その4 暗中模索
「それで結局あの死体は何だったんだ?」
「・・・俺が知りたいよ。」
衛兵達が帰った後、俺達はリビングで向かい合って座っていた。
ティルシアがテーブルに土産に買って帰った軽食を乗せた。屋台で売られているホットドッグのような食い物だ。
丁度小腹が空いていた所だったので大いに助かる。
「見た事もない男だ。あの衛兵も言っていたが、チンピラ同士の抗争じゃないか? 全く、人の家の倉庫を棺桶代わりに使うなっていうんだ。」
先程の衛兵は俺の話を聞き終えると、いくつか質問をしただけであっさりと俺を解放した。
その質問にしても「殺された男を知っているか?」とか「最近この辺りで争っているような声を聞いていないか?」とか、至って常識的な内容だった。最初に俺の相手をしてたやたらと偉そうな隊長は一体何だったんだ。
俺がダンジョン夫だから厳しい取り調べを受けたのかとも思ったが、後を引き継いだ年かさの衛兵の様子を見ると別にそうでもないようだった。
むしろ俺がダンジョン夫と知ってからの方が物腰が柔らかくなったような気すらした。
俺にとってみれば、ダンジョン夫なんてゴロツキに毛が生えたみたいなものだが、少なくともさっきの衛兵にとってはダンジョン夫は身元のしっかりした人間に見えるらしい。
まさか、ダンジョン協会に所属していて得した、なんて思う日が来るとは思わなかった。
ちなみに男の死体は、遅れてやって来た衛兵の下働きが、持って来た台車に乗せてどこかへ運んで行った。
身元引受人が名乗り出て来なければ、共同墓地に埋葬されることになるのだろう。
今、衛兵達は手分けして近所の住人に聞き込みを行っている最中である。
俺達には念のため明日までは家から出ないように告げられている。
俺はお茶を淹れながら大きくため息をついた。
ダンジョンの中で何度も死体は見たし、大きな声では言えないが、実際に自分の手で人を殺した事だってある。
しかし、やはり人の死というものには慣れないものだ。
いくら俺がこの異世界フォスの人間を嫌っているとしてもそれは変わらない。
「私は死体の男に見覚えがある気がするのだ。」
ティルシアの言葉に、危うく俺は湯の入った急須を取り落としそうになった。
「お前、さっきは知らないって言ってたじゃないか!」
「何で揉めると分かっていて衛兵に本当の事を言わなくちゃいけないんだ? それに見た事がある気がするだけで、あの男を知っている訳じゃないんだ。どの道、これじゃ知らないのと大した違いはないだろう。」
さも当たり前のように言うティルシア。
コイツのこういう感覚の違いにはいつも驚かされる。
揉める事が分かっていながら、自分の階位を正直に申告した俺が真面目すぎるのか?
俺は少し不満を抱えながらティルシアに尋ねた。
「で、どこで見覚えがあるんだ?」
「昨日の夜も話したが、私達はーーいや、多分私がだな、デ・ベール商会のチンピラに見張られていた事があったと言っただろう。あの男は多分その見張りの一人だ。」
確かにそんな話を聞いたが、何でそんな奴が俺の家で死体で見つかるんだ?
「・・・仲間割れか?」
あるいは何かミスをして見せしめのために殺されたとか。
「おそらくその線は無いだろう。傷口が不自然だ。」
確かに。男の死因は背後からのひと突きだ。そしてそれ以外の外傷は無かった。
もし仲間割れならやり合った時に体のあちこちに傷が付くだろうし、見せしめなら死体がキレイな事が尚更に不自然だ。
「おそらくあの男はこうやって殺されたんだと思う。」
ティルシアは立ち上がると、椅子に座っている俺の背後に近付き、俺の口を手で押さえると逆の手で俺の背中を殴った。
「ゴホッ、おい!」
「あ、すまん。」
俺の階位は1、ティルシアの階位は5だ。
こんなフィジカルモンスターに殴られては華奢な俺の体は無事では済まない。
もっと俺の体をいたわって欲しいものである。
しかし、ティルシアの言いたいことは分かった。
つまりあの男は、襲われた事にすら気が付かない間に殺されていた可能性が高いということだ。
「私に対する警告か? いや、それも不自然か。それなら死体を隠す意味がない。」
「そうだな。野良犬が見つけなきゃ、ずっと気が付かなかったかもしれないんだからな。」
流石にいつかは気が付いただろうが、俺は農機具の入っている倉庫なんて普段開けないし、場所も屋外トイレのそばだから死体の腐敗が進まなければ匂いにも気が付かなかっただろう。
見つかるにしてもずっと先の事になったのは間違いないはずだ。
俺達はあれこれ思いついた事を口にしながら、ティルシアの買って来たホットドッグモドキを摘まんだ。
というか、俺もたいがいこの世界に馴染んできたな。
