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その6 負傷

 俺は腹の痛みに目を覚ました。

 部屋の中は真っ暗だ。

 まだ夜が明けていないらしい。

 さっきから俺はこうして何度も痛みで目を覚ましている。


 痛みに耐え、やがて痛みで気を失うようにウトウトと眠りにつく。

 そうしていると再び痛みが襲い、その痛みで目が覚める。

 この繰り返しだ。


 俺は痛みをこらえながら部屋の中を見渡した。

 俺が寝ているベッド以外に小さな机とクローゼットがある。

 机の上には水の入ったポットが乗っていて、そのそばには痛み止めの薬と解熱剤が置かれている。

 まあ俺の腹の痛みが引いていない所から見ても実際には気休め程度の薬なのだろう。


 歯を食いしばり過ぎて顎がだるくなっているのが気になって仕方が無い。

 俺は痛みと顎のだるさに閉口しながらも再び睡魔が訪れるのをじっと待った。

 こうして俺はまた気を失うように眠りにつくのだ。



 次に俺が目を覚ました時には部屋は薄っすらと明るくなっていた。

 外はまだ静かだ。おそらく早朝なんだろう。

 治癒の魔法というのは大したもので、あの耐え難かった痛みがもう我慢できる痛み程度にまでなっていた。

 まあ、まだまだ痛い事に変わりはないのだが。


 少し考える余裕の出来た俺は、横になったまま昨日の出来事を振り返った。




 昨日の昼間、俺はティルシアと町の通りを歩いていた所で、ぶつかってきた男に突然腹を刺された。


 痛みのあまりうずくまり、動けなくなった俺をこの部屋に運び込んだのは、ティルシアが呼んだと思わしき男達だった。

 あの時は激痛に耐えていたので気が付かなかったが、多分彼らはボスマン商会の人間だったんだろう。


 彼らは俺の服を切り、傷口を出すと水で洗い、治癒のスクロールで治療した。

 治癒のスクロールは中層からたまに出るアーティファクトだが、実際に自分に使われたのは初めてだった。

 治癒魔法といっても、ゲームのように瞬間的に傷が治るわけじゃないんだな。

 ゲームでいうところの継続回復のような形で、今も俺の傷はジワジワと回復している最中だ。

 魔法の効果がいつまで続くのかは分からない。

 この調子だと流石に完治するまでは続かないのではないだろうか?


