その6 フロリーナのスキルの正体
俺はダンジョンから出るとそのまま家へと戻った。
ティルシアとはダンジョンを出てからは別行動だ。
ダンジョンで出会った女、フロリーナに関する追加の情報が無いか、マルティンのボスマン商会の連絡員に問い合わせに行ってもらっているのだ。
フロリーナのスキルはヤバい。
本人はどこか緩い性格のようだがスキルの方は得体が知れない。
俺の階位も読まれていた。
おそらくは目か感覚に関係するスキルだと思うが、だとすれば最悪の可能性は「スキル:鑑定」だ。
日本人転生者のマルティンも持っている最凶最悪のクソチートスキルだ。
しかし、それだと俺の階位を正確に読めていなかったことが説明できない。
それに「スキル:鑑定」には相手の殺気を読むような力は無いはずだ。
これはマルティンに確認したことがあるので間違いない。
実はマルティンは二つのスキルの持ち主だ。
マルティンは自身の持つもう一つのスキル:交渉術を併用することで相手の敵意や殺気を予測することが出来ると言っていた。
ティルシアはわりとすぐに帰ってきた。
どうやら向こうですでに報告書の形に纏めてくれていたようだ。
ちなみに俺はこっちの世界の文字が読めない。
簡単な単語くらいなら読めるが報告書のような文章になるとお手上げだ。
この異世界フォスでは、異種族であろうと違う国の人間であろうと、言葉を持つ種族は全て同じ言語で話す。
それには神話にまつわる理由があるのだが、話すと長くなるのでここでは置いておく。
だがありがたい事に、おかげで日本人転移者である俺も言葉が通じる。
とはいうものの流石にこの力は文字には適用されない。
文字は普通に覚えなければならないのだ。
そしてこの世界では普通に識字率が低い。
そんな周囲が文字を使わない環境で育った俺が文字を読むことが出来なくても仕方がないだろう。
日本にいる時にも、当時中学生だった俺は町で見かける英語の単語は読めても英語の長文はお手上げだった。
異世界に来ても同じような経験をするはめになるとは思わなかった。
「フロリーナの本名はフロリーナ・フェルヘイ。これは以前の調査でも分かっていたことだが、さらに詳しいことが分かった。」
すでに大雑把な内容は聞いて帰ったのだろう、ティルシアは報告書を手に俺に説明をしてくれた。
「フェルヘイは母方の姓で彼女の父親の姓はケーテルだ。」
ティルシアはそこで言葉を切ると俺の反応を伺うようにこちらに目を向けた。だがそんなふうにもったい付けられても俺には何のことだか分からない。
「デル・ケーテルと言えば分かるかな?」
ああ、なるほどね。
それならば俺にも分かる。
”デル”はこの世界では貴族の家に付く敬称だ。
フロリーナの本名はフロリーナ・デル・ケーテル。貴族のケーテル家のお嬢様だったのだ。
「そう、彼女はケーテル男爵家の次女だ。」
ティルシアが満足そうに頷いた。
ちなみにこの町の癌、デ・ベール商会の”デ”も一応は敬称だ。
こちらは金で買ったなんちゃって貴族に付けられる。
正確に言うと「国に一定以上の貢献をしたものが家名に付けることを許される敬称」といったところだ。
要は”デル”は”貴族”。”デ”は”貴族モドキ”ないしは”貴族未満”。というわけだ。
マルティンのボスマン商会もそのうちデ・ボスマン商会になるんじゃないかな。
「ケーテル男爵はこの辺一帯を治める男爵だ。覚えておいて損は無いぞ。」
どうやらケーテル男爵とはこのスタウヴェンの町を治める領主様だったようだ。
そんなことを言われても俺なんかが男爵の名前なんて知ってどうするんだ?
