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その5 静かなる襲撃者

 翌朝。深夜に廊下で見かけた謎の人影のせいで、結局一睡もできなかった俺は炊事場で料理を作っていた。

 今朝の朝食の準備はティルシアの当番だが、何かしていないと気持ちが落ち着かなかったのだ。


「あれっ? どうしたんだハルト。」


 眠い目をこすりながら炊事場に入ってきたティルシアが俺の姿を見て目を丸くして驚いた。


「目が覚めてしまったからな。二度寝できる時間じゃなかったし朝食でも作る事にしたんだ。」


 俺の言葉に途端に嬉しそうな顔になるティルシア。

 さっきまで半分寝ているような目をしていたのに、すでに元気一杯だ。現金なヤツめ。

 ティルシアの後ろについて来ていたロッテが、ティルシアの急な変わりように驚いている。


 ロッテは今朝はどこか疲れているようにも見えるな。

 二日連続でティルシアの部屋の床で寝ることになったんだからそれも当然か。

 空き部屋に来客用のベッドでも用意しておくべきなのかもしれない。

 

「もうじき出来るから顔を洗って来い。「分かった! 行くぞロッテ!」

「え? え?」


 俺の言葉に食い気味に答えると、ティルシアはロッテの手を掴んで走って行った。

 おいおい、あんなに強く掴んでロッテの手は大丈夫なのか?

 俺は、後でティルシアにロッテに謝らせなければ、と忘れないように胸に刻んだ。




「うまーい! お替り!」

「えええっ! 美味しい!」

「おい、もう一皿平らげたのかよ。まあいいか、いつも通り好きなだけ自分で注いでくれば良いだろう。」


 俺の言葉にティルシアが勢いよく席を立つ。

 今朝の朝食は俺の十八番、スープカレーもどき(・・・)である。

 俺には朝から若干重いメニューだが、買い置きの食材の関係と、ロッテの苦手な食べ物が分からなかったためにこの料理になったのだ。

 孤児院時代も俺の作るコレを嫌いなヤツは一人もいなかったからな。

 無難で美味いし食材を選ばない。スープカレーもどき(・・・)は困った時の俺の定番料理なのだ。


「あ、えと・・・。」


 ロッテが恥ずかしそうに俺をチラチラと見ている。

 彼女の目の前には空っぽになった皿。


「遠慮なくお替りすればいい、というか遠慮しているとティルシアが全部平らげるぞ。」


 まあウチの大ぐらいも大鍋一杯の完食は無理だろうがな。だがチャレンジはするだろう。

 ロッテは頬を染めながら席を立つといそいそと大鍋に向かった。

 初めてこの料理を食べた時のティルシアのテンションの上がりっぷりに比べて大人しいものだ。

 頭のフサフサした耳がせわしなく動いているから興奮はしているみたいだがな。

 ロッテはこういう所も地味なんだな。


 ところが、一度お替りをしたことで彼女の中のタガが外れたのだろうか。

 その後ロッテは、スープカレーが鍋の底をつくまでティルシアと先を争うようにお替り争いを続けたのだった。




「う、動けません。」

「ぶふー。」


 リビングに転がる二人のトド獣人。

 というか良くこれだけの量を二人で食べたもんだ。

 一見食が細そうに見えるロッテが割と食べるというのは知っていたが、まさかティルシアに並ぶほどとは思わなかった。

 獣人というのは食い溜めをする体質なのかもしれない。


「ほら、片付けるぞ。いつまでも未練がましく手に皿を持ってないでこっちによこせ。」


 俺の言葉で初めて自分達が未だに空のスープカレーの皿を握りしめていたことに気が付いたのか、二人は恥ずかしそうにテーブルに皿を置いた。

 うん。ちっともしおらしくも可愛くもないな。


「ハルトの作る料理が美味すぎるのがいけないぶふー。」

「そうです、何なんですかこの料理は。朝から贅沢です。」


 知らんがな。

 そしてティルシア、その変な語尾はやめろ。癖になるぞ?

