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その2 監視者

「気が付いているかハルト。私達は監視されているぞ。」


 食堂でティルシアが声を潜めて俺に告げた。

 俺は追加の注文を頼むふりをしながら何気なく周囲を探ったが、それらしき人物は誰も見当たらなかった。


「素人のハルトが見つけられる訳ないだろう。」


 呆れた表情のティルシアに思わず俺は耳まで赤くなった。


「それよりわざとらしい探りは止めておけ。こちらが気付いたという事がバレて無駄に警戒されるだけだ。」


 バッサリ切られた俺は、情けないやら恥ずかしいやらで、誤魔化すために目の前の料理を頬張った。


「相手は分かるか?」

「それが一切分からない。多分プロだな。」


 ティルシアが言うには、今までもこういった監視が入る事がたまにあったんだそうだ。


「俺は知らなかったぞ。」

「チンピラだったからな。害は無さそうだったんで言わなかった。多分デ・ベール商会の下っ端だ。」


 そんな話は初耳だ。驚く俺に対して事もなげに告げるティルシア。


「しかし今日の相手は違う。監視しているにもかかわらず全く不自然さを感じさせない。だからプロだと言ったんだ。」


 ティルシアの言葉に、俺はふと先程ロッテの言葉に感じた違和感を思い出した。

 しかし、この時の俺は二つの事柄を結び付けて考えはしなかった。

 こちらの事態の方がよりひっ迫していたからだ。


「目的は何だ?」

「さあ。しかし、デ・ベール商会絡みと考える方が自然だろうな。他にハルトに心当たりはあるか?」


 相手がプロと仮定した場合、当然雇い主がいる事になる。

 プロを雇って金を払える人間となれば・・・


「やはりデ・ベール商会だろうな。」


 そう。それしか考えられない。

 最近俺は二度ばかりデ・ベール商会の企みを邪魔している。


 一度目は代官を使ったマルティン殺害計画の妨害。

 二度目は軍人崩れの荒くれ者を使ったダンジョン夫殺し計画の妨害。


 どちらも目撃者は死んでいる。そのため俺に疑いが掛かることは無いと思われるが、俺の知らない所でヤツらに何か情報を掴まれていても不思議ではない。

 俺は別にプロの暗殺者というわけじゃないんだ。どこでうっかり証拠を残してしまっているか知れたもんじゃないだろう。


「だとすれば標的はどっちだ? 私か、ハルトか?」


 相手がデ・ベール商会だと仮定するなら・・・

 だが俺はそれ以上自分の考えを進める事は出来なかった。ロッテがテーブルに戻って来たからだ。

 ロッテは俺達の真剣な表情を見て少し戸惑った様子だったが、おずおずと自分の席に着いた。


「おい、ティルシア。」

「分かっている、この話はここまでだ。おい、腸詰めのお替りを頼む!」


 その後、俺達は考えても意味のない監視者の事は一旦棚上げにして普通に食事を楽しんだ。

 最初はどこか落ち着かない様子だったロッテも最後は普通に食事を取っていた。

 こうして俺達は無事に食事を終え、家に戻った。

 監視者の気配は何もなかった。

 そのため、そもそも本当にティルシアが言うように監視者が付いているのかどうか、俺には判断出来なかった。




「お、おはようございます。」

「ああ。おはよう。」


 翌朝、俺が朝食の準備をしているとロッテが炊事場に顔を出した。

 炊事場に漂う良い匂いに嬉しそうな顔をする。

 とはいえ、昨日の食堂で買っておいたスープを温め直しているだけだ。

 このスープと帰りに買ったパンが今朝の朝食になる。

 俺とティルシアの二人暮らしだと、食事は大体いつもこんな感じだ。

 まあ今朝はロッテも含めて三人だが。


 ちなみに今朝は俺だが、朝食の準備は俺とティルシアの交代制だ。メシマズのティルシアでもスープを温め直す事くらいは出来るからな。

 というかそれくらいしてもらわなければ流石に困るぞ。


「共同井戸に行って顔を洗ってくるといい。場所は昨日教えたよな。ついでにティルシアも連れて行ってくれると助かる。」


 アイツはほっとくと飯の後まで顔を洗わないからな。

 ロッテは素直に「分かりました」と返事をすると部屋に戻って行った。


 そういえばロッテは本当にティルシアの部屋で泊まったんだな。

 なら昨日の晩はさぞ驚いた事だろう。


 なにせティルシアの部屋には家具が無い。


 机どころかベッドもないのだ。

 着替えは全部床に置きっぱなし。床に敷いてある敷物が唯一の調度品なのだ。

 ティルシアが言うにはウサギ獣人は定住しない戦士なので、家や家具を持たないのだそうだ。

 ロッテも昨夜は床でさぞ寝辛かった事だろう。


 実は以前、俺はティルシアに「そうは言うがベッドがなきゃ寝辛いだろう? 年寄りとかも固い床に寝るのか?」と聞いた事があるのだ。

