その10 ダンジョン研究家フロリーナ 調査完了
◇◇◇◇ダンジョン研究家フロリーナの主観◇◇◇◇
「! アンタは!」
「あらっ? ええと・・・貴方達は。」
中層の調査中、一人でダンジョンを歩いていた私が出会ったのはあの時の二人組でした。
ウサギ獣人の少女と強烈な存在感を持つ男の人。
でもどうしたのでしょうか? 今日の男の人からはあの日感じた圧力を全く感じません。
彼らはダンジョンで採れる素材を採取していたようです。すぐそばにパンパンに膨らんだ荷物が置かれています。
「貴方達って前にダンジョンで会いましたよね? やっぱりダンジョン夫だったんですね。あれ? でも雇われた人達の中にはいなかったような。あ、ひょっとして後から依頼を受けて追いかけてきたのかしら?」
私が話しかけると男の人は戸惑った表情を浮かべました。
そういえばダンジョンの中ではトラブルを避けるために他人を避けて行動すると聞いています。
私に対して警戒しているのかもしれません。
そんな男の人に代わって一緒にいた少女が私に尋ねて来ました。
「そんなことよりどうしてお前はこんな所に一人でいるんだ?」
ああ、そこから説明するべきですよね。私は少女の言葉にポンと手を打ちました。
「そうそうそうでした。さっきまで皆さんと一緒にいたんでした。あら? でもどうしたんでしょう、また私一人になってしまいました。私これでもしっかりしている方なんですけどたまにこうやってはぐれてしまうんですよね。今日も・・・」
私の説明は少女に通じたようです。
少女は大人びた態度で腕を組むとふむふむと頷きました。
「ふーむ。つまりお前はみんなとはぐれて迷子になったんだな。」
・・・なんだか幼い少女にそう言われると酷く情けない気分になりますね。
いや、いつもはしっかりしているんですよ? ただ道に迷いやすいだけで。
そんなふうに少女と話す姿に警戒心も解けたのか、男の人が私に話しかけて来ました。
「あ~と、フロリーナさん?」
あら? 私自分の名前を言いましたっけ? あるいは他のダンジョン協会の人達に聞いたのかもしれません
男の人の話はちょっと意外な内容でした。
彼は弱すぎたため今回の依頼に声を掛けてもらえなかったのだそうです。
「おかしいですね。貴方はこの町で一番階位が高い人なんじゃないんですか? 今日は違うみたいですね。おかしいな、以前に会った時はこうじゃなかったような・・・私の勘違いだったのかしら。」
私の言葉に二人は明らかに警戒心を抱きました。
その瞬間に私は自分がしでかしてしまったことに気が付きました。
ああ・・・またやってしまいました。
私はついスキルで視た内容を口に出してしまうことがあるのです。
注意している時には大丈夫なんですが、気が緩んでいるとうっかり口をすべらせてしまうことがあるんですよね。
誰だって自分の階位を他人に詮索されるのは嫌に決まっています。
男の人がゆっくりと私に近づいてきます。
自然な態度を装っていますが私のスキル:観察眼の目は誤魔化せません。
怒らせちゃいましたか。
私は残念な気持ちで一杯になります。
もっと話をしたかったんですが。
その時私を捜す声が聞こえました。
タイムリミットです。
「あ。みんなが捜していますね。ではご機嫌よう。」
私は後味の悪い思いを引きずりながらこの場を後にしました。
私のいなくなった後あの二人がどんな会話を交わしているのか非常に気になるところではありますが、流石にそれは私のスキルでも知ることは出来ないのです。
あの日以降は何事も無く調査は進みました。
例の二人とはあの後一度も会うことはありませんでした。
この町を離れる前にもう一度くらい会って話が出来ないでしょうか?
ダンジョン協会に行けば会えませんかね。
ヘールツ達はストレスをため込んでいる様子でした。
粗暴な彼らには私の護衛という地味な仕事は合わなかったのでしょう。
モンスターを相手に暴れれば少しは発散できそうなものですが、彼らの会話を小耳に挟んだところ、モンスターは恐れ知らずなので相手にしていて面白くないのだそうです。
「やっぱ怯える相手をなぶり殺しにしないと面白くねえよな。」
などと言ってはかつていかに自分達が非道なことをしたかを楽しそうに語り合っていました。
聞いていて胸が悪くなりました。
知ってはいましたが本当にどうしようもない人達ですね。
一度どうしても耐えられなくなった二人がどこかに姿を消していましたが、しばらくしてスッキリした顔で戻って来ました。
ズボンの裾に血の跡が付いていたんですが、あれってまさか人間の血じゃないでしょうね。
調査が済んでこの町を離れるともうあの男の人に会えなくなるので残念ですが、この人達とこれ以上関わり合いにならずに済むと思えば心底ホッとします。
そんな感じで昨日の調査を最後に調査は無事に終了しました。
結論から言えば「問題は無さそうだ」と言って良いと思います。
モンスターの分布は安定していますし、ダンジョンにも特に変わったところはありませんでした。
もちろん私は土木工事の専門家ではないので、ダンジョンの屋根に穴を空けて崩落の危険があるかどうかまでは分かりません。
でも、少なくとも自分のスキルで視た感じでは厄介な構造には見えませんでした。
さて、後は報告書にまとめるだけです。
私は宿に籠ると意気込みも新たに机に向かい、うず高く積み上げた紙に挑みます。
で、報告書ってどう書けばいいんでしょうか?
私がこの仕事で一番の難題に取り組んでいるとドアをノックする音がしました。
「お客さん。アンタを尋ねて来た人がいるんだけど。」
宿の女将さんの声です。私に来客? 誰でしょう。
デ・ベール商会の人でしょうか。
「小さなウサギ獣人の女の子なんだけどね。お知り合いかい?」
私は急いで立ち上がるとドアへと向かうのでした。
次回「ダンジョン研究家フロリーナ 悪魔の声は天使の囁き」