 二人のトド獣人はその後もしばらく寝転がったままウンウン唸るのだった。



「ふう・・・ようやく腹が落ち着いた。」

「動けなくなるほどお腹いっぱいに食べたのは初めてです。」


 トド獣人からそれぞれの獣人に戻った二人がリビングでくつろいでいる。

 突然、ロッテが何かに気が付いたらしく、はじかれたように立ち上がった。


「あ! 私こんなに食べちゃって! お金は払います!」


 そうしてもらえれば助かるが、実の所、この料理の材料費はそんなにかかっていない。

 どうせティルシアがドカ食いするのは最初から分かっているので、安い食材で色々とかさ増し(・・・・)しているからだ。

 一番金のかかる香辛料は、俺がダンジョンから採ってきたものだからタダだしな。


「それよりティルシア。今日はダンジョン協会に行くぞ。早くしないともうじき昼だぞ。」

「分かった、準備してくる。」

「あ、私も部屋を探しに行かなきゃ。」


 俺はバタバタと自室に戻る二人の背中を見送りながら、ロッテがこの家に馴染んで来た事に諦観を抱かざるを得なかった。




 俺達は町に入った所でロッテと別れ、数日ぶりにダンジョン協会に向かった。


 家でのんびりし過ぎたせいだろう。ダンジョン協会についた頃にはもう正午を回っていた。

 カウンターの男に「今日は特に依頼を受けるつもりも無い」と告げるとショックを受けていた様子だった。とはいえ流石にこの時間からダンジョンに入る気にはならない。


 そうそう、カウンターの男はヤコーブスという名前なんだそうだ。

 コイツがカウンターに立ってもう何年もたっているのに、今更名前を教えられてもな。

 まあ名前を知らないと呼びかけ辛かったのは確かなので、ボチボチ気にしておくことにするか。


 俺はティルシアと手分けして依頼表のチェックをした。

 特に変わった依頼や急ぎの依頼は無さそうだ。

 俺はその事に満足して今日の所は切り上げる事にした。


 ダンジョン協会を出て歩く俺達。

 朝から満腹になるほど食べたせいかティルシアのテンションは未だに高めだったが、俺は昨夜ろくに寝れなかった疲労が今になって来たのか、軽い睡魔に襲われていた。


「ふああ・・・」

「なんだハルト。大きな欠伸なんかして。」


 そういえば昨夜廊下で見た人影の事をまだティルシアに話してなかった。

 まあ朝からあんな事になった上に、家ではずっとロッテが一緒にいたからな。

 なんだかんだで話す機会を失っている間に、ついうっかり忘れていたらしい。


「ああ、その事でお前に話があるんだーーおっと。」


 それほど道が混んでいる様子でもなかったが、話に気を取られていたせいだろうか。俺は脇道から出てきた男にぶつかってしまった。

 特別目立った所のない、どこにでもいる地味な恰好をした男だ。

 顔は帽子に隠れて良く見えなかった。


 !!


 その瞬間、俺の腹部に激痛が走った。


 俺は痛みのあまり立っていられなくなり、腹を押さえてしゃがみ込んだ。

 自分の呼吸が荒くなるのが分かったが、激痛のため腹の痛み以外に何も考える事が出来ない。

 俺の体に一体何が起こったんだ?!

 俺は痛みと不安にそう叫びたかったが、激痛に歯を食いしばって声も出せなかった。


「おい、どうしたハルト。ハルト?」


 耳に入るティルシアの声も煩わしい。声を出そうにも強く食いしばった歯を開けられない。

 口をついて出たのは無意味な唸り声だけだった。


「ハルト?! くそっ! 誰かそこの男を止めろ! 私の連れがそいつに刺された!」


 ティルシアの叫び声が、痛みで焼け付くような頭に響いた。


 刺された? 俺は刺されたのか? この痛みは刺された痛みなのか? 痛い。耐えられない。死ぬのか? 嫌だ。刺された。俺は死ぬ。痛い。


 俺は腹を抱えるように背を丸めてうずくまった。

 頭の中はグルグルと同じ単語が回っている。痛い。刺された。死ぬ。この三つだ。

 この時になるとムッとした血の匂いが俺の鼻を突いた。

 俺の手は俺の腹から流れ出た血で赤く染まっていた。


「駄賃はいくらでも払うぞ! 誰か大通りの角の元雑貨屋の店に行って人を呼んでくれ! 大至急だ! 何人でもいい、急いでくれ!」


 ティルシアの声はもはや悲鳴と変わらなかった。

 その声を聞きながら、俺はこのまま痛みに気が狂ってしまうんじゃないかと思った。

 いや、この痛みを感じなくなるのならそれでもいい。誰か俺を助けてくれ。


「おい、ハルト、しっかりしろ! 返事は出来るか?! すぐに治療してやる! それまで気を確かに持て!」


 ティルシアが俺の体を揺さぶる。俺は痛みのあまり叫び出したくなる。

 やめろ! 痛いんだよ!

 だが俺の口から出るのは唸り声だけだ。


 俺は・・・死ぬのか?

 こんな場所で何も分からず唐突に。

 死ねば、死ぬ、死、俺は、日本に・・・


「ここだ! 早くしろ! 治癒のスクロールは持って来ていないのか! 馬鹿! 急いで持って来るんだ!」


 俺はティルシアの声を聞きながら絶え間なく続く激痛に懸命に耐えるしか出来なかった。

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