SUMMER VACATION 2019 エピローグ
順番に読んでいる方は「四式戦闘機はスキル・ローグダンジョンRPGで村では小柄で5億7600万年」本編の最終話「最終話 創られた神」の方を先に読んで下さい。
俺はハッと我に返る。
俺は今まで何をしていたんだ?
混乱する俺の目の前に、豹のような斑模様を持つ斑鼠の姿が飛び込んできた。
咄嗟に俺は身を投げ出すようにしてかろうじて身を躱す。体の動きが悪い。どういう事だ?
いや、今の俺の階位は3だ。おかしな事は何も無い。
だが、何故だろう、ついさっきまで階位20くらいのステータスで戦っていた気がするのだ。
「動くな! ハルト!」
声と共に飛び込んできたティルシアの攻撃が斑鼠の体を捉える。
さすが階位5の身体能力は伊達じゃない。
斑鼠は真っ二つに切られて息絶えた。
「助かった。」「気にするな。」
俺は差し出されたティルシアの手を取って立ち上がる。
ティルシアが自然に手を差し出した事も、俺がその手を当たり前のように握ったことも、俺はおかしいとは何も思わなかった。
この時の俺はごく自然にティルシアの行為を受け止め、それが当たり前だと思っていた。
俺が手を放すと、ティルシアはふと何かを思い出したように自分の手を見る。それから急に慌ててキョロキョロと辺りを見渡した。
「どうした?」
「おかしい、どこにも無いぞ?! ハルト、私の見つけたミスリルのナイフを知らないか?!」
ティルシアは、ついさっきまで自分が手に持っていたミスリルのナイフを探しているようだ。
あれは確か大きなイタチのようなモンスターに刺さったまま、行方不明になったはずだ。
俺は彼女にそう告げようとして・・・ハタと気が付いた。
いや待て、それはいつの記憶だ? そんなモンスターはこのダンジョンには、少なくとも中層にはいないはずだ。
しばし俺はありえない記憶に混乱する。
そんな俺をじっと見つめるティルシア。
落ち込んでいるのだろう、頭のウサ耳もペタンと倒れている。
俺はそんな彼女の考えを察して溜息をつく。
「分かった分かった。ミスリルのナイフの残念会だ。帰ったら何か美味いモノを作ってやるよ。」
俺の言葉にパッと笑みを浮かべるティルシア。
現金な奴だ。
ティルシアはボスマン商会のマルティンから結構な給料を貰っている。贅沢に興味の無い彼女は、ミスリルのナイフ程度ならいつでも買えるくらいの金を貯めこんでいるはずだ。
そんな彼女がなぜナイフを失くしたくらいで落ち込んでいるのかと言えば、大物を手に入れたお祝いと称して俺に料理をねだるチャンスを失くしてしまった、と思ったからだ。
「だが、やはりあのナイフは惜しかったな。」
「もう諦めろ。帰るぞ。」
名残惜しそうに辺りを見渡すティルシア。
俺は斑鼠の襲撃のために散らばった荷物を纏める。
「分かった。」
さっきまでの姿が嘘のようにケロリとして荷物を担ぐティルシア。
行動すると決めたらサッと切り替える。ティルシアはそういった割り切りが出来るヤツだ。
元々の性格なのか、長い間傭兵として生活しているうちに身に付いたものなのか。いつまでも思い悩むことの多い俺にとっては羨ましい限りだ。
ダンジョンを出るともう日は傾いていた。
俺達は素材の納品は明日にして、今日は家に帰る事にする。
仕事がいい加減だって?
この世界ーーフォスに住む人間はもっといい加減だ。俺などかなり真面目な方だ。
俺はふと、俺の横を歩くティルシアの距離がいつもより近いことに気が付いた。
俺の視線を感じたのか、ティルシアが振り向くと俺を見上げた。
「どうしたんだ? ハルト。」
「・・・いや、何でもない。」
実際、何でもないことだ。
そんな事よりも夕食に何を作るか考える方が大切に決まっている。
なにせこの小さな暴君の期待に応えなきゃいけないんだからな。
何故かこの時の俺は、久しく味わった事のない満ち足りた気持ちを味わっていた。
だが、たまにはこんな日があってもいい。
俺は荷物を背負ったまま、食材の買い出しのために大通りへと足を向けるのだった。
◇◇◇◇◇◇◇◇
ハルト達は界を渡った事で異世界での記憶を失った。
しかし、異世界での記憶は失っても、あの時感じた気持ちはぼんやりとだが彼らの心に残り続けた。
その気持ちが、今後の彼らの関係にどのような影響を与えるのかは分からない。
ただ一つ言えるのは、彼らにその気持ちが残っている限り、あの日の経験は無かったことにはならないということだ。
ーーSUMMER VACATION 2019・終ーー
この話でこのイベントの話は全て完結となります。
最初に書いた通り、これは本編のストーリーには何の関係も無いイベントのようなものです。
ひょっとしたら、今後の本編で、このイベントの中で語られた設定と矛盾する部分が出てくる可能性もあります。
その際は、あくまでこれは別の話ということでご了承ください。
最後まで読んで頂きありがとうございました。




