その13 リュークの死
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いつものようにデ・ベール商会のヘールツ達とダンジョンに入ったダンジョン夫達だったが、今日の彼らはここ数日と少し様子が違っていた。
調査員であるどこか品の良い女性はいないし、彼らに出される指示もいつもよりあいまいだった。
そんな状況に首をかしげながらもダンジョン夫達はヘールツ達の指示通り、四つの班に分かれるといつも通りそれぞれ中層へと散って行った。
自分達が殺戮の生贄に選ばれた事も知らずに。
「ヘールツさん、どこまで行くんですか? この先は行き止まりですよ。」
頬にキズのある男カスペルはドレッドロックスの大男ヘールツに問いかけた。
「ふん。なら丁度いい。お前ら全員行き止まりまで先に行って待っていろ。」
ヘールツの良く分からない指示に顔を見合わせるダンジョン夫達。
「どうした。早く行かないか。」「分かりました!」
今日のカスペルはやる気に満ち溢れていた。
彼は率先して通路の奥まで走り出した。
慌てて兄を追いかける弟のリューク。
(ここでヘールツに気にいられてデ・ベール商会とつながりを作ってやるぜ。)
まあ不純なやる気ではあるのだが。
動機は不純でもやる気はやる気だ。
カスペルのやる気に当てられたのか他のダンジョン夫達も走り出した。
ヘールツは最後尾をゆっくりと歩いて行くのだった。
ダンジョン夫達は通路の行き止まりでたむろしている。
そこにようやくヘールツがやって来た。
「ヘールツさん、今日はこれから何を・・・」
ヘールツの持つ抜き身の剣を目にしたカスペルの言葉が止まった。
不穏な気配にダンジョン夫達がざわめきだす。
「お前達の仕事は終わりだ。」
「え・・・?」
ヘールツが剣を振るうとヘールツの近くにいたダンジョン夫が血を吹き出しながら倒れた。
カスペルの体に男の血がかかる。
男は綺麗に頭を半分にかち割られていた。
「うっうひゃわあああああっぶべっ!」
突然の仲間の死に奇声を上げたダンジョン夫がヘールツに殴り飛ばされた。
ダンジョンの壁にぶつかって倒れこむ男。
死んだのか気を失ったのかピクリとも動かない。
突然の凶行に恐怖にガタガタと震えるダンジョン夫達。
「ヘールツさん、あんた一体どうしちまったんだ?!」
カスペルは真っ青になりながらも勇気を振り絞って目の前の大男に尋ねた。
ヘールツはカスペルを見下ろした。その目はこれから繰り広げられる殺戮への期待にギラついていた。
「言っただろうお前達の仕事は終わりだと。もうお前達は必要ないんだよ。」
「え・・・。」
ヘールツはダンジョン夫達にとつとつと語った。
「もうじきこの町にボスマン商会がやってくる。デ・ベール商会の若旦那はそれまでにこのダンジョンを押さえておきたいのさ。この町はダンジョンしかめぼしいモノはねえからな。そのためにはお前らが邪魔なんだよ。」
デ・ベール商会はこの町にボスマン商会が参入する事態を重く見ていた。
そこでデ・ベール商会が考えた対策がダンジョンの独占だ。
スタウヴェンの町の経済の基盤は古くからダンジョンだ。
そこでデ・ベール商会は、現在のダンジョン夫を一掃した上で自分達の息のかかった者達で固めるという計画を立てたのだ。
その上でさらにダンジョン産業を活性化させて後発のボスマン商会の付け入るスキを無くす。そういう腹積もりだった。
エレベーターの設置もそのための投資である。
フロリーナにダンジョン調査を依頼した主な目的は、領主であるケーテル男爵との繋がりを強くするためだ。
ケーテル男爵が娘を溺愛していることを知っての行動である。
それに事故に見せかける予定だとはいえ、流石に大量にダンジョン夫が死ねば厳しい調査の手が入る。
仮に殺人がバレずに事故で済んだとしてもデ・ベール商会はこの件で強く責任を問われるだろう。
デ・ベール商会の依頼中に起きた事故だ。それも当然である。
だがそれが男爵の娘の関わった仕事の最中となれば話は別だ。
男爵の娘にまで事故の責任が及ぶとなれば、調査にも罰則にも手心を加えざるを得なくなるだろう。
ダンジョン夫達の命と娘の将来、男爵にとってどちらが重いかなど考えるまでもないのだから。
「そんな・・・ 俺達が何をしたって言うんだ!」
自分達の命が恨みでもなければ金目当てでもない、商会の計画では邪魔になる、ただそれだけのために消されるという事を知って絶望するダンジョン夫達。
そんなダンジョン夫達の姿に嗜虐心を刺激され、笑みを抑えきれないヘールツ。
「お・・・俺はボスマン商会が来てもデ・ベール商会に味方するぞ! だから許してくれ!」
一人のダンジョン夫が叫んだ。
ヘールツはもう笑いを堪えられない。
「そうかそうか、よし、お前はこっちに来い。」
男はホッとした表情を浮かべるとヘールツの方へと小走りで駆け寄った。周囲からも男に追従しようとする空気が流れる。
ヘールツは笑いながら男の眉間に剣を突き立てた。
「ひっ?」
男は一声漏らすとホッとした表情のままこと切れた。
「うわあああああっ!!」
「ギャハハハハ! ”許してくれ”って何だよ?! 最初から必要ないって言ってんだよ! 皆殺しなんだよ!!」
通路にダンジョン夫達の悲鳴とヘールツの笑い声が響いた。
「ちくしょうが! 黙ってやられてたまるか! おい、みんな俺に続け!」
カスペルは剣を抜くとヘールツへと向かって行った。
確かに、事ここに至っては全員で一斉にかかるしか助かる可能性は無い。
・・・限りなく低い可能性に過ぎないのだが。
カスペルの声に反応した者は誰もいなかった。
いや、一人だけいた。彼はカスペルに続いて剣を抜くとがむしゃらに突っ込んで行った。
カスペルは剣を振りかぶるとヘールツへと迫る。
「うおおおおおお・・・はっ」
だが最後の一瞬、カスペルはヘールツの目を見てひるんでしまった。
カスペルは階位4。階位5のヘールツにはかなわない。
それにカスペルはこれだけの階位があっても所詮はダンジョン夫だ。
粗暴なダンジョン夫らしく、喧嘩くらいならいくらでもしたことがあるが、人間相手に殺し合いをした経験もなければ当然人を殺した事もない。
彼は土壇場で人殺しの目に射竦められてしまったのだ。
不意に足を止めたカスペルの横を駆け抜ける者がいた。
カスペルの言葉に唯一反応した彼の弟リュークである。
「よせ! リューク!」
カスペルの叫びとリュークの頭が切り飛ばされるのは同時だった。
リュークは一言も残さずあっけなく死んだ。
カスペルの足元にリュークの頭が転がってくる。
必死の形相だ。恐怖を堪えて兄の言葉に従ったのだろう。
カスペルは頭の中が真っ白になってその場に膝を付いた。
「え・・・なんで・・・俺・・・嘘だろ・・・。」
口からはブツブツと無意味な言葉が漏れた。
カスペルは完全に戦意を喪失してしまった。
「何だお前? ひょっとしてこのガキはお前の弟か何かか?」
ヘールツはそんなカスペルをニヤニヤと笑いながら眺めている。
「ほらお兄ちゃんかかって来いよ。弟の体が大変だぞ。」
ヘールツは足元のリュークの体にザクザクと剣を突き立てた。
カスペルはリュークの頭と体をぼんやりと交互に見るだけで立ち上がる事すら出来ない。
「ちっ・・・もういい。」
何の反応も示さないカスペルに飽きたのだろう。ヘールツはリュークの遺体を弄ぶことを止め、剣を担ぐと・・・
バッ!
瞬間的に背後を振り返った。
ヘールツの突然の動きに体を硬くするダンジョン夫達。
だがすでにヘールツは彼らを見ていない。
ヘールツの視線の先に立つのは20歳ほどの青年。
黒い髪に中肉中背。彫りの浅い全体的にのっぺりとした没個性的な顔。
安物の防具に腰にはナタを差している。
ハルトであった。
次回「階位52」




