その9 ダンジョン研究家フロリーナ ダンジョンの出会い
◇◇◇◇ダンジョン研究家フロリーナの主観◇◇◇◇
ダンジョン研究家となった、元ケーテル男爵子女の私がやってきたのはスタウヴェンの町。
依頼主のデ・ベール商会の当主さんから紹介された私の護衛ですが・・・
あ、これダメな人達だ。
彼らを一目見て私は内心で白旗を上げました。
私にはスキル:観察眼があります。これは小さな変化や違和感を感じやすくなるスキルです。
勘が鋭くなるスキルだと思ってもらえれば理解し易いかもしれません。
そんな私の目から見て、今部屋に入ってきた男達は控えめに言ってもロクデナシでした。
全員私に対して性的な嗜虐性を含んだ視線を隠そうともしないし、暴力を生業にしている人特有の目つきをしている上、その暴力行為に喜びを見出しています。
享楽的で刹那的な生き方。残忍で残虐。
こんな人達とダンジョンに入るなんて、体中に生肉を巻いて狼と一緒に森に入るようなものです。
「護衛・・・ですか?」
「? ええ。そうですが何か?」
私はため息をついて天を仰ぎたい気持ちを押さえます。
一つ救われた点としては彼ら四人のリーダー格の大柄な男性。彼だけは当主さんに対する忠誠心が見受けられます。
どうやら彼は元軍人さんのようです。上位者の命令を守るように軍で教育されているのでしょう。
四人の中でも彼だけが抜きん出て強いようですし、彼が他の三人を押さえてくれることを期待しましょう。
翌日から私達はダンジョンの調査に入りました。
心配していたようなこともなく、護衛の彼らは真面目に仕事に励んでいます。
どうやら私の不安そうな様子を見た当主さんが事前に彼らに釘を刺してくれたようです。
野心家でも流石は大手の商会の当主なだけのことはありますね。
今日は上層と呼ばれる1~3階層の調査をすることにします。
デ・ベール商会の計画では”えれべーたー”は中層である4階層まで通すことになっています。
そのための候補地の調査が私の仕事です。
もちろんそれ以外でも何か気が付いたことがあれば報告することになっています。
この依頼内容では最下層までは行けそうにありませんね。
このダンジョンは先代の代官が大掛かりな調査隊を編成して最下層まで調査したそうです。
つまりすでに調査済みのダンジョンというわけです。
そう考えると新しい発見は期待できそうにありません。
今回は仕事の実績作りと割り切った方が良いでしょう。
そんなことを考えながら歩いていたせいか、私はいつの間にか護衛の人達からはぐれて、知らない通路を一人で歩いていました。
・・・まあ良いでしょう。調査を続けましょう。
私は決してスキル頼りな人間ではなく割としっかりしている方ですが、昔から道には迷い易いんですよね。
道にはスキルが通じませんから。
幸いここは上層です。大して強いモンスターもいませんし、そもそもモンスターには近付かなければ良いだけですから。
そんなふうに一人で調査を続けていた私は誰かの視線を感じて振り返りました。
そこにいたのは・・・
人間・・・なんでしょうか?
ウサギ獣人の少女を連れた一人の男性ーーのように見えます。
でも私のスキル:観察眼は彼から強い存在感を感じます。
私もケーテル男爵家で何人も軍人さんを見ています。彼らは例外無く強い存在感を放っていました。
ですがこの人の存在感は彼らと比べても桁違いです。
もはや圧力と言っても良いでしょう。
私はこのスキルを得て以来初めて恐怖を感じました。
しかしそれと同時に吸い込まれるようにこの男の人から目が離せなくなったのです。
怖いモノから目が離せない感じ、いえ、このダンジョンにつながる濃厚な気配・・・これは・・・
「フロリーナ! フロリーナ、どこだ!」
私の名前を呼ぶ声に私はハッと我に返りました。一体今の感じは何だったんでしょうか?
私は辺りを見渡すと元来た道へと戻ーーる前に最後にもう一度だけ男の人の方へ振り返ります。
彼はポカンとした表情でこちらを見ていました。
そうしているとどこにでもいる地味な目立たない男性にしか見えません。
黒髪というのが若干珍しいくらいでしょうか。
さっき私は彼に一体何を視たのでしょうか?
私は心に引っかかるものを感じながら護衛の人達の声のする方へと向かうのでした。
翌日も上層の調査を続けます。
特に変わったことはありませんね。
モンスターの活動が活発なダンジョンは、人が手を加える事で予想もつかないような変化が起こる場合があると言います。
と言ってもそれは領地内の河川の治水工事や農地開拓でも変わりませんからね。
ダンジョンが自然物である以上、変化に対する揺り返しはあって然るべきでしょう。
ここスタウヴェンの町のダンジョンは多少の工事でもびくともしなさそうです。
私のスキルで見ていても非常に安定しているように見えます。
まるで誰かが意図的にこのダンジョンを調整しているような・・・
ふと昨日ダンジョンで出会った男の人を思い出します。
そういえば今日は会ってませんね。
ダンジョンの中で起こった事は自己責任という話です。
だからダンジョンを仕事場にしている人達は、トラブルを避けるために他人を避けて行動するんだそうです。
昨日のような出来事はむしろ例外だったのでしょう。
上層の調査は大体めどが立ったので、いよいよ中層の調査に取り掛かることになりました。
流石に四人だけでは手が足りないという判断でしょうか? デ・ベール商会が手を回してダンジョン協会から人手を集めてくれたようです。
いや、どう見ても多すぎでしょう。
護衛のリーダー、ヘールツに聞いたところ「ここのダンジョン夫の実力だと中層のモンスターを相手にするには人数で当たらないとダメだ。」、とのことですが本当でしょうか?
確かに一昨日見た男の人なら、ここにいる全員を相手にしてもキズひとつ負わずにやっつけてしまいそうでしたが。
ダンジョン協会の人達は何人かのグループに分かれると中層のあちこちに散らばって行きます。
ヘールツ達はそれぞれがグループの監視役をするそうです。
私は一人でダンジョンの調査を開始しました。
確かに安全なんですよね。でも護衛ならそばに一人くらい付いていなくちゃダメなんじゃ・・・。
どうも彼らは護衛という仕事に慣れていないようです。
日頃の仕事はきっとろくでもない内容なんでしょうね。
あんな人達がまともな仕事をしてきたとは思えませんから。
次の日も同様に中層の調査を続けます。
慣れてきたせいか、むしろこうやって一人でいた方が調査も捗る気がしますね。
そんなふうに油断していたせいでしょうか。
いつの間にか私は調査範囲を越えて歩いていたようです。
ふと気が付くと私の周りから人の気配が消えていました。
いえ、通路の先から人の話し声が聞こえます。女性の声です。
私の心臓がドキリと跳ねました。
この声は前にダンジョンで出会ったウサギ獣人の少女の声です。
ならそのかたわらにはきっとあの男の人もいるでしょう。
私はドキドキする胸を抑えながら通路の先へと進みました。
「! アンタは!」
「あらっ? ええと・・・貴方達は。」
そこにいたのはやはりあの時の二人組でした。
でもどうしたのでしょうか? 男の人からはあの時感じた圧力を全く感じませんでした。
次回「ダンジョン研究家フロリーナ 調査完了」