の俺は恐怖に魅入られたように体を動かす事が出来ない。

 幼女は小さな人差し指を伸ばすと、俺の右下、そしてさらに下を指さすとゆっくりと手を下した。


 ? どういう意味だ?


 ようやく体が動かせるようになった俺は幼女の指さした方向を見た。

 そこにはいつものように「何も無い」。だが俺にはさっきの幼女の行動が無意味なものとはとても思えなかった。


「ここに何かあるのか?」


 俺の質問に幼女は答えない。いつもの事だ。

 つまりこれは肯定の意味だ。


「俺に必要な事なんだな?」


 俺が重ねてそう訊ねた途端、俺の手に鈍い痛みが走った。

 その痛みに俺は思わず手を握りしめた。



 夢はここで終わった。



「おや、起こしてしまいましたか。」


 中年の男ーーサンモが俺に振り返った。

 真っ暗な部屋をサンモの持ち込んだカンテラの灯りが照らしている。

 どうやら机の上の水と薬を換えてくれていたようだ。


 俺は少し体を起こすとベッドの右下を指さした。


「なあ、この方向に何かあるのか?」


 サンモは俺の質問の意味を図りかねていた様子だったが、俺の指さした方向をじっと見て考え込んだ。


「この部屋は二階にあるのですが、その方向には1階の店舗の倉庫がありますね。」

「詳しく話してもらっても大丈夫か?」


 特に隠す事もないとサンモは俺に軽く説明してくれた。

 この建物の1階には、店舗となる大きな部屋と、商品を置いておくための倉庫と、小さな炊事場の3つの部屋があるらしい。

 ちなみに従業員の休憩所や事務室はこの2階にあるんだそうだ。

 俺の指さした方向には倉庫があるらしい。


「倉庫か・・・ 俺に見せてもらう訳にはいかないか?」

「まだ商品も入っていないただの空き部屋ですのでかまいませんよ。でも、何でそんな場所を気にするんです?」


 俺はこの男にどう説明すれば良いのだろうか?

 夢の中で神の巫女に会ったから? 

 馬鹿げている。誰が信じるものか。


 俺の沈黙を質問に対する解答の拒否と受け取ったのだろうか。

 サンモはそれ以上は何も聞かずに部屋を出て行った。

 俺は残していってもらった明かりの中、ベッドに寝たまま天井を見つめながら考えていた。


 サンモの言う通り、ただの空き部屋に意味があるとは思えない。やはりあれは俺の見た夢だったんだろうか?


 その時俺は自分が固く右手を握りしめている事に気が付いた。

 夢の中で痛みが走った時、とっさに握りしめた方の手だ。


「これは・・・鍵?」


 俺が握っていたのは手のひらに収まるサイズのクラシカルな鍵だった。

 何の材質で出来ているのか分からないが、炭を固めたみたいにツヤの無い黒い鍵だ。


 一体何の鍵だ?


 俺はカンテラの明かりにカギを近付けてよく見てみた。


 カギに彫られた模様は、原初の神の部屋のドアに刻まれた模様を思い出させた。

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