その2 探索準備
「私の命を・・・。」
俺の言葉に少女はショックを受けたようだ。
彼女は奴隷としての契約で、現在ダンジョン内で行方不明のマルティンと魔法的につながっているという。
近くにさえ行けばマルティンのいる場所が正確に分かるというのだ。
マルティンを救うためには一刻の猶予もない今、その能力は魅力的だ。
だがそのことと彼女に俺の秘密がバレるということは別だ。
秘密を守り、マルティンを救う、両立するためには秘密を知った者に死んでもらうしかない。
「分かりました。私の命でご主人様の命が救われるのなら!」
奴隷という卑しい身分とは思えない、毅然とした態度で少女は宣言する。
やはりそう言うだろうと思った。
言うのはタダだからな。
後でどうとでもなると考えたのだろう。
「そうか。時間が無い、俺に付いてこい。」
命をかける、という自分の言葉に対しての俺の軽い返事に、少女は少し不満気な表情を見せた。
だが、コイツに気をつかって俺に得る物は何もない。
「付いてくるにあたり、俺に関する見たもの聞いたこと全てを秘密にすること。」
「これからダンジョンに入る準備をする。俺の指示には絶対に従うこと。」
道すがら、ついでにこれらのことを少女に約束させる。
殊勝な態度で頷く少女だが、もちろん本当に守られるとは思っていない。
書面など形の残る約束ではないのだ。俺の協力を取り付けるためにこの場は言うことを聞くふりをしているに決まっている。
だが俺にはそういう約束をしたという事実が重要だ。
いずれ彼女の命を奪う時にためらわずに済む。
要は俺の心の問題なのだ。
俺は町の外れ、自分の自宅に少女を連れて帰った。
この町にしては割と大きな家だ。それもそのはず、日本で言えばアパートのような建物になる。
品の良い洒落た作りだ。しかし、ここには俺しか住んでいない。
町外れのこんな不便な場所に住む者は少ない。
ここは町の不人気区画なのである。
「ここの部屋を借りているんですね。」
「まあそんなところだ。」
俺のような階位1のダンジョン夫は、もっとみすぼらしいところに住んでいると思っていたのだろう。
少女は建物を見て意外そうな表情を浮かべた。
借りているんじゃなくて、俺の持ち家だと教えてやればさぞ驚くに違いない。
まあ、この家を買ったせいもあって貧乏なんだが。
俺は少女を連れて家に入った。
まっすぐ物置代わりに使っている部屋に向かい、厳重に作られた扉の鍵を開ける。
この鍵はダンジョンから手に入るアーティファクトだ。未だ人間に作り出すことはできない。
ピッキングは不可能とされている。
俺がダンジョンの奥で見つけた代物だ。
少女は俺に続いて部屋に入り、驚きの声を上げた。
流石に大手商会の奴隷だけあって、一目でここにある品の価値が分かったようだな。
「そんな・・・まさか全部本物なんですか?」
窓はない。厳重にレンガとコンクリで埋めてある。
灯りは天井に設置された魔導具。
そこに無造作に置いてあるのは、このダンジョンの中でも7階層以降、いわゆる深層と言われる階層からしか手に入らないアーティファクト。
ダンジョン製の武器や防具だ。
この世界のダンジョンでは、まるでゲームのように完成された武器や防具が手に入る。
1階層や2階層だと鉄鉱石や謎の皮のような装備作りの素材となる物しか手に入らないが、4階層以降からはたまに完成品の道具や装備が手に入ることがあるのだ。
それらはアーティファクトと呼ばれている。
アーティファクトは武器や防具、生活用の魔導具、スクロールと呼ばれる魔法アイテム等がある。基本的に階層が進むにつれ出やすくなり、また、より効果の高いものが手に入るようになる。
この辺はまるでゲームのようだ。
この町のダンジョンは昔、当時の領主が調べさせたことで最深部は9階層であることが分かっている。
まあその事に関しては色々とあるのだが今は一先ずそれは置く。
ダンジョンは1~3階層は上層、4~6階層は中層、7~9階層は深層と、3階層ごとに呼び分けられている。
ダンジョン夫のほとんどの者は危険な深層には下りない。
兵士が下りるのも中層までだ。
深層にはもう随分と長い間誰も下りていない。
そう思われている。
お宝の山に目を輝かせている少女に、やはり早まったか、と少し後悔しつつも、俺は防具を纏めている棚に手を置いた。
「お前、階位はいくつだ?」
「階位5です。」
少女の年齢にそぐわぬまさかの高階位に俺は耳を疑った。
階位は全10段階だと考えられている。
元の世界の人間に例えると、
階位1はそこらにいる一般人。
階位2はトップアスリート。オリンピック選手クラス。
階位3は人類史上最強の肉体。
階位4はマンガに出てくるキャラクターレベル。
階位5はマンガの中でも主役クラス。
階位6から以降はインフレバトルマンガの世界だ。
この町の兵士でもおそらく階位4辺りがボリュームゾーンだろう。
そこらにいる兵士がマンガに登場するキャラ並みの強さなんだから、この世界で階位1で生きることがいかに大変かが分かるだろう。