 幸いなことに俺の内臓の損傷は最小限で済んでいたらしい。

 臓器の機能が完全に死んでいる場合は治癒のスクロールでも治らないのだそうだ。


 そんな風に治癒のスクロールは制限のある魔法だが、ものがものだけに常に一定以上の高値で取引されている。

 俺達ダンジョン夫が入手するアーティファクトの中でも買い取り人気の高い品だ。



 俺が痛みをこらえながらそんな考えにふけっていると、不意に部屋のドアがノックされた。


「起きていましたか。」


 部屋に入ってきたのは人あたりの良さそうな中年の男。

 昨日俺をここまで運んで来てくれた男達の一人だ。


「昨日は助かったよ。まだ痛みで起きられそうにないのでこんな恰好だが許してくれ。」

「喋れるようになったんですね。昨日は何を聞いても唸っているばかりで心配しましたよ。」


 男にそう言われて俺は羞恥に耳が火照るのを感じた。

 いや、仕方が無いだろう。耐え切れないほどの痛みだったんだから。


「ティルシアはどうしたんだ?」

「家に戻られましたよ。ずっとあなたを心配していましたが、ロッテさんを放っておくわけにはいかないとおっしゃって。」


 ああ、そういえばそうか。ロッテの事をすっかり忘れていた。

 俺はティルシアが帰ったと聞いて少し心細さを感じた。

 どうもケガと痛みで気が弱くなっているようだ。

 あまり迂闊な事を口走らないように気を付けておいた方が良いだろう。


 だがこれだけは聞いておかなければならない。

 俺は男の目を見ながら聞いた。


「俺を刺したヤツは分かったのか?」


 男は残念そうにかぶりを振った。


「衛兵達も捜していますが、未だに手がかり一つ見つかっていません。ハルト様は何か覚えておられませんか?」


 男の言葉に、俺はあの時の事を思い出そうとした。だが、相手が男だったという事くらいしか思い出せそうになかった。


「いやダメだ。地味な印象に残らない男だったからな。」

「ティルシア様もそうおっしゃられていました。」


 ティルシアが? 俺は意外な言葉に目を見張った。

 俺が気付かないような監視者に気が付くほどティルシアの観察眼は鋭い。その彼女をもってしても、何の特徴も覚えていないほどだったのか。


「まだ休まれた方が良いでしょう。何か用事がございましたらこのベルを鳴らして下さい。」


 男はそこで会話を切り上げると机の上にベルを置いた。

 なんだか急に執事みたいなことを言いだしたな、と俺はおかしな気分になった。

 いや、病院のナースコールみたいなものだと考えれば特におかしな所はないか。


 俺は「分かった」と答えると目を閉じた。どうやらこれだけの会話でも今の俺の体には負担だったようだ。

 部屋にまだ男がいるにもかかわらず、俺の意識は急速に遠のいて行った。




 次に俺が目を覚ました時、すでに部屋は十分に明るくなっていた。

 今朝の男が開けてくれたのか、半分開かれた窓からは青空と高く昇った太陽が見えた。

 そろそろ昼になるか、昼を少し過ぎたところのどちらからしい。

 窓の外から聞こえる喧噪からすると後者のような気がする。


 腹は相変わらずじくじくと痛むが、昨夜のような耐え難い痛みはもはやなく、ベッドの上で体を起こす事くらいはできそうなほどだった。

 あれほどの痛みを感じる大ケガが丸一日でここまで治るのだ。この世界の魔法の凄さと不思議さに俺は今更ながら感心したのだった。


 俺は手を伸ばすと机の上のベルを鳴らした。

 しばらくすると今朝とは別の男がやって来た。少し頼りなさそうな男だ。

 こちらの男も今朝の男同様、昨日俺をここまで運んでくれた男だ。


「何かありましたか?」

「少し体を起こそうと思うので手伝って欲しい。」


 俺は男の手を借りながらベッドの上に体を起こした。


「むっ・・・。」

「痛みますか?」

「いや、大丈夫だ。すごいものだな治癒魔法というのは。」


 男が言うには俺の負った傷の深さだと、普通はもっと治るのに時間がかかるのだそうだ。

 つまり、俺には特に治癒の効果が高かったという事になる。


「治癒系の魔法は患者の階位(レベル)に応じて効果が変わりますから。」

「ああ、なるほどね。」


 より強靭な肉体を治すためには、より魔力と時間がかかる。まあ理屈だな。

 まさか階位(レベル)1のこの体の方が便利な時があるとは思わなかった。


「今までの事情を教えてくれないか。昨日から寝たきりだったからな。」

「分かりました。少し待って下さい。」


 そう言って男は部屋を出て行った。

 俺がぼんやりと部屋を眺めていると、やがて今朝の中年の男がやって来た。

 どうやら彼がここの責任者のようだ。


「大分意識がハッキリされた様子ですね。」

「ああ。大分落ち着いた。それで今の状況を教えて欲しいんだが。」


 俺の言葉に頷く中年の男。


「今朝お話した時から特に変化はございません。ティルシア様は町の中を捜索されていますが、何か掴んだという連絡は受けていません。」


 やはりそうか。予想通りだったとはいえ、俺は少し落胆を覚えた。


「俺以外に犠牲者は無かったのか? つまり、犯人は特に犠牲者を選ばない通り魔的な犯行だったという可能性だが。」

「衛兵の方からも他の犠牲者方がいたとは伺っておりません。ティルシア様もハルト様を狙った犯行だと考えておいでです。」


 それも予想通りか。こうなってくると謎の監視者との関係性が疑わしくなるな。

 とはいえ、ティルシアがこの男にどこまで話しているか分からない以上、ここで尋ねる事はできない。

 俺は最後に昨日起きた事を聞く事にした。


「昨日何が起きたか、アンタの口から説明してくれ。俺は刺されてからの事は痛みで良く覚えちゃいないんだ。」

「分かりました。昨日のお昼前、私がこの建物で仕事をしていた所ーーああそうそう、この建物はボスマン商会が買い取った建物です。いずれマルティン様がいらした時にはこの町の商会の店舗になる予定です。今はまだそのための準備をしている最中ですが。」


 やはりここはボスマン商会の建物だったのか。

 多分俺も知っている建物だな。まあ今はそれはいい。


「そうしていた所、表から町の人間が血相を変えて飛び込んで来たのです。ああ、彼は私どもが良く知る者でしたよ。「男が道で刺された。獣人の少女がここの者を呼んで来いと叫んでいる」たしかそんな内容だったはずです。私達は取るものも取りあえず急いで現場に駆け付けました。ハルト様は腹から大量の血を流してうずくまっておいでで、そんなあなたをティルシア様が懸命に励ましていらっしゃいました。」

「野次馬達の中に怪しい者はいなかったか? 例えば妙に他人の視線を避けているようなヤツだ。」

「さて・・・私達も気が動転していましたから・・・。しかし、特には不自然な動きをする者は無かったと存じます。」


 まあ、俺やこの男に気付かれるようなら、とっくにティルシアが気が付いているか。

 俺は話の続きを促した。


「私とさっきこの部屋に来た者の二人であなたを抱え、この建物に運び込みました。傷は幅広のナイフでひと突き。幸い内臓の重要な臓器は傷付いていなかったので、傷口を洗って治癒のスクロールを使用しました。後はこの部屋へお運びして痛み止めと解熱の薬を飲ませました。」


 そこは俺も覚えている。何度も咳込みながら苦労して飲み込んだのだ。

 咳をする度に腹の傷が痛んで死にそうになったものだ。


 男の話には特に目新しい内容は無かった。まあ、確認を取るために聞いただけで特に何かを期待をして聞いたわけではない。

 俺は男に手伝ってもらって再び横になろうとした。


 その時男がポツリと言った。


「これは、以前聞いた話なのですが・・・」


 ? 何だ?


「この国に隣接する国の中に暗殺組織が暗躍する国があるという噂です。そこの暗殺者達は幅広のナイフをこうやって横に差し込むと聞いた事があります。それで死んだ相手には今度は確認のため縦に差し込むため、死体には十字の傷が残るんだとか。まあ、あくまで聞いた噂に過ぎないのですが。」


 ・・・暗殺者か。

 俺は痛み止めと解熱剤を飲むと、男に手伝ってもらってベッドに体を横たえた。

 男が部屋を出た後も、俺の頭にはさっき聞いた暗殺者の話がグルグルとめぐっていた。


 姿の見えない監視者。家の倉庫に放置された男の死体。そしてナイフで横に切られた俺の腹の傷。


 俺にはここ数日の出来事が全くの無関係には思えなかった。

 全てを結びつけるのは隣国の暗殺者集団なのだろうか?

 俺はじくじくと痛む傷の痛みを堪えながら、結論の出ない考えに苛立ちを抑える事が出来なかった。

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