町の人間でもケーテル男爵の名前を知っているヤツなんてどれだけいることやら。
「そしてケーテル男爵の次女ならば、とても珍しいスキルを持っていることで知られている。”観察眼”だ。」
まさか別方向からフロリーナのスキルの正体が分かるとは思ってもみなかった。
俺は意外な展開に素直に驚いた。
スキルは生える、と言われている。その人間の個性に沿ったものが生えやすいとされている。
めったに生えるものではないのだが。
実際にティルシアはスキルを持っていないし、ダンジョン夫共の中にもスキルを生やした者はほとんどいない。
鑑定と交渉術という二つのスキルを持っているマルティンはどれだけインチキな存在か分かるというものだ。
「観察眼というスキルは平たく言えば、ちょっとしたことが目に入りやすくなるスキルだそうだ。」
ティルシアの説明よると、スキル:観察眼は小さな変化や違和感を感じやすくなるスキルだと言う。
ゲームではフィールド上の拾えるアイテムは色付きで縁取りされていたり、上にアイコンが表示されてたりするが、ああいう感じだろうか。
はたから見ていると凄く勘の良い人間に見えるスキルなんだそうだ。さもありなん。
フロリーナのどこか緩い性格は、そんなスキルに頼り切った生き方で身に付いてしまったものなのかもしれない。
だがこれで全ての疑問に説明が付く。
最初に見かけた時フロリーナがダンジョン内をぐるぐると見渡していた事も、俺を見て驚いた事も、それでいながら俺の階位の数値までは分からなかった事も、俺の殺気に反応した事等、それらの事全てがだ。
おそらくフロリーナにしか感じ取れないレベルで階位の高い人間と低い人間とでは何か違いがあるのだろう。
それも当然だ。基礎となる身体能力が全く違うのだ。
言ってしまえば軽自動車とスポーツカーの違いのようなものだ。素人には違いが分からなくても分かる者にとってはエンジン音やら加速性能やらで違いは一目瞭然なのだろう。
フロリーナはケーテル男爵の側室の子として生まれた。
家族仲は良好だったが、側室の子であるフロリーナはケーテル家の財産を継げない。
この場合の財産は金銭のことではなく、ケーテル家の所有する土地や権利のことだ。
そんな中、年頃になったフロリーナはケーテル家を出て母方の実家・フェルヘイに戻ることを選んだ。
ちなみにフェルヘイはどこぞの町で代官の部下をやっているらしい。
フロリーナはそこでダンジョン研究家を目指すことにしたのだそうだ。
「何だってそんな得体の知れない職業を選んだんだ?」
「さあ? それより今回の調査でハッキリしたことがある。フロリーナはデ・ベール商会の職員じゃない。」
当然、フロリーナの事をデ・ベール商会は昔から知っていただろう。
デ・ベール商会はフロリーナをダンジョン研究家として雇うことでケーテル男爵とつながりを持とうと考えたのだ。
実際にこの町のダンジョンを調べることも出来るし一石二鳥のアイデアだったのかもしれない。
「昨日ダンジョン協会でヘールツが揉め事を許さなかったのは、案外その辺りが原因なのかもしれないな。デ・ベール商会はフロリーナの調査を成功させてケーテル男爵に恩を売りたいんじゃないか?」
ティルシアの推測は的を得ているかもしれない。
だがそうなった時、なぜヘールツでなければいけないのかということになる。
何事もなく調査するだけならヘールツである必要はない。
アイツは悪徳商会御用達の鉄砲玉だ。今回の件に向いているとは思えない。
ティルシアの推測は正しいのかもしれない、だがデ・ベール商会の狙いはそれだけではないのかもしれない。
まだパズルのピースが足りない。
俺は腕を組むと椅子の背もたれに体を預けて考え込んだ。
そんな俺をティルシアがソワソワとしながら見詰めている。
何だ?
「どうした?」
「な・・・なあ、今日の晩飯はどうするんだ? 食べに出るには少し遅いんじゃないか?」
どうやら彼女は有益な情報を入手してきたご褒美をお望みのようだ。
労働には対価を払うべきだ。ティルシアが足を動かしたんだ、次は俺が手を動かす番だろう。
俺はひとつ頷くと椅子から立ち上がった。
「分かった。この前と同じようなものになるけどそれでもいいか?」
過剰に期待されるのも困る。俺もそれほどレパートリーがあるわけではない。
ティルシアの顔にパッと笑みが広がった。
「もちろん! さあ、炊事場に行こう! 今日は私も手伝ってやってもいいぞ!」
「いや、それは今度な。」
せっかくのご褒美を本人の手で台無しにされてはかなわない。
次回「不幸な犬」