だがこのあたりからは1つ階位を上げるのも大変になり、階位7とか8の人間は国に何人といないレベルとなる。
俺がこの部屋の秘密をばらしてでも彼女をここに連れて来たのは、彼女の防御力アップのためだ。
俺の想像が当たっているならば、おそらくマルティンが落ちたのは深層だ。
とてもじゃないが、そこらの店売りの防具を着ただけの人間を連れていける深さじゃない。
武器や防具には適正レベルというものがあり、階位の低い者がレアリティの高い防具を装備してもその性能を生かしきれない。
むしろ適正なレベルの防具を装備した時よりも、能力が下がることもある。
それにも例外があるのだが、今回は彼女の階位が高いおかげでその心配はなさそうだ。
「なら、この辺が適正レベルだな。」
俺はミスリルのブレストプレートを手に取り・・・彼女のこれまた年齢にそぐわぬ身体のある部位を見て棚に戻した。
その俺の行動に何かを察した彼女は、その豊満な胸を両腕で掻き抱き俺から隠した。
俺は気まずくなった場を誤魔化すために、敢えて大きな音を立てて棚を探った。
次に俺が取り出したのはミスリルの鎖帷子だ。
「少し適正レベルに難があるかもしれないが、おそらくいけるはずだ。」
俺から無造作に渡された防具の価値に気付き、少し青ざめる少女。
だが、俺は次々と彼女に他の防具も見繕って渡した。
マルティンを見つける前にコイツにケガをしてもらっては足手まといになる。
少女もそのことが分かっているのだろう。
気を引き締めながら俺から防具を受け取っていた。
だが、そんな殊勝な態度も湧き出す喜びを隠しきれていない。
どうも彼女は武器や防具が大好きなようだ。
正直ここに見えているアーティファクトはいわば撒き餌だ。見られるとヤバいものは簡単に見付からないように隠してある。
もちろんここにあるものだって、大店の目玉商品になるような逸品ぞろいだ。
だが、真にヤバいやつは、おそらく王城の宝物庫にだって入っていないシロモノだ。
念のために手元に置いている代物だが、他人の目に触れれば何があるか分からない。
着替えは使っていない部屋(要は誰も入っていない空き部屋)でしてもらう事にした。
その間に俺は自分の部屋に戻って準備をする。
今回はイレギュラーな案件とはいえ、行き先は毎日のように通っているこの町のダンジョンだ。
俺の方の準備はすぐに終わった。
そのタイミングに合わせたかのようにドアをノックする音がした。
思ったより早かったな。
「着替え終わりました。」
ドアを開けるとそこには俺の渡した防具を着た少女がいた。
ミスリルの鎖帷子の上からは自分の着ていた黄色の厚手のチュニックを着ている。腕にはミスリルの籠手と小型の盾。直接戦闘をさせるつもりはないので脚の防具は見送った。
足の防具には彼女の背丈に丁度合うものが無かったのだ。それにいくら彼女が階位5とはいえ今回は強行軍になる。
行動の負担になるモノはなるべく持たせたくない。
なので最初に武器もここに置いて行くように言った。
もっとも奴隷の彼女は最初から武器を持っていなかったが。
最後に自分用の水筒を持たせた。
頭部の防具は随分迷ったが、ミスリルの鉢がねにしておいた。
ヘルメット状の防具の方が防御力は高いが、獣人は頭に耳がついている。
長時間ヘルメットの中で圧迫するのは良くないだろう。
ミスリル製の防具は高価な上に良く目立つので、防具の上からポンチョのようなモノを羽織ってもらう。ダンジョン夫がよく着ているヤツだ。
ぶっちゃけ俺のポンチョだ。俺は今回は無しでいいだろう。
「それを全部持って行くんですか?」
少女が俺の姿を見て驚きの声を上げた。
俺の背中には行商人もかくやという大荷物が背負われていたからだ。
ほとんど全部が買い置きの保存食だと知ったらさらに驚くだろうな。
俺は立てかけてあったありふれた見た目の愛用のナタを手に取った。
ぶっちゃけモンスターと戦えるような武器ではないのだが、階位1の俺にはこれかナイフくらいしか適正装備品が無いのだ。
俺は少しでもリーチが欲しいのでナタの方を選んだ。
少女は「そんな武器で行くのか?」と言いたげな目をしたが、モンスターと戦わずに行ける道を知っているんだろう、とでも思ったのか、疑問を口にすることはなかった。
俺もダンジョン夫だ。そういう道に心当たりが無くはないが、今回の目的を考えるとその道を通るつもりはない。
「さて、今からダンジョンに向かう前にひとつ聞いておくことがある。」
少女は今度は何を言われるのかと、緊張した面持ちで俺を見た。
「俺はお前を何と呼べばいいんだ?」
ここまで関わることになるとは思っていなかったので、最初から名前は聞いていなかった。
だがこれから向かうダンジョン内で何かあった時、オイ、とかお前、とかだと意思の疎通に差しさわりがでるだろう。
少女も意表をつかれたみたいですぐに返事が出来なかった。単に呆れていたのかもしれない。
「ティルシアです。」
「そうか、俺のことはハルトと呼べ。よし、ティルシア、今からダンジョンに向かうぞ。」
次回「ダンジョン探索」