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その12 流血のダンジョン

「ハルト、あれで良かったのか?」


 ティルシアの声に俺は顔を上げた。

 フロリーナは一人で宿まで帰ったのだろうか?

 彼女をダンジョンの外まで送って行ったティルシアが俺の前まで歩いて来た。

 どうやらうっかり考え込んでいたようだ。

 俺は軽く頭を振ると気持ちを切り替える。

 フロリーナはシロ。あの時そう判断したんだ。

 今更考えても始まらない。


「ああ。彼女のスキル:観察眼の能力がどの程度なのかは分からない。だが今日の俺を見て何とも思わないようなら警戒するほどの能力ではないんだろう。」


 俺は昨日からずっとダンジョンに籠って階位(レベル)を上げ続けていた。

 今の俺は階位(レベル)52。

 何気に最高記録だ。かつて一度として50以上まで階位(レベル)を上げたことは無かった。


 もしフロリーナが俺の階位(レベル)を警戒するようなら俺は彼女を殺すつもりだった。

 だが彼女は俺のフェイントにも何の反応も示さなかった。


「案外本当にフロリーナの言う通り、あの日は神経が高ぶって過剰に反応しただけだったのかもしれないな。」

「ふーん。まあお前がそれでいいならいいけどな。」


 珍しくティルシアの言葉の歯切れが悪い。

 そもそもティルシアはフロリーナを殺すことに反対していたはずだ。

 ケーテル男爵と敵対する危険は冒すべきではないと。


「何か気になることでもあったのか?」

「いや、いい。ただの勘だ。」


 ティルシアが言うにはフロリーナを送って行った際、「今ここで彼女を逃がせば何やら面倒なことになりそうな気がした」、のだそうだ。

 歴戦の傭兵であるティルシアの危険予知力は侮れない。

 だがフロリーナはすでにダンジョンを出たと言う。

 もう俺には手が出せない。


「終わったことを考えていても仕方がない。今はヘールツ達の方を何とかしよう。早く行かないと全員殺されてしまうぞ。」


 俺もティルシアの意見に賛成だ。

 正直ダンジョン夫達(あいつら)がどうなろうが知ったことではないが、このままデ・ベール商会の思い通りになるのだけは最悪だ。

 俺達は中層に向かって歩き出した。


◇◇◇◇◇◇◇◇


 ダンジョンの床に赤い血が流れる。

 ダンジョン夫の男が血まみれになってのたうち回る。

 あまりの痛みに声も出ないようだ。

 かたわらには男の物と思わしき体の一部が転がっている。

 人間の左手だ。


「ヒイイイッ! アンタ何でこんなコトを?!」


 のたうち回る男の仲間が真っ青になって叫んだ。

 ここはダンジョンの中層。袋小路になっている小部屋だ。

 この場にいるのはダンジョン夫達が8人。

 それと入り口を塞ぐように立ちはだかるこの凶行に及んだ男。


「ああぁん? そんなのは楽しいからに決まってんだろうがよぉ。」


 手に血まみれの剣を持ってゲラゲラと笑うヘールツの手下の男。

 ヘールツ達四人組の中でいつも最初に絡む小者臭の強い男だ。


「黙って悶えてんじゃねえ! もっとさえずりやがれ!」


 小者男は手にした剣でのたうつ男の背中を刺した。


「グヒャアアアア!」

「ぷふっ! グヒャアアアア!」


 小者男は男の悲鳴に吹き出すと、からかうように悲鳴をマネる。


「くそっ! いい加減にしろ!」


 ダンジョン夫達は口々に叫ぶが小者男は意に介さない。

 むしろ彼らの反応が楽しくて堪らないのだ。


「おら、次はどいつだ? 早くしないとコイツ死んじまうぞ。」


 そう言うと今度は男の尻に剣を突き立てた。


「ギャアアアア!」

「おっと尻の穴が二つになっちまったな。クソを垂れる時に便利になって良かったじゃねえか。」


 そう言うと何がおかしいのかゲラゲラと笑う。


「どうしたどうした? 全員でかかってきてもいいんだぜ?」


 小者男の言葉にダンジョン夫達は顔を見合わせた。

 だが誰も先陣を切らない。

 彼らは所詮階位(レベル)3。階位(レベル)4のこの男にかなわないことを知っているからだ。


「誰でもいいからとっとと来やがれ!」

「ヒイイッ!」


 小者男の大声に怯えるダンジョン夫達。

 真っ青になってガタガタと震えている。

 そんな彼らの姿に小者男は被虐心が満たされるのか、だらしなく頬を緩ませるのだ。




「では私が相手をしよう。」


 血生臭い空間に少女の声が響いた。


「ああん?」


 後ろからかけられた声に小者男が振り返る。

 いつの間にか彼のすぐ後ろに少女が立っていた。

 頭に揺れるウサギ耳。

 ウサギ獣人の少女、ティルシアである。


「どうした、私が相手では不満か?」


 小者男はぼんやりと少女を眺めていたが、やがてようやく頭が現状を理解したのかその目にギラギラとした淫靡な光が宿った。


「バカが、俺の剣でヒイヒイ泣かせてやるぜ!」


 突き出された小者男の剣を一歩下がって避けるティルシア。

 興奮のあまり口から涎を散らしながら剣を振るう小者男。


「テメエ! 避けんな! 当たれ!」


 男の剣をステップと体捌きでひらりひらりと軽やかに躱すティルシア。

 それがまた小者男の怒りを煽る。

 やがて苛立ちのあまりがむしゃらに振り回された男の剣はダンジョンの壁に当たって跳ね返った。

 衝撃で手が痺れて思わず剣を取り落とす小者男。

 ティルシアは素早く男の剣を拾った。


「何してやがる! 俺の剣をかえしやがれ!」

「そうか? ほらよ。」


 痺れた手と逆の手でティルシアに掴みかかろうとする小者男。

 ティルシアはそんな男に向かってヒョイと男の剣を突き出した。

 自らの剣でストンと胸を突かれる男。

 剣は小者男の鎧の隙間、金属で覆われていないつなぎ目の部分に突き立っていた。


「あ・・・あが・・・。」


 震える手で剣を握るも激痛に力が入らず、抜くことも出来ずに蹲る小者男。

 ティルシアはそんな男の横を過ぎ、床でもがいているダンジョン夫の下へ歩み寄った。


「誰か応急手当てが出来る者はいるか?」


 ティルシアの声に慌てて駆け寄るダンジョン夫達。

 ティルシアは床のダンジョン夫の腰から剣を抜いた。

 本人の技量に見合わない、中々つくりの良い鋼の剣だ。


「お前の剣を借りていくぞ。」


 剣を手にしたティルシアが近づくと、痛みに耐える小者男は涙を浮かべた目で彼女を見た。

 その顔は苦痛と恐怖に歪んでいる。


「お前は犬をなぶり殺しにするのが好きだそうだな。」


 昨日ハルトに聞いた話だ。


「私はそういう趣味は無いのだ。お前ツイてるぞ。」


 そう言うとティルシアは剣を振り下ろした。

 剣は男の両手ごと剣の柄を切断した。

 階位(レベル)5の驚くべき力である。


「~~~~~~~ッツ!!」


 言葉もなく絶叫する小者男。

 失禁したのだろう、男の股間から湯気が上がった。


「自分の人生を振り返りながら出血多量で死ね。」


 ティルシアは怯えるダンジョン夫達に男の剣を渡すとダンジョンの奥へと走り去った。

 彼女の獲物はまだ後二人いるのだ。

次回「リュークの死」

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