死体の話をしながら飯を食う事に何の抵抗も感じていないのだが。
「まあ、案外大した理由はないのかもしれないな。デ・ベール商会が雇っているとはいえ相手は町のチンピラだ。金のトラブルや痴情のもつれとか良くある話だしな。」
俺が自分の心の変化に密かに落ち込んでいると、ティルシアが何を勘違いしたのか俺を励まして来た。
とはいえ、ティルシアの言葉も一理ある。分からない事を考えていても仕方が無いもの事実だ。
だったら必要以上にあれこれと思い悩む必要はないのかもしれない。
「そうだな。この話はここまでにしよう。それでボスマン商会の方は連絡が取れたのか?」
俺の言葉に少し答え辛そうにするティルシア。
「いや、実は昨日私が呼ばれていた件にも関係するんだが、今、連絡員が丁度この町を離れているんだ。一応伝言は頼んで来たが、しばらく連絡はつかないかもしれない。」
ティルシアの言葉は俺には意外だった。
「連絡員というのは常時この町にいるんじゃないんだな。」
「商会の職員自体は常に何人かいるんだが、こういった荒事に関わっている人数は商会でも少数だからな。どこかで何かが起こるとどうしても手薄になってしまうんだ。今は王都の商会本店の方で手が離せない事態が動いているらしい。」
それはそうか。どうも俺は、自分の護衛にティルシアが付けられているのが例外、ということを忘れてしまいがちなようだ。
普通に考えて、護衛とかそういった人間は、絶対に必要ではあるものの、商会の活動として見た時には何の利益も生まない存在だ。
いうならば国が保有する軍隊のようなものだ。
有事の時には無いと国の存亡に関わるが、平時には予算を圧迫する存在でしかない。
いくらボスマン商会が飛ぶ鳥を落とす勢いとはいえ、ティルシアのような人間を必要以上には抱え込むことは出来ないのだろう。
しかし、こんな時にボスマン商会からの情報が入らないのは痛いな。
俺は少し考える。
が、何をするにしても根本的に人数不足だ。
というかこちらの戦力はティルシア一人なのだ。
階位1の俺は戦力どころか足手まといでしかないからな。
「監視者は不気味だが、今までのように行動するしかないか。」
「まあそうだな。下手にこちらが行動を自粛すると、こちらが監視に気付いた事を相手に悟られる。結果として相手の行動を早めかねないからな。」
なるほど、そういう考え方もあるのか。
「? そういう意味で言ったんじゃないのか?」
「いや、どうせ気にしても手の打ちようが無いのなら、気にせず行動したって同じじゃないかと思ったんだ。」
「お前・・・意外と大物だな。」
ティルシアに呆れられて、俺はばつの悪い思いを味わうのだった。
「あの・・・部屋が見つからなかったので、今日も泊めてもらっても構いませんか?」
夕方。家に戻ってきたロッテが申し訳なさそうに俺達に言った。
どうやら彼女の部屋探しは難航している様子だ。
「前に泊まっていた宿屋はどうしたんだ?」
「もう次の人が泊まっていたみたいで・・・他の部屋は「獣人には貸せない」って言われました。」
その一言で俺は大体の事情を察した。
おそらく、この家の替わりが見つからないのも似たような理由なのだろう。
ティルシアが何か言いたそうに俺の方を見ている。
正直、俺は部外者である彼女を泊めることには気が進まない。
その上今は、謎の監視者に男の死体にと、俺達の周囲がきな臭くなっている。
これ以上俺達に関わらせない方が彼女のためにも良いだろう。
「・・・はあ。今夜までだぞ。」
「あ、ありがとうございます。」
しかし、結局俺は折れた。
ティルシアの視線に逆らえなかったのと、今日は死体の件で色々と精神が削られていたからだ。
もし、このままロッテを放りだして彼女の身に何かありでもしたら、俺の良心が耐えられそうになかったのだ。
「ハルトならそう言うと思っていたぞ。」
「痛! 加減して叩けよ、ティルシア!」
嬉しそうにバシバシと俺の背中を叩くティルシア。
俺は自分の背中を心配しながらも、このままなし崩し的にロッテに部屋を貸すような事にだけはならないようにしなきゃな、と自分を戒めるのだった。
その夜、俺はふと真夜中に目を覚ました。
昼間あんな事があったため神経が高ぶっていたのかもしれない。
俺が水でも飲もうと廊下に出た時。
人影が廊下の先を横切った。
俺は咄嗟に音を立てずに部屋に戻り、愛用のナタを手に取った。
俺がナタを手に再び廊下に出た時、すでにそこには誰もいなかった。
(ティルシアを起こすべきか?)
かなり判断を迷ったが、夜の廊下は暗い。さっきの人影も俺の見間違いだったのかもしれない。
結局、俺は自分の部屋に戻り、一睡もせずに部屋の中で朝まで毛布にくるまって明るくなるのを待つのだった。