 その俺の質問に対してティルシアはこう答えた。


「戦士の間だけだ。子供が出来たり年を取って戦士を引退したら普通にベッドで寝るさ。」


 どうやらウサギ獣人は若い間は常在戦場、簡易なテントで雑魚寝をするのが当たり前なんだそうだ。

 実際、以前ティルシアが所属していたウサギ獣人の傭兵団では、みんなそうやって生活していたんだという。

 すごいヤツらなんだなウサギ獣人は。

 事もなげに言い放つティルシアに、俺は開いた口が塞がらなかった。



 常在戦場、の割には寝起きの悪いティルシアだったが、客のロッテにだらしない姿を見られるのは流石に恥ずかしかったのか、渋々桶を手に裏口から出て行った。

 昨日はロッテを泊める事に反対した俺だったが、ティルシアの行儀が多少なりとも良くなるのなら泊めたかいもあったというものだ。

 俺はかまどの中の火に灰をかけて後始末をすると、温め直したスープを持ってリビングに移動した。

 彩りとして何か葉野菜も欲しい所だ。

 家庭菜園をするのも良いかもしれない。

 俺はそんな事を考えながら全員分の食事の支度を済ませるのだった。



 食事を取りながら俺達は今日の予定を打ち合わせた。


「ロッテはこれからどうするんだ。」

「はい。お店の方は来週から出るように言われてますから、今日は部屋を探そうと思っています。」


 そう言って俺の方を伺うロッテ。

 そんな目で見ても俺は引き留めたりしないぞ?

 流石にティルシアも事情も知らない部外者に部屋を貸すのを良しとしないようだ。

 昨日と違ってロッテに助け船を出す様子もない。


 そもそも謎の監視者の件もある。

 迂闊に俺達に関わらせない方が彼女のためにもなるだろう。


「ティルシアはどうする? 今日は俺とダンジョンに入る予定だったが。」


 俺は言外に監視者の件を匂わせる。

 もし、監視者がデ・ベール商会の雇った者なら、ボスマン商会に連絡すれば何か情報が入るかもしれない。

 食事を止めて少し考えるティルシア。

 ティルシアはボスマン商会の連絡員に会う時に決して俺を伴わない。

 あくまでもボスマン商会に関係するのはティルシアだけである必要がある。

 どこで俺の情報がデ・ベール商会に洩れるか分からないからだ。


「そうだな・・・ ハルトは昨日一人でダンジョンに入っていたんだ。今日はゆっくり家で休んでいてはどうだ?」


 ティルシアはちらりとロッテの方を見ながら言った。

 ・・・なるほど。俺は家にいろって事か。

 その間にティルシアはボスマン商会の連絡員に話を付ける・・・と。


 ティルシアの考えは分かる。

 監視者がいる以上家の中が安全とは限らないが、一人で町を歩くよりは安全、との判断なんだろう。

 なら、いっその事ダンジョンに入れば、俺のスキル:ローグダンジョンRPGによって上がった階位(レベル)で監視者を返り討ちにすることも可能だ。

 しかしこの場合、逆に一人でも相手を逃せば敵にこちらの秘密を知られてしまう事になる。


 痛し痒しだな。いや、この段階での拙速は良くないか。


 今はむやみに動くより、相手の情報を集める事に専念した方が得策だろう。

 俺は小さく頷いた。


「そうだな。最近家の掃除もしていないし、体を休めがてら家の用事でも済ませるか。」


 こんな時日本ならゲームをしたり動画を見たりと休日を満喫できるのだろうが、紙すらロクに普及していないこの世界では本を手に入れる事すら難しい。

 まあ、そもそも俺はこの世界の文字が読めないのだが。


 もし、監視者の目的が俺だった場合、家にティルシアがいないこのチャンスに襲撃をかけてくる可能性はある。

 しかし、割と広いこの家には、窓も含めれば出入りできる箇所が複数あるし、その全てを見張るだけの人数を昼間から集めていてはあまりに近所に目立ちすぎる。


 やはり俺は家にいた方が良さそうだ。


 まあ、さっきは思いつきで言ったが、最近家の掃除を怠けていたのは事実だ。

 この機会に本格的に掃除をするのも良いだろう。


 こうして俺は降ってわいた休日を家で掃除をして過ごす事になったのだった。

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もしもこの小説が気に入って貰えたなら、私の書いた他の小説もいかがでしょうか?

 

 『戦闘機に生まれ変わった僕はお嬢様を乗せ異世界の空を飛ぶ』

 『私はメス豚に転生しました』

― 新着の感想 ―
[一言] ダンジョン夫一掃の為の手下が返り討ちにあったら、何があったか生き残り締め上げて吐かせるだろうからハルトとティルシアがマークされるのは当然の結果ですね